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第9章

第13話 新装備完成

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―――前回までのあらすじ――――――
以前に注文を出していた新装備がそろそろ完成する。
果たして新しい装備の使い心地は……?
――――――――――――――――――


-1-
 娼館での用心棒仕事が終わった後は、数日間はのんびりと過ごした。
 まぁのんびり過ごさざるを得なかった、というのが正直な所か。
 注文していた新装備が3日後に出来上がるので、依頼を受けるにしても期間が短すぎるし、装備が変わって大幅に戦い方が変わる予定なので稽古に通う気にもなれなかったからだ。
 なので、休みの間は街の中を一人でぶらぶらしたり、同じく暇を持て余しているヴァルツの相手をしたりで何とか頑張って時間を潰した。

 そして約束の日、まずはクフードゥ防具店に顔を出した。
 ここで盾と篭手とブーツを受け取り、実際に身に着けてみる。
 ……うん、篭手とブーツは問題ないが、盾がちょっとな。
「盾がちっと大きすぎたかな」
 腕に取り付けて上下に動かしてみながら呟く。盾の下縁が、思っていたより地面にこするのよ。
 足の守りを重視した結果だが、もうちょっと考えた方が良かったかもしれん。
「確かに少し大きい感じがしますね。ですが、寸法を詰めることもできますよ?」
 店員の提案に、少し考えて答える。
「んー、いや、ちょっとこれで使ってみるわ。使いようによってはなんとかなるかもしれんし。それでもダメなようなら修正を頼みに来るわ」
「かしこまりました」
 頷いた店員に残りの代金を払い、着替えて平服に戻ってクフードゥ防具店を出た。

 次いで向かったのがドワンゴ親方の防具屋。
 何度か調整をしたので出来としては問題なさそうだが、クフードゥ防具店で頼んだ他の装備も全部つけて最終確認をする予定になっていた。
 ブーツを履き、鎧を着て篭手を付けたうえで盾を持って戦槌を構える。
 うん、バランスとしては問題ない。前の装備に比べて重量はかなり増しているが、一番重い鎧の重量が分散して体にかかるので、まだ大丈夫なレベルだ。
 そして防具をすべて身に着けたときの安心感が半端ない。大抵の攻撃なら難なくしのげそうな気がする。
 ただ全く問題がないかというとそうでもなく、大きな盾を持ったまま武器を振るうのが結構難しいことを改めて思い知った。
 武器を振り回した時のバランスのとり方が、盾の有無でまるで違うのよ。下手な振り方をするとよろけるし。
「思った以上に装備を変えた影響がでかいな」
「体にかかる重量が一気に増えたからの。今までみたいに機敏に動くことが難しくなるが、盾や硬い鎧を着た時はそれに応じた戦い方がある。
 全ての攻撃を避けるのではなく、あえて防具の固いところで受けるのも一つじゃ」
「なるほど。そういう手段も取れるのか」
「まぁその辺りは冒険者ギルドの支部でみっちり教わるとええ」
 後の動きは慣れるまで仕方がない、とドワンゴ親方は言ったが、俺としては慣れるまで結構時間がかかるように感じた。
 明日からでもしばらく稽古に通った方が良さそうだ。

-2-
 翌日は、出来上がったばかりの新装備一式をもって冒険者ギルドの支部を訪れた。
 受付で料金を払って稽古場に行くと、教官が一人で素振りをしていた。
「教官、お久しぶりです」
 少し離れた所から声をかけると、教官は素振りを止めてこちらを見た。
「おお、ディーゴか。久しぶりだな。もうウチにはもう来ないもんかと思ってたぞ」
「まさか。そこまで己惚れちゃいませんよ。先月は色々ありましてね」
「はっはは、冗談だ。話は俺も聞いた。緑小鬼将軍の群れにアモル王国の非正規部隊と大活躍だったそうだな」
「まぁ相手の落ち度に助けられた部分も大きいですがね」
「それでも結果としちゃ上出来だ。副長が感心してたぞ。見た目の割になかなか先を見たいい判断しやがる、ってな。」
 そう言って教官が満足げに頷いた。
「で、今日は久しぶりの稽古か?」
「ええ。ただ、戦闘のスタイルと装備を変えたんで、見てもらえれば、と」
「そうか。じゃあすぐに着替えてこい。今日は誰もいなくて暇してるからな、付きっきりで見てやる」
「お願いします」
 更衣室に移動して新装備一式に着替え、稽古場に戻ると教官の前に立った。
「……ほう、でかい盾を持つようにしたのか。それに全体的に重装備になってるな。守りを重視する方針に変えたんだな?」
 俺の新装備を見た教官が、顎をつまみながら呟いた。
「はい。なにせユニの守りがからっきしなもんで、戦槌1本だけじゃ限界があると感じまして」
「まぁそうだな。本来なら前衛が戦闘スタイルを途中で変えるのはあまり良くないんだが……盾役を新たに加えるとかの発想はなかったのか?」
「ウチの事情はちょっと特殊なもんで、結構人を選ぶんですよ。盾役ならば誰でもいいってわけにはちょっと」
 イツキやヴァルツは問題ないが、俺とユニが悪魔なことに加えて、俺が兼業冒険者でどうしても冒険者そのものの稼ぎは落ちる。
 事情があるので加えて欲しい、と頼まれるなら、事情次第で受け入れないこともないが、こちらから積極的に新たな面子を迎えようとは今のところ考えていない。
「ああそうか、言われてみれば結構面倒くさい事情持ちだったな。なら戦闘スタイルを変えるのも止むを得んか。幸い、まだ変更の効く段階だしな。
 これが4~5年稽古を続けて自分のスタイルが完全に確立していたなら止める所だったが」
 いや、今でも戦槌1振りでの戦いは結構馴染んでいるんだけど……考えてみればここで稽古を始めてからまだ1年も経っていないんだよな。
 剣闘士の試合があるので実戦的な事もやるけど、稽古内容としてはまだ基本的なことが多いし。
 そういう意味では、まだ間に合う的な位置づけか。
 でもやはり戦闘スタイル変更への不安は残るので、気になっていたことを訊ねてみた。
「ただ実際に盾を持ってみて分かったんですが、かなり攻撃に支障がでるんですよね。その辺りのコツというか助言を頂ければ」
「なるほどな。よし分かった。俺からの手出しは控えるから、思う存分打ち込んで来い」
「お願いします」

 そして稽古が始まったが、まぁ結果はかなり惨憺さんたんたるものだった。
 武器がまっすぐ振れない。速く振れない。力を込められない。振り方が限定される。体勢が崩れる、よろける。盾が当たる、引っ掛かる。
 恐らく、初めて稽古に来た時以上に素人じみた動きになっていたと思う。
「……ある程度予想はしていたが、それをはるかに上回るヘボさになったな」
「……俺もそう思います」
 大きくため息をついた教官に、俺も申し訳なさそうに答える。いやホントここまで攻撃がしにくくなるのは確かに予想外だった。
「まず盾がでかすぎるってのもあるんだろうな。盾の初心者がいきなり使う大きさじゃねぇ。
 あと、盾に意識を割きすぎだ。戦闘で気にするのは相手の動きであって、自分の盾の位置じゃねぇ。
 それと、常に盾を浮かせていたが、それだけの大盾なら普段は軽く地面に置いておいても大丈夫だぞ。
 他にも指摘するところはあるが、まず気になったのはそんなところだ」
「そうですか」
「まずは問題点を直すところから始めるが、それだけでも結構時間がかかりそうだな」
 やれやれと言った感じで教官が頭を掻いた。
「あー、それなんですが、もう一つ考えていたやり方がありまして。そっちの方はどうなのかもちょっと見てもらいたいんですよ」
「ほう」
 俺の話に教官が興味深そうにこちらを見たので、盾の下を踏みつけて内蔵されていた爪を出し、右手に持っていた戦槌を腰に戻して両手で盾を構えた。
「戦槌を使わないってことは、盾を武器にも使うんだな?そんなもん盾に仕込んでたのか」
 盾の下縁から飛び出した3本爪を見て教官が呟く。
「実際に使えるかは未知数なんですがね。じゃ、いきます」

 お互いに軽く一礼をして、2度目の稽古が始まった。
 ぶっつけ本番だが、盾の扱いだけに専念できる分、戦槌と盾よりはうまく動ける気がする。
 教官の攻撃を防ぎ、いなすのも、盾がでかいだけあってかなり楽だ。
「ふむ、さっきよりはかなりマシだな。ちょいと段階上げるぞ」
 教官がそう呟くと、攻撃の激しさが増した。
 それでも動きについて行ける。上下左右、どの方向からの打ち込みもなんとか対処できている。
 こちらの攻撃は空を切るばかりだが、これはある意味仕方がない。
 盾というのは大きな板だ。取っ手の位置関係から扇ぐように振り回すことになるので、空気抵抗でどうしても速度は落ちる。
 だが、実はこれも意味がある。
 盾で扇ぐような攻撃を散々教官の目に焼き付けさせたうえで、打ち込まれた剣を盾の下縁を使ってすくい上げるように撥ね上げる。
 そのまま、がら空きになった教官の胴に、振り上げた盾を打ち下ろすように突き出した。
 空気を扇ぐのではなく切るように突き出された盾は、先ほどまでとは段違いの早さを見せる。
 さらに左手を離し右手一本で繰り出されるそれは、右足の踏み込みと右肩を入れることで格段に間合いが延びる。
 片手突きの盾版と言ったところか。
 剣で受け止めようにも上に撥ね上げられた直後、後ろに飛んで避けるのは間合いからして非現実的。
 左右に避けるにしても盾の幅以上の移動が必要。

 ある意味、俺の渾身の一撃だったが、教官にはあっさり躱された。
 撥ね上げられた剣から左手を離し、突き出される盾の横縁に左手をかけると、盾を横にずらしつつ自分の体も回転させ、裏拳の要領で俺の後頭部に剣をごつんと当ててきた。
「……やっぱりこれも通用しませんか」
 後ろ頭をさすりながらため息をつく。
 つーか、突き出す盾の縁に手を添えて軌道をずらすって、どんな技量よ。
 しかし、教官の機嫌は悪くなかった。
「今のはちっと肝が冷えたぜ。あえて扇ぐような遅い攻撃を続けたのは、最後への布石か?」
「まぁ、そんなところで」
「なるほどな。やり方としちゃまだ粗削りだが、悪くない戦法だ」
 教官は一つ頷くと、俺の盾に目をやった。
「ちょっとその盾、貸してみろ」
「ええ、どうぞ」
 教官は俺が差し出した盾を受け取ると、上下の取っ手を掴んで自分でも振り回してみた。
「……うん、これだけでかいとさすがに重いな。この重さの盾をあの速さでぶん回すか。それに武器にもなる爪もついてる……と」
 そう呟きながらひとしきり盾を振り回し、満足が行ったのか盾を返してきた。
「さっきの立ち合いと実際に盾を見て方針が決まった」
 俺が盾を受け取ると、教官が宣言する。
「盾と戦槌を同時に使うことは一旦忘れろ。普段は盾のみで戦って、状況に応じて盾を捨てて戦槌に切り替える戦い方が良さそうだ。
 盾を武器代わりにする奴は滅多にいないし俺も普段なら勧めはせんのだが、お前さんの場合は事情が異なる」
「はぁ」
「その重さの盾をあの勢いでぶん回せる馬鹿力なら、わざわざ武器に頼らんでも盾の縁で殴れば人間程度には十分致命傷を与えられる。爪もついてるしな。
 盾じゃ致命傷を与えられんような固い奴とかでかい奴を相手にするときは、今まで通り戦槌を使え。だいたいそういう奴は群れることはあまりないから、盾に頼らんでもなんとかなるだろう」
「そういうもんですか」
「俺の経験から言えばそんなもんだ。それにな、戦槌のみと戦槌に盾、盾のみと3通りの戦い方を覚えるなんざ非現実的ってもんだ。それでもというなら教えてやらんこともないが、時間はかかるし、どれもモノにならずに器用貧乏になる可能性が高ぇ。そういうのは望んでねぇだろ?」
「ですね」
「まぁそれでも戦槌1本だけの頃に比べりゃ覚えることは倍になる。しばらくは依頼は受けずに稽古に専念しろ。まずは盾の扱いの基本からだ」
「お願いします」
 そして、俺の新装備での稽古が始まった。
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