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第9章

第4話 閨姫の病2

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―――前回までのあらすじ――――――
エルトールからの久しぶりの指名依頼は、娼館の用心棒だった。
だがこの依頼、受けるにはなかなかハードルが高く、店主との面接が始まった。
――――――――――――――――――


-1-
「エル坊やかい。用心棒を連れてきてくれたそうだけど、また随分と毛色の変わったのを連れてきたねぇ」
 妖怪婆は俺を見てそう言うと、手にしている長パイプを口にくわえた。
 というか、三十路近いエルトールを捕まえて「坊や」って、この婆さん、トシ幾つだ?
 顔の皺と肌の具合から70か80かそれ以上か……かなりいってることは予想できるが。
「まぁ座りなよ。アタシがこの店の店主のジュリアだ」
 店主のジュリア婆さんに促されて固めの椅子に腰を下ろすと、早速面接が始まった。
「エル坊やはいいとして、まずはあんたの名前を聞こうか」
 ジュリア婆さんがそう言ってこちらを無遠慮に見てきた。ならこっちも礼儀はそれほどいらんな。
「石巨人亭でランク5の冒険者をやってるディーゴだ。これが冒険者手帳な」
 そう答えて冒険者手帳を差し出す。
「なんだい、まだランク5ぽっちかい」
「昨年の春に冒険者になったばかりでな。本業は冒険者だが、他にも掛け持ちしてる仕事があるんでね」
 差し出された冒険者手帳を手に取ったジュリア婆さんが、ぺらぺらとページをめくって中身を見る。
「……へぇ、見てくれの割には結構依頼人を満足させてるねぇ。受けてる依頼も討伐系ばかりという訳でもなし、筋肉しか能のない連中とは違うようだね」
「見た目は迫力がありますけど、依頼はなんでも結構丁寧にこなしてくれますよ」
「そのようだね」
 エルトールのフォローに、冒険者手帳を見ながらジュリア婆さんが頷く。
「……住所は木の葉通りの5番地、高級住宅街だね。また備考の所も数が多いね。名誉市民で精霊憑きで使い魔持ちかい。この使い魔の漆黒虎は?」
「別にいらんだろうと思って置いてきた。今は屋敷にいる」
「そうかい。名誉市民の短剣は持ってるかい?」
「ああ、これだ」
「どれ……」
 ジュリア婆さんは俺が差し出した短剣を受け取ると、柄の部分をじっくりと調べ始めた。
「うん、確かに本物の名誉市民の短剣だね。去年あたりに獣人が初めて名誉市民になったって噂があったけど、あんたのことだったのかい」
「初めてかどうかは知らんが、一昨年の冬から去年の春にかけての噂なら、多分俺だろうな」
「ふぅん、名誉市民がなんで冒険者なんてやってんだい?」
「年金だけで暮らしていけるほど貰ってねーんだ。といっても、今の冒険者の稼ぎじゃ焼け石に水だが」
「まさか借金持ちかい?」
 ジュリア婆さんの目が鋭く光る。
「家具屋に支払いは残ってるが、品物と引き換えだから期限は決まってない。まぁ払おうと思えば払えるが、そうすると屋敷の維持費とかに余裕がなくなるんでな。
 それ以外に借金らしい借金はねぇよ。それに向こう数年は、冒険者稼業をやらなくても食っていけるだけの貯金はある」
「なるほどね。この界隈じゃ見たことないけど、女遊びはするほうかい?」
「経験がないわけじゃないが、のめり込むほどじゃねぇな」
「その御面相で相手になってくれるのがいたのかい?」
 身も蓋もねえこと言ってきやがるな、この婆さん。
「俺の故郷じゃ人並には相手してもらえたが?」
「そうかい。ちなみに故郷ってのはどこだい?」
「遥か遠いところ、とだけ言っておこう。国の名前を出したところで分からんだろうからな」
「ふぅん……ま、それは別に構わないかね」
 ジュリア婆さんは頷くと、冒険者手帳を返してきた。
「ウチで働くにあたってはいくつか注意事項があるんだけど、それは守ってもらうよ。それができなきゃこの話はナシだ」
「内容にもよるが、努力しよう。だが、まずその注意事項ってもんを聞かせてくれよ」
「そうだね、じゃあ言っておくとするかい」

1、店の女の子への手出しは厳禁
2、店内での大声や暴力沙汰は極力控える
3、現金には触らない

「この3つは必ず守ってもらうよ。守れないようならすぐに出ていって貰うからね」
「了解。そのくらいなら問題ない」
 婆さんが挙げる条件に頷いて見せる。
「じゃあ頼むとするかね。今からでも入れるかい?」
「まぁ大丈夫だが、その前に幾つか確認というか質問させてくれ」
 そっちの話は終わっただろうが、こっちにも聞きたいことはあるんだよ。
「なんだい、聞きたいことがあるなら今のうちに言っとくれ」
「まず、用心棒を頼むことになった事情を教えてくれ」
「ああ、それかい。……ここのところ新しい客が増えてきてはいるんだけど、どうもその増えてきている客の中にガラの悪いのが少なくなくてね。
 娘たちの扱いも荒いし、遊んだ後にゴネる輩も出てきているのさ。あんたにはそういった連中への抑止力や対処を頼みたいんだよ」
「ゴネる相手なら対処のしようもあるが、抑止力になるかは分からんぜ?」
「あんたみたいなコワモテが控えているとわかりゃ、一定の抑止力にはなるよ」
「そんなもんか。ちなみにガラの悪い客が増え始めたのはいつごろからだ?」
「このところ街の景気がいいから、以前からそれなりに増えてはきちゃいるけどね、ガラの悪いのが増え始めたのは昨年の……冬にはいる前後くらいかね」
「直近のここ2~3日はどうだ?」
「……ここのところは大人しいね」
 ……ああ、となるとここでも緑小鬼の一件が絡んでくるのか。あれで街のごろつきを大量に処分したからな。
「あとで四の五の言われたくないからいまここで言っちまうが、ガラの悪い客はもうほとんど来なくなると思うぜ?」
 そう前置きすると、先日解決?したアモル王国非正規部隊主導による同時襲撃の件を手短に話して聞かせた。
それを聞いたジュリア婆さんは、軽くため息をついた。
「あんた正直者だね。頭にいささか『馬鹿』がつくけど」
「まぁ確かに馬鹿正直に話すこともなかったんだが、この件については率先して動きまわった関係者なんでな。
 そんなのが後になって「なんで言わなかった」と責められたときに、「忘れてた」とは言い訳できねぇだろう?」
「そうかい。でもまぁ安心おし。事情を知ったからって雇うことをやめるような真似はしないよ。
 当初の予定通り、今日から10日間、店に泊まり込んでもらうからね」
「わかった。じゃ、最後に依頼の中身を再確認させてくれ」

 ちょっとくどいような気もしたが、仕事の範囲はきっちりしておきたい。1日半金貨2枚の報酬は安くはないが、多すぎるわけでもない。
 今回の依頼、内容は娼館の用心棒というだけで、漠然とイメージはできるものの実際に何をどこまでやるかの詳しい内容は出ていない。
 基本的に用心棒の仕事は待機時間がほとんどだ。暇だろうからとあれもこれもと雑用みたいな仕事を当然のように押し付けられたら、半金貨2枚では割に合わない。
 はっきり言ってしまうとこの婆さん、そういう事を平気でやってきそうな予感がするのよ。そりゃもうひしひしと。
 だからこうやって予防線を張ろうとしてるわけだが……どこまで通用するか未知数なのが心もとない。

「基本はこの店の中に控えていればいいんだな?」
「そうだよ」
「何かあったときは呼びに来るのか?」
「そうなるね」
「その場に顔を出して収まるならそれでよし、ぐだぐだ言ったり抵抗した場合は無力化させていったん外に連れ出す形か?」
「いや、地下室があるからそこに連れてってもらうよ。あとはウチの者がやる」
 ……地下室なんてあるのか。いわゆる折檻部屋か?
「手持ちの金がないから取りに戻るとか言い出した場合は?」
「ウチの男衆を一人つけるから、それと一緒に行ってもらうことになるね」
「それが罠だった場合は?」
「そのときの対処は任せるよ。ただし、金はきっちり取ってきてほしいね」
「善処しよう。面倒を見るのはこの店だけか?」
「今のところはそうだね。ただ、他所の店からも頼まれるかもしれないね。でもその時は報酬を上乗せしてやるよ」
 そらきた。この店だけじゃないのかよ。確認しといて正解だったわ。
「仕事の時間はどうなる?」
「昼食の後から翌日の朝食後、客を全員送り出すまでになるね」
「それって長すぎやしねぇか?」
 昼から翌朝までって……計算すると20時間近くになるだろ?どんなブラックだよ。
「ずっと起きてろとは言わないよ。日付が変わるあたりから、朝食前の明けの鐘が鳴る時間までは寝てて構わない。
 ただ何かあったら起こすからね。客を全員送りだしたら昼食までは完全な休みだ。用事があって出かけるならその時間帯にしておくれ」
「わかった。それならまぁ、構わんかな」
 ふむ、その時間帯が完全に空くなら、鎧の寸法合わせとか買い物とかもできるか。
「食事は朝昼晩の三食、夜中も起きてるようなら夜食もつけてあげるよ。あんた大喰らいっぽいからね。内容は店の者と同じになるけど」
「内容はそれで結構。ただ俺は普通に二人分食うから覚えておいてくれ。なんなら一人分は報酬から差っ引いて構わんぞ」
「そんなけち臭いことはしないから安心おし。ところで酒は飲むのかい?」
「人並には飲むな。でもまぁ、ここにいる間は寝酒に少したしなむ程度に控えとくよ」
「そうしてくれると助かるね」
「酒はいいが煙草はどうなんだ?」
「煙草は好きに吸って構わないよ。でも火の始末にはくれぐれも気を付けておくれよ」
「了解。それは煙草吸いの最低限の常識だな」
 酒はともかく煙草が自由ってのはありがたい。やることがないとつい煙草に手を出すからな。まぁ吸えなきゃ吸えないで我慢はできるが、自由に吸えるならそれに越したことはない。
「風呂は店にあるのを使っておくれ。女たちが終わった後の仕舞湯になるけどね。汚れものの洗濯は朝食前に部屋の前に出しておいてくれたら、ウチの者がやって部屋に返しておくよ」
「わかった。それは頼もうか」
「他に何か聞いておきたいことはあるかい?」
「……いや、今のところはもうないな」
「なら早速詰めてもらうよ」
 ジュリア婆さんはそういうと、手元の鐘を鳴らした。
 しばらくして、さっきこの部屋に案内してくれた少女が顔を見せる。
「店主さま、お呼びですか?」
「ああ。今度この虎男、ディーゴというそうだ、を用心棒に雇ったからね、待合室に案内しておやり。今夜からそこに詰めてもらうから」
「かしこまりました。ではディーゴさま、こちらへどうぞ」
「おう、よろしくな」
 少女に従って部屋を出ようとしたとき、空気だったエルトールの声がかけられた。
「じゃあディーゴさん、後はよろしくお願いします」
 背中越しに手を振ってそれに答えると、娼館での用心棒の仕事が始まった。
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