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第9章
第9話 閨姫の病7
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―――前回までのあらすじ――――――
店一番の娼婦の所に上がり、延長を重ねた客が代金の代わりに用意したのは、捨て値でも大白金貨が必要な特級葡萄酒だった。
その特級葡萄酒が本物であれば問題ないが、偽物ならば目も当てられない。
――――――――――――――――――
-1-
俺が思いついたのは、小学校?レベルの理科の実験だ。それをちょっと応用する。
用意してもらうのは、特級葡萄酒の瓶と同じ口径の空き瓶に、木紙の切れっぱしやぼろ布、木くずといった燃えやすいもの、それと着火棒(マッチ)だ。
着火棒は手持ちであるのでそれを使う。
燃えやすいものは、書き損じの木紙があるそうなのでそれを貰う。
ただ空き瓶がちょっと手こずった。
ガラスの空き瓶が望ましいのだが、こちらの世界のガラス瓶はすべて手作業で作られているので、口径が瓶によって微妙に違う。
仕方ないので店で空けられた葡萄酒の瓶を何本か用意してもらって、その中から使えそうなものを選んだ。
品物を準備してもらっているとそこから話が広まったのか、気が付けば娼婦のお姉ちゃんたちを含めた娼館の従業員全員が集まっていた。
「言われたものは集めましたけど、コレで本当に特級葡萄酒が分かるんですか?」
モノを用意してくれたエイドが半信半疑と言った風に訊ねてくる。
「いや、これで鑑定するわけじゃないんだ。実際の鑑定はそこのリヒュード氏がやる。俺がこれからやるのは、瓶の栓を開けずにほんの少しだけ葡萄酒を取り出す方法だ」
「ホントにそんなことできるの?」
「やってみなけりゃわからんところもあるが、理屈の上では上手くいく、はずだ。じゃ、始めるぞ」
周りにそう宣言すると、木紙を細かくちぎって空き瓶の中に入れ、火を灯した着火棒を瓶の中に落とした。
間髪入れずに特級葡萄酒の瓶を手に取り、空き瓶の口に特級葡萄酒の栓のコルクを差し込む。
空き瓶の中で着火棒の火が木紙に燃え移り、数秒間燃え続けたのちに火が消えた。
「火が消えちゃったよ?」
様子を見ていた娼婦の一人が呟く。
「消えていいんだ。これで100くらい数える間、待っていなきゃならん」
瓶2本の口を合わせた状態でゆっくりと100数えたのちに、慎重に2本の瓶を取り外した。
「それで鑑定が始められるのかい?」
「……いや、もう一回だ」
特級葡萄酒の栓の状態を見て婆さんにそう答えると、先ほどの手順をもう一度繰り返した。
栓を見たときにわずかにコルクの色が変わっていたが、期待していたほどではなかった。
もう一度やれば望む結果が得られるだろう。
そして空き瓶の中で燃やした2度目の火が燃え尽き、100数えたのちに同じように慎重に2本の瓶を外す。
そしてコルクの栓を見てみると、じんわりと葡萄酒が染み出していた。
「嘘!葡萄酒が染み出してきた!?」
「え、あんなやり方で?どうなってんだ?」
騒ぐ一同を横目に、葡萄酒の染みでた特級葡萄酒の瓶をリヒュードに差し出す。
「これくらいの量だが、イケるかな?」
「……え、ええ。これだけ染み出していれば問題ありません」
驚いた様子で固まっていたリヒュードが、気を取り直して特級葡萄酒の瓶を受け取る。
「じゃあ、さっさと鑑定しておくれ」
リヒュードは婆さんに頷いて見せると、栓のコルクに静かに口を近づけた。
「…………」
一同が固唾を飲んで見守る中、リヒュードがまず葡萄酒の香りを嗅ぐ。
少し動作を止めたのち、今度は栓のコルクに染みでた葡萄酒をぺろりと舐めた。
口をいくらか動かしながら、じっと目を閉じているのは味を分析しているためか。
「水と空のコップを用意しておやり」
その様子を見ながら婆さんが下働きの女の子に小声で指示を出す。
女の子は小さく「はい」と答えると、一度奥に消え、すぐに盆に水の入ったコップと空のコップの二つを乗せて戻ってきた。
その直後、リヒュードが閉じていた目を開けた。
リヒュードは女の子が差し出した盆から水の入ったコップを受け取り口の中をゆすぐと、空のコップに中身を吐き出し、小さくため息をついた。
「……で、結果はどうなんだい?」
待ちかねたように婆さんが尋ねる。
「……私を呼ぶまでもありませんでしたね」
リヒュードはそう呟くと、厳しい目で客の中年男を睨みつけた。
「これを特級葡萄酒だなんてとんでもない。酒と呼ぶことさえ躊躇われる、ほとんど酢のようなものです。おまけに味も薄いときている。
おおかた飲み頃を逃した上に保存にも失敗した3級葡萄酒のなれの果てを、どこからか手に入れた特級葡萄酒の空き瓶に詰め替えたものでしょう」
リヒュードがそう言い放って葡萄酒の瓶を中年男につき返すと、中年男は顔を真っ赤にして叫んだ。
「そんな馬鹿な!それは大白金貨3枚も出して買った物なんだ!他に売れば捨て値だったとしても大白金貨5枚は確実だと言われたんだぞ!!」
「どこで誰から買ったのか知りませんが、偽物を掴まされましたね。高級酒の瓶に粗悪な酒を詰めて本物と偽る手法は、酒類の売買に携わっているならよく聞く話です」
「……と言うか、右から左に流しただけで確実に大白金貨2枚の儲けになるなら、売った本人がやってるだろ」
リヒュードの指摘と俺のツッコミになおも取り乱す中年男。
「鑑定だ!鑑定が間違ってる!!あんな訳の分からないやり方でなんで瓶の中身が分かるんだ!お前らがグルになって私を騙そうとしているんだ!!」
中年男がリヒュードと俺を指さしながら叫ぶ。
「この私の鑑定が間違っている、と?この街の貴族様方に酒類を販売しているカナル商会の、酒類販売を統括している私の舌が信用できない、とおっしゃる?」
リヒュードが静かに反論する。
「なら自分で飲んでみろ。中身が葡萄酒ならぬ葡萄酢な偽物なら、栓をあけても問題ねぇだろ」
俺がそう言ってリヒュードから偽葡萄酒の瓶を受け取る。流れを読んで栓抜きを持ってきたエイドからそれを受け取ると、栓を開けて空にしたコップに中身を注いだ。
「ほら、自分の舌で確かめてみろよ」
中年男は俺が差し出したコップを震える手で掴むと、中身を一気にあおって……盛大にむせた。
そりゃ葡萄酢を一気飲みすりゃそうなるわ。
「納得したか?」
「……違う。これは俺が持ってきた葡萄酒じゃない!虎!お前だ!お前がすり替えたんだろう!!」
「目の前で栓を開けてコップに注いでんのに、どうやってすり替えるんだよ」
錯乱した中年男の指摘に呆れたように返す。
「……やれやれ、もうつける薬もないね。後はこっちの事情だからリヒュードはもう帰っていいよ。ご苦労だったね。それとギュー、エイド、これを連れて行きな」
婆さんが出した指示で、ギューとエイドが中年男をどこかに連れて行った。……地下の折檻部屋かな?
が、帰っていいと言われたリヒュードは、俺が開けたコルク栓を片手に何か言いたそうだ。
「なんか気にかかることでも?」
「あ、ああ失礼。先ほどあなたがやってみせた葡萄酒の取り出し方に興味がわきまして。どういう仕組みで葡萄酒を染み出させることができたのでしょうか?
場合によっては他の葡萄酒の鑑定にも応用できるのではないかと」
「それはアタシも興味があるね。どんな手妻を使ったんだい?」
リヒュードと婆さんが尋ねてきた。
見れば娼婦のお姉ちゃん方も興味津々といったようにこちらを見ている。
……んじゃま、手品の種明かしでも始めますか。
-2-
今回やったのは、牛乳瓶とゆで卵を使った大気圧の実験の応用だ。でもそう言ったところで理解できるとは思えんしな。
なるべく分かりやすいように、言葉を選びつつ解説を始めた。
「モノを燃やすと、燃やした物のかさが減るのは分かると思う」
そう言って見回すと、一同が一斉に頷いた。
「それと同じように、モノが燃えると周りの空気のかさも減るんだ。普通なら、減った分のかさは周りから取り込んで補うから何も起きないんだが、ガラス瓶の中のような空気を通さない密閉空間だと、周りから補えないから瓶の口から減った分を取り込むことしかできなくなる」
「つまり、瓶の中でモノを燃やして少なくなった空気が、足りなくなった分を補おうと瓶の口から空気を吸うんだ。ここまでは分かるか?」
ここで言葉を切って見まわすと、半分くらいが理解した頷き方で、残りの半分はなんとなくわかったような曖昧な頷き方だった。
「続けるぞ。で、そのときに瓶の口同士をぴったりと合わせてやると、後からつけた瓶から物を燃やした瓶に向けて吸い込む力が発生する」
……この辺りになるともう理解が追いつかないらしい。半分以上が首を傾げている。
「ぶっちゃけて言うと、こうやって瓶の中身を吸い出そうとする働きが起こるわけだ。栓をしたまま葡萄酒の瓶を咥えて、思い切り吸うのと同じだな」
そう言って瓶を咥えて頬をすぼめて見せた。
「ですが、葡萄酒の瓶には栓をしているのですよ?吸ったくらいで中の葡萄酒が染みてくることがあるのでしょうか?」
「それはこれから説明する」
リヒュードの質問に頷いて答える。
「特級や1級葡萄酒の瓶に使われているこの木の栓だけどな、こっちじゃコリクって言うそうだが……このコリクの木ってのは、中に目に見えないほどの小さな穴が無数に開いてるんだ。ぎゅーっと圧縮して目が詰まった海綿みたいな感じだな。コリクの木は普通の木よりもちょっと柔らかいだろ?
それは、力を込めるとコリクの木の中に無数に開いてる小さな穴が押しつぶされるからなんだ。
で、この穴の大きさがまた絶妙でな、普通に使う分には水を通さないんだが、強い力で水を押し付けたり、反対側から吸ったりすると、小さな穴を次々に通って少しずつ染みてくるんだよ」
「なるほど、木にしては柔らかくて栓を作りやすいからと使われていますが、そんな性質があったのですね」
「そういうこと。ただ、僅かに空気は通すから、コリク栓をした瓶は寝かせて保管した方がいいな」
「それは酒を扱う人間の間ではよく言われることですね。コリク栓の酒は立てて保管すると目減りする、と言われています」
リヒュードの言葉に頷いて返すと、解説を続けた。
「で、話は戻るが、瓶の中でモノを燃やした時に発生する『吸い込む力』ってのはかなり強力でな、口で吸うより何倍何十倍の強さがある。
それだけの力で吸い出すことで、やっとコリクの栓を貫通して葡萄酒を染み出させることができるってわけだ」
「なるほど、勉強になりました」
「ただまぁ、このやり方だとコリク栓の中に葡萄酒が詰まって残るから、1~2回に留めておいた方がいいかもな」
「わかりました。覚えておきましょう」
リヒュードが頷いて見せると、婆さんが呆れたような感心したような声をあげた。
「しかし、アンタも妙なことを知ってるねぇ。でもおかげで助かったよ」
「まぁこの程度なら、な」
軽く笑みを浮かべて返したことで、その場は解散になった……のだが、リヒュードにはちょっと用を思いついたので申し訳ないが、と残ってもらった。
店一番の娼婦の所に上がり、延長を重ねた客が代金の代わりに用意したのは、捨て値でも大白金貨が必要な特級葡萄酒だった。
その特級葡萄酒が本物であれば問題ないが、偽物ならば目も当てられない。
――――――――――――――――――
-1-
俺が思いついたのは、小学校?レベルの理科の実験だ。それをちょっと応用する。
用意してもらうのは、特級葡萄酒の瓶と同じ口径の空き瓶に、木紙の切れっぱしやぼろ布、木くずといった燃えやすいもの、それと着火棒(マッチ)だ。
着火棒は手持ちであるのでそれを使う。
燃えやすいものは、書き損じの木紙があるそうなのでそれを貰う。
ただ空き瓶がちょっと手こずった。
ガラスの空き瓶が望ましいのだが、こちらの世界のガラス瓶はすべて手作業で作られているので、口径が瓶によって微妙に違う。
仕方ないので店で空けられた葡萄酒の瓶を何本か用意してもらって、その中から使えそうなものを選んだ。
品物を準備してもらっているとそこから話が広まったのか、気が付けば娼婦のお姉ちゃんたちを含めた娼館の従業員全員が集まっていた。
「言われたものは集めましたけど、コレで本当に特級葡萄酒が分かるんですか?」
モノを用意してくれたエイドが半信半疑と言った風に訊ねてくる。
「いや、これで鑑定するわけじゃないんだ。実際の鑑定はそこのリヒュード氏がやる。俺がこれからやるのは、瓶の栓を開けずにほんの少しだけ葡萄酒を取り出す方法だ」
「ホントにそんなことできるの?」
「やってみなけりゃわからんところもあるが、理屈の上では上手くいく、はずだ。じゃ、始めるぞ」
周りにそう宣言すると、木紙を細かくちぎって空き瓶の中に入れ、火を灯した着火棒を瓶の中に落とした。
間髪入れずに特級葡萄酒の瓶を手に取り、空き瓶の口に特級葡萄酒の栓のコルクを差し込む。
空き瓶の中で着火棒の火が木紙に燃え移り、数秒間燃え続けたのちに火が消えた。
「火が消えちゃったよ?」
様子を見ていた娼婦の一人が呟く。
「消えていいんだ。これで100くらい数える間、待っていなきゃならん」
瓶2本の口を合わせた状態でゆっくりと100数えたのちに、慎重に2本の瓶を取り外した。
「それで鑑定が始められるのかい?」
「……いや、もう一回だ」
特級葡萄酒の栓の状態を見て婆さんにそう答えると、先ほどの手順をもう一度繰り返した。
栓を見たときにわずかにコルクの色が変わっていたが、期待していたほどではなかった。
もう一度やれば望む結果が得られるだろう。
そして空き瓶の中で燃やした2度目の火が燃え尽き、100数えたのちに同じように慎重に2本の瓶を外す。
そしてコルクの栓を見てみると、じんわりと葡萄酒が染み出していた。
「嘘!葡萄酒が染み出してきた!?」
「え、あんなやり方で?どうなってんだ?」
騒ぐ一同を横目に、葡萄酒の染みでた特級葡萄酒の瓶をリヒュードに差し出す。
「これくらいの量だが、イケるかな?」
「……え、ええ。これだけ染み出していれば問題ありません」
驚いた様子で固まっていたリヒュードが、気を取り直して特級葡萄酒の瓶を受け取る。
「じゃあ、さっさと鑑定しておくれ」
リヒュードは婆さんに頷いて見せると、栓のコルクに静かに口を近づけた。
「…………」
一同が固唾を飲んで見守る中、リヒュードがまず葡萄酒の香りを嗅ぐ。
少し動作を止めたのち、今度は栓のコルクに染みでた葡萄酒をぺろりと舐めた。
口をいくらか動かしながら、じっと目を閉じているのは味を分析しているためか。
「水と空のコップを用意しておやり」
その様子を見ながら婆さんが下働きの女の子に小声で指示を出す。
女の子は小さく「はい」と答えると、一度奥に消え、すぐに盆に水の入ったコップと空のコップの二つを乗せて戻ってきた。
その直後、リヒュードが閉じていた目を開けた。
リヒュードは女の子が差し出した盆から水の入ったコップを受け取り口の中をゆすぐと、空のコップに中身を吐き出し、小さくため息をついた。
「……で、結果はどうなんだい?」
待ちかねたように婆さんが尋ねる。
「……私を呼ぶまでもありませんでしたね」
リヒュードはそう呟くと、厳しい目で客の中年男を睨みつけた。
「これを特級葡萄酒だなんてとんでもない。酒と呼ぶことさえ躊躇われる、ほとんど酢のようなものです。おまけに味も薄いときている。
おおかた飲み頃を逃した上に保存にも失敗した3級葡萄酒のなれの果てを、どこからか手に入れた特級葡萄酒の空き瓶に詰め替えたものでしょう」
リヒュードがそう言い放って葡萄酒の瓶を中年男につき返すと、中年男は顔を真っ赤にして叫んだ。
「そんな馬鹿な!それは大白金貨3枚も出して買った物なんだ!他に売れば捨て値だったとしても大白金貨5枚は確実だと言われたんだぞ!!」
「どこで誰から買ったのか知りませんが、偽物を掴まされましたね。高級酒の瓶に粗悪な酒を詰めて本物と偽る手法は、酒類の売買に携わっているならよく聞く話です」
「……と言うか、右から左に流しただけで確実に大白金貨2枚の儲けになるなら、売った本人がやってるだろ」
リヒュードの指摘と俺のツッコミになおも取り乱す中年男。
「鑑定だ!鑑定が間違ってる!!あんな訳の分からないやり方でなんで瓶の中身が分かるんだ!お前らがグルになって私を騙そうとしているんだ!!」
中年男がリヒュードと俺を指さしながら叫ぶ。
「この私の鑑定が間違っている、と?この街の貴族様方に酒類を販売しているカナル商会の、酒類販売を統括している私の舌が信用できない、とおっしゃる?」
リヒュードが静かに反論する。
「なら自分で飲んでみろ。中身が葡萄酒ならぬ葡萄酢な偽物なら、栓をあけても問題ねぇだろ」
俺がそう言ってリヒュードから偽葡萄酒の瓶を受け取る。流れを読んで栓抜きを持ってきたエイドからそれを受け取ると、栓を開けて空にしたコップに中身を注いだ。
「ほら、自分の舌で確かめてみろよ」
中年男は俺が差し出したコップを震える手で掴むと、中身を一気にあおって……盛大にむせた。
そりゃ葡萄酢を一気飲みすりゃそうなるわ。
「納得したか?」
「……違う。これは俺が持ってきた葡萄酒じゃない!虎!お前だ!お前がすり替えたんだろう!!」
「目の前で栓を開けてコップに注いでんのに、どうやってすり替えるんだよ」
錯乱した中年男の指摘に呆れたように返す。
「……やれやれ、もうつける薬もないね。後はこっちの事情だからリヒュードはもう帰っていいよ。ご苦労だったね。それとギュー、エイド、これを連れて行きな」
婆さんが出した指示で、ギューとエイドが中年男をどこかに連れて行った。……地下の折檻部屋かな?
が、帰っていいと言われたリヒュードは、俺が開けたコルク栓を片手に何か言いたそうだ。
「なんか気にかかることでも?」
「あ、ああ失礼。先ほどあなたがやってみせた葡萄酒の取り出し方に興味がわきまして。どういう仕組みで葡萄酒を染み出させることができたのでしょうか?
場合によっては他の葡萄酒の鑑定にも応用できるのではないかと」
「それはアタシも興味があるね。どんな手妻を使ったんだい?」
リヒュードと婆さんが尋ねてきた。
見れば娼婦のお姉ちゃん方も興味津々といったようにこちらを見ている。
……んじゃま、手品の種明かしでも始めますか。
-2-
今回やったのは、牛乳瓶とゆで卵を使った大気圧の実験の応用だ。でもそう言ったところで理解できるとは思えんしな。
なるべく分かりやすいように、言葉を選びつつ解説を始めた。
「モノを燃やすと、燃やした物のかさが減るのは分かると思う」
そう言って見回すと、一同が一斉に頷いた。
「それと同じように、モノが燃えると周りの空気のかさも減るんだ。普通なら、減った分のかさは周りから取り込んで補うから何も起きないんだが、ガラス瓶の中のような空気を通さない密閉空間だと、周りから補えないから瓶の口から減った分を取り込むことしかできなくなる」
「つまり、瓶の中でモノを燃やして少なくなった空気が、足りなくなった分を補おうと瓶の口から空気を吸うんだ。ここまでは分かるか?」
ここで言葉を切って見まわすと、半分くらいが理解した頷き方で、残りの半分はなんとなくわかったような曖昧な頷き方だった。
「続けるぞ。で、そのときに瓶の口同士をぴったりと合わせてやると、後からつけた瓶から物を燃やした瓶に向けて吸い込む力が発生する」
……この辺りになるともう理解が追いつかないらしい。半分以上が首を傾げている。
「ぶっちゃけて言うと、こうやって瓶の中身を吸い出そうとする働きが起こるわけだ。栓をしたまま葡萄酒の瓶を咥えて、思い切り吸うのと同じだな」
そう言って瓶を咥えて頬をすぼめて見せた。
「ですが、葡萄酒の瓶には栓をしているのですよ?吸ったくらいで中の葡萄酒が染みてくることがあるのでしょうか?」
「それはこれから説明する」
リヒュードの質問に頷いて答える。
「特級や1級葡萄酒の瓶に使われているこの木の栓だけどな、こっちじゃコリクって言うそうだが……このコリクの木ってのは、中に目に見えないほどの小さな穴が無数に開いてるんだ。ぎゅーっと圧縮して目が詰まった海綿みたいな感じだな。コリクの木は普通の木よりもちょっと柔らかいだろ?
それは、力を込めるとコリクの木の中に無数に開いてる小さな穴が押しつぶされるからなんだ。
で、この穴の大きさがまた絶妙でな、普通に使う分には水を通さないんだが、強い力で水を押し付けたり、反対側から吸ったりすると、小さな穴を次々に通って少しずつ染みてくるんだよ」
「なるほど、木にしては柔らかくて栓を作りやすいからと使われていますが、そんな性質があったのですね」
「そういうこと。ただ、僅かに空気は通すから、コリク栓をした瓶は寝かせて保管した方がいいな」
「それは酒を扱う人間の間ではよく言われることですね。コリク栓の酒は立てて保管すると目減りする、と言われています」
リヒュードの言葉に頷いて返すと、解説を続けた。
「で、話は戻るが、瓶の中でモノを燃やした時に発生する『吸い込む力』ってのはかなり強力でな、口で吸うより何倍何十倍の強さがある。
それだけの力で吸い出すことで、やっとコリクの栓を貫通して葡萄酒を染み出させることができるってわけだ」
「なるほど、勉強になりました」
「ただまぁ、このやり方だとコリク栓の中に葡萄酒が詰まって残るから、1~2回に留めておいた方がいいかもな」
「わかりました。覚えておきましょう」
リヒュードが頷いて見せると、婆さんが呆れたような感心したような声をあげた。
「しかし、アンタも妙なことを知ってるねぇ。でもおかげで助かったよ」
「まぁこの程度なら、な」
軽く笑みを浮かべて返したことで、その場は解散になった……のだが、リヒュードにはちょっと用を思いついたので申し訳ないが、と残ってもらった。
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もしかしたらひょっとすると仕事で役に立つかもしれない…そんな気軽な気持ちで読んで頂ければと思います。
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