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第7章

第12話 新年の用事色々2

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―――前回のあらすじ―――
挨拶回りの2日目に突入。
今日訪問するところ、ここだけは義理を欠かしちゃいけないところだ。
―――――――――――――


-1-
 新年を迎えて2日目。
 日本ではまだ正月休みの最中だが、、こちらでは今日から各商店や乗合馬車などの通常営業が始まる。
 まぁこちらには冷蔵庫がないから、冬場とはいえ生鮮食品の買い溜めができんからな。
 この時期、肉はともかく青物は数自体が少ないが、それでも食料品を扱う店が揃って2日も3日も休めば各家の台所に支障が出る。
 とはいえ、ウチは別に商店ではないので、使用人たちは3日まではちょっと仕事を抑えたのんびりモードだ。
 本当なら完全に休みにしたかったんだけど、メシの支度と汚れものの洗濯はどうしてもせにゃならんからな。
 その二つの仕事をこなせば、後は自由にしていいと言ってある。
 掃除?1~2日くらいならしなくても平気だし、気になるゴミだけ拾ってくれりゃそれでいいよ。
 別に客が来るわけでもないしね。

 と、使用人たちに言い残して俺は今日も挨拶回りに出る。
 向かうのはカワナガラス店。
 通い慣れた道を歩いていくと、やがて目当ての店が見えてきた。ふむ、ここも2日から通常営業か。
「おはようさん。精が出るな」
 店の前を掃除している従業員に声をかける。
「あ、おはようございます。ディーゴ様。新年迎えましておめでとうございます」
「ああ、おめでとう。新年の挨拶に伺ったんだが、エレクィルさんとハプテスさんは大丈夫かな?」
「ええ、今日はまだ来客もないので大丈夫ですよ。奥に知らせますか?」
「いや、いつも通り裏口から直接行くわ。んじゃ、手ぇ止めさせて悪かったな」
 従業員にひらひらと手を振って裏口に回る。
 裏口の扉を叩いて訪いを告げると、少ししてモイラが顔を出した。
「おやディーゴ様。朝から一体どうしたね」
「無事に新年を迎えられたんで挨拶にね。そうそう、新年迎えましておめでとうございます」
「こりゃご丁寧に。新年おめでとうだよ。大旦那様たちなら奥だで、ちょっと言ってくるから中でお待ちな」
「うん、すまんね」
 モイラに促されて裏口から中に入る。竈の火が暖房代わりになっていて、中はじんわりと暖かい。
 毛皮のせいで寒さには強いが、まったく寒さを感じないわけじゃないからね。
 そうやって暖かさを堪能していると、奥に行ったモイラが戻ってきた。
「大旦那様たちが是非どうぞ、だってよぅ」
「ありがとう。じゃ、通らせてもらうわ」
 引っかけていた外套を脱ぎながら奥へと向かう。
「おはようございます、ディーゴです」
「どうぞ、お入りください」
 促されて中に入ると、部屋の中にはエレクィル爺さんとハプテス爺さんの他、店主のカニャードと職人頭のベントリーがいた。
「皆さん、新年迎えましておめでとうございます」
「「新年、おめでとうございます」」
 俺が頭を下げると、皆がそれぞれに返してきた。
「新年の挨拶に来たんですが、お邪魔でしたかね?」
「なんのなんの、ディーゴさんならいつでも歓迎しますよ。ささ、空いてる席にどうぞ」
 エレクィル爺さんに促されて、ベントリーの隣の空いてる席に腰を下ろす。
「ところでディーゴさん、お屋敷の方はもう落ち着かれましたかな?」
「ええ、新しく雇った3人も大分仕事を覚えてきたようで、そろそろ3人だけで屋敷を任せられるかな、と」
「おや、するとユニさんはどうなります?」
「俺と一緒に冒険者稼業をやってもらうことになります」
「なんと……失礼な言い方かもしれませんが、ユニさんが冒険者というのはちょっと想像できませんな」
「剣術とか魔法の心得があったのですか?」
「いや、そっち方面は相変わらずへっぽこなままなんですけど、まぁそれでも何とかなりそうな武器が手に入ったというか作れたんで」
「武器が作れた……と言いますと?」
 カニャードの質問に、精霊筒のことを話して聞かせる。
「……なるほど、それでしたら剣や魔法の才は必要ありませんね。しかし、あのユニさんをなぜ冒険者に?私どももユニさんのことは見知っていますが、とても荒事には向いてないように思えるのですが……」
「んー、まぁ確かにそうなんですけど」
 そこでいったん言葉を切ると、身を乗り出して抑えた声で続けた。
「カニャードさん、ベントリーさん、これから話すことは絶対に他言無用に願いますよ」
「そんな危ない話なんですか?」
「危ないというか、知れ渡ると面倒な話なんで」
「?」
 首を傾げるカニャードとベントリーに、察したエレクィル爺さんが助け舟を出してくれた。
「ああ、ユニさんの正体の話ですか。カニャード、ベントリー、これからディーゴさんがユニさんの本当の姿についてお話ししますが、これが知れ渡ると最悪お二人がこの街から出ていかねばならなくなります。そのつもりで聞きなさい」
「……分かりました」
 カニャードとベントリーが頷いたのを見て、エレクィル爺さんと俺の二人で話を再開した。
 ユニが人間ではなく、今の屋敷の前の持ち主が召喚した淫魔という悪魔であること。
 普通なら神殿の司祭なりに頼んで退治する(送り返す)ところだが、どうしても帰りたがらない上に屋敷の維持に並々ならぬ腕を見せたので、魂の回収を禁じて家政夫として置いていること。
 そもそも召喚の儀式に1ヶ月も遅れてやってくるようなへっぽこ淫魔で、エレクィル爺さんとハプテス爺さん二人から見ても、実際(今のところ)人間に害はないこと。
 ちなみにディーゴも別の種族の悪魔だが、ユニともども領主には正体を報告済みであること。
 そんなところを説明すると、カニャードとベントリーはなんとも反応に困るような顔をして見せた。
「……とまぁそういう訳でしてな、くれぐれもこのことは二人の胸の内に収めておきなさい」
「はぁ……分かりました。確かにこれは知れ渡ると厄介ですね」
 エレクィル爺さんが話をいったん締めると、二人は納得したように頷いた。
「して、ディーゴさん。ユニさんを冒険者にする理由とは?」
「それなんですがね……」
 エレクィル爺さんの質問に、今度は石巨人亭のオヤジさんにした説明を繰り返す。
 ユニが俺の所の家政夫になって半年以上が経過するが、当初の約束を守りつつも予想以上によくやってくれていること。
 だが、このまま俺の家政夫だけにかまけて魂の一つも回収しないままだと、立場的に都合が悪いんじゃないかということ。
 成果がないことを理由に強制的に呼び戻されたりでもしたら俺が困るので、今までの働きへの礼もかねて魂の回収を手伝ってやろうかと考えていること。
 冒険者として活動する中で返り討ちにした野盗などの魂なら、別に回収しても問題はないだろうしそれなりの実績にもなるんじゃないかということ。
 そんな感じで説明を終えると、エレクィル爺さんが腕組をしながら頷いた。
「なるほど。そういう理由でしたか。野盗の魂なら回収しても問題ないか、という意見は判断がちと分かれるかもしれませんが、ユニさんがいなくなってしまう事に比べれば些細な問題でしょうな」
「家事の腕もそうなんですが、胃袋を掴まれると甘くなっていけませんや」
 そう言って俺が笑うと、居合わせている一同も表情を崩した。
「まぁ先月から最低限の護身術の稽古はさせているんですが、慣れるまでは簡単な依頼からこなしていこうかと考えてんですよ。虎のヴァルツも使い魔として加わりましたしね」
「それは良い判断ですな」
 エレクィル爺さんが頷いて、この話はお開きになった。
「で、こちらのお店の方は今年はどうなりそうですか?」
 大旦那と店主と職人頭が揃っていたので、ふと尋ねてみた。
「そうですな、ステンドグラスの予定が6年先まで埋まってしまいましたので、今は受注を止めている状態なのですが、これがなかなか……」
「職人見習いも幾人か新たに雇ったのですが、それでも人手が足りない状態で、また増やそうかと考えているのですよ」
「工房も手狭になってくるだろうしなぁ……」
 ああ、景気が良くても良いなりに悩みはあるのね。
「受注がどうこうとか工房の広さに関しては俺じゃ手が出せませんけど、職人については他所の街に行ったときにここの代理人として話広めときましょうか?こちらで職人を募集してる、って」
「そうですな、この街の景気がいいのは他所の街でも知られているでしょうが、ウチの店が職人を募集している旨を書いた書付を実際に見せて回れば、他の街で仕事を探している職人を呼びよせる後押しになるやもしれませんな」
 エレクィル爺さんが頷いて見せる。
「ではディーゴさん、書付の方はこちらで用意しますので、行った先々でのお話をお願いできますか?」
「ええ、構いませんよ。ただ、行先はあくまで依頼次第なんで、どこそこの街にいつまでにといった指定には応えられませんけど」
「それでも結構です。ディーゴさんの負担にならない範囲で行っていただければ」
「分かりました。ちなみに、話を広めるのに効率のいい場所ってどこになるんですかね。やはりその職のギルドですか?」
「ええ、流しとかの仕事を探している職人は、まずその街のギルドを頼ります。そこで身分証を見せて仕事を斡旋してもらうのが一般的な方法ですので、行く先々の街のガラス職人のギルドを訪ねていただいて書付を見せれば話は終わると思います」
「なるほど、それなら大した手間じゃなさそうですね」
 カニャードの説明に頷く。
「ちなみにディーゴさんはいつごろから冒険者の仕事を始める予定ですか?」
「そうですね、もうちょっとのんびりして、4日か5日あたりから始めようかと考えてます」
「分かりました。でしたら明日にでも書付をお屋敷の方に届けさせます」
「ウチの使用人にも言っときますんで、もし俺がいない場合は使用人に預けていってください」
「ありがとうございます。それで、手間賃の方ですが……」
「いやいやいや、そんな、行った先での片手間の用事で代金なんて貰えませんわ」
 カニャードの言葉をさえぎって手を振る。さすがにそこまでがめつく金をとる気はないよ。
「しかし、これはいわば他所の街のギルドに手紙を届けてもらうようなことですから、無料というわけには」
「それは期日指定で、その手紙の為だけに人を動かす場合ですよ。今回はそういうケースじゃないですからね」
 そうは言ってみたものの、まだカニャードは納得してないように見える。
「じゃあこうしましょう。俺とユニがいない間は、屋敷にいるのは使用人3人だけになります。屋敷の保守管理の仕事は大分覚えたとはいえぶっちゃけまだ新米です。不測の事態には判断に困ると思いますので、そういうときにはこちらを頼らせてもらえませんか?」
「そのようなことでいいのですか?」
「こちらの皆さんが後ろに控えていてくださるなら、俺らとしても安心して旅に出られます」
「分かりました。ではその条件でお互い動くとしましょう」

 話がまとまった後は、ステンドグラスの小物の売れ行きの話をしたり、剣闘士の試合の話をしたりと、とりとめのない話が続き、昼食を頂いてカワナガラス店を後にした。
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