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第6章
第15話 ディーセン街中行脚4
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―――前回のあらすじ―――
森の迷宮で拾った羊皮紙に書かれていたのは、幾つかの薬の作り方だった。
となれば、いつものあそこに持ち込んだ方が良かろう、と足を向ける。
―――――――――――――
-1-
魔術師ギルドを出ると、近くにあった食堂で昼食をすますことにした。
ヴァルツがいるので大丈夫かなと思ったが、ここは魔術師ギルド職員の御用達らしく、使い魔連れで食事する人間も少なくないことから、別に問題はないと言われた。
というわけで、素直に席についてランチの定食を2人前と、ヴァルツ用に生肉と焼いた肉をそれぞれ注文する。
ほどなくして出てきたそれは、量・味共になかなか満足のいく代物だった。
ヴァルツも食べ終わって満足そうに口の周りを舐めている。
〈うむ、美味かった。これはなんの肉だ?〉
《羊という人間が育ててる家畜の肉だな。白いもこもこの毛で覆われた動物だ》
〈おお、それなら以前草原で見かけたことがある。人間が近くにいたので手は出さなかったが〉
《そりゃ正解だ。その羊はたぶんその人間の持ち物だからな。襲っていたらちと面倒なことになってたぞ》
〈そうか。なかなか厄介だな、人間というのは〉
《そうだ。人間てのは自分の持ち物に対する執着が強い。これからおいおい教えていってやるよ》
〈わかった。頼むぞ兄弟〉
代金を払い、ヴァルツと一緒に店を出る。
途中、ヴァルツに使い魔としての目印が必要なことを思い出して、布を扱っている店に立ち寄った。
まぁ黒の毛皮につけて目立つのは白か赤系統の明るい色だな、ということで、赤い生地を少し買って、ヴァルツの首にスカーフ代わりに巻き付けた。
〈兄弟、これはなんだ?〉
《お前さんが使い魔であることを他人に知らせる目印だよ。そうしないと、野良の動物と思われて退治されかねんからな》
〈なるほど〉
というわけで、ミットン診療所にやってきた。
玄関の扉を開けて中に入る。待合室には3人の患者らしき人間とツグリ婆さんがいた。
「こんちわ」
受付にいるウェルシュに声をかける。
「ディーゴじゃないか、今日はどうしたんだ?また怪我でもしたか?」
「いや、そういうわけじゃねーんだが、旅先で面白いのを見つけてね。ここなら買ってもらえるかと思って顔を出した」
「ほう、面白いものねぇ……私としてはそっちの黒い虎も気になるんだが」
「ああ、コイツはヴァルツ。今度俺の使い魔になったんだ。よろしく頼む」
「ははっ、虎が虎を使い魔にしたか」
言われると思ったよ。
「なんだ、虎がどうかしたか?」
いきなり話に割り込んできたのは、双尾猫のアルゥだ。アルゥは受付のカウンターに飛び乗ると、ヴァルツを見下ろした。
「にゃおん」
「がるっ」
「なぁあご、みゃう」
「ぐるる、がお」
アルゥとヴァルツが何か会話を始めた。
「二人とも、我は少しこの虎と話がある。待合室の隅を借りるぞ」
「それは構わんが、会話ができたのか」
ウェルシュが意外そうに呟く。俺も意外だったが。
「これでも双尾猫ゆえ、な」
答になっているのかなっていないのか分からない返しをして、アルゥとヴァルツは待合室の隅っこに移動していった。
「……まぁ、あっちはあっちに任せるとして、持ってきた面白いものとは?」
「ああ、これなんだが」
そう言って羊皮紙の束と翻訳されたものが書かれた紙を差し出す。
「これは……薬の作り方、か?」
翻訳された方の紙を見てウェルシュが呟く。
「ああ。迷宮で拾ってきたんだが、なんでも古代文明期のオーベンという民族の言葉で書かれたものらしい。聞いたこともない病名の薬ばかりだが、ここなら役に立てられるんじゃないかと思ってね」
「オーベンだって?」
ウェルシュはそう反応すると、羊皮紙を開いて中を見た。
「……なるほど、これは確かにオーベンの文字だ。ふん……ふんふん、これは驚いた。ラクワイア熱の特効薬の作り方じゃないか。こっちは……青斑病の治療薬……」
ウェルシュは食い入るように羊皮紙を見ている。
「というかウェルシュ、それ、読めるのか?」
「ああ。オーベンというのは古代文明期に存在した民族なんだが、医療技術に長けていてね。私は大学時代にオーベンのことを研究していて論文も書いたから、オーベンの文字は読めるんだ」
なんだそのスキル。それなら魔術師ギルドじゃなくこっちに持ち込んだほうが早かったじゃないか。
……いや、オーベンの文字か判別がつかないから、やっぱり一度は魔術師ギルドに持ち込むことになるか。
「いやしかしこれが事実だとすると……オーベンのことだから事実の可能性はかなり高いが……世に言う難病や致死率の高い病気の治療薬が発見されたことになるな」
ウェルシュはそう言いながら次の羊皮紙を開いた。
「こっちはなんだ、解毒薬?テ……テニア……テリアカだと!?」
驚いたように目を見開く。
「なんだそのテリアカってのは」
「今は失われた、万能解毒薬だよ。もっともこれは……完全な万能薬じゃなくて、動物毒、植物毒、鉱物毒それぞれに対応した3種類のテリアカらしいが」
2つ目3つ目の羊皮紙を開き、それを見比べたウェルシュが答える。
「でも万能解毒薬って、解毒ポーションとは違うのか?」
「あれは毒にやられてから塗ったり飲んだりするものだろう?こっちのテリアカは事前に飲んでも効果がある。つまり、あらかじめこれを飲んでおけば、毒が効かなくなるということだ」
「……マジか」
「しかもこれが本物なら、今まで解毒ポーションでは対応できなかった、即効性の致死毒さえも無効化できることになる」
「なんか、王侯貴族や冒険者が泣いて喜びそうな薬だな。毒が無効化できるなら俺だって欲しいぞ」
「泣いて喜ぶどころか常用薬になるだろうな。まったく、なんてものを持ち込んでくれたんだ。伝説が一つ解明されてしまったじゃないか」
眼鏡を持ち上げて眉間を揉みながらウェルシュが呟く。
「実はかなり凄いもの?」
「かなり凄いな。医師ギルドの本部に送れば……まぁ検証はするだろうが、本物だった場合はまず間違いなく多額の報奨金が出る」
ウェルシュはそう言って頷いた。
「実はその羊皮紙と一緒に薬瓶を3本見つけて持ってきたんだが、もしかしてこれがテリアカか?」
そう言って薬瓶を3本出す。
ウェルシュはそれを受け取ると、表記されているラベルを見た。
「……そのようだ。実物まであるのか。至れり尽くせりじゃないか」
「ちなみに買取は……」
「無理だ。これに見合うだけの対価がウチでは用意できない」
「そっかー」
即金化は無理か。
「ただどうかな、ウチに預けてもらえば医師ギルドの本部まで送ることができるが」
「じゃあそれでよろしく……といいたいが、それだけ大ごとになるならウチの領主を噛ませた方がいいかな」
「そうだな、まず間違いなく感謝はされるな」
「じゃあ、ちょこっと相談してみるわ」
「医師ギルドの本部に送る場合はウチに持ってきてくれ。ウチなら本部の場所も知ってるし、無料で安全に送る方法もある」
「わかった。その時はよろしく頼む。ああ、羊皮紙はそのまま預かっててくれ。翻訳した紙と実物を返してくれりゃいい」
……なんか大ごとになっちまったな、と思いつつ物をウェルシュから受け取る。
「アルゥ、ヴァルツ、こっちの話は終わったぞ」
「うむ、こちらももうすぐ終わる」
その後少しの間、にゃごにゃごぐるぐる言ってた2匹だが、やっと話が終わったようだ。2匹連れだってこっちに来た。
「二人して熱心にナニ話してたんだ?」
「なに、使い魔としての心得を少しな」
〈双尾猫殿からいろいろと教えてもらったのだ〉
「なるほど、って、アルゥの方が格上なのか」
「我は小さくても幻獣ゆえな。ヴァルツよりは上になる」
「ふーん、そういうもんか」
「そちらは何を話していたのだ?」
「ディーゴが持ってきた羊皮紙についてな。あとで話すが、なかなか大ごとになりそうだ」
「そうか、では夕食のときにじっくりうかがうとしよう」
〈兄弟、俺たちはどうする?〉
「これから領主の所を訪問だ。俺よりずっと偉い人だから、大人しくしててくれよ?」
〈わかった〉
「じゃあウェルシュ、アルゥ、俺たちはこれで。領主との話が順調にいけば、明日あたりまた来ることになると思う」
「わかった」
「待っておるぞ」
そしてミットン診療所を後にした俺たちは、そのまま領主の館を訪ねることにした。
-2-
「こんちは」
「おやディーゴさま。今日はどうされました……って、その虎は?」
いつもの門番に挨拶すると、門番はヴァルツを見て驚いた。
「今度俺の使い魔になった、漆黒虎のヴァルツってもんです。今後時々姿を見せることになると思うので、よろしく頼みます」
「がるっ」
「分かりました。して、今日はどのような要件で?」
「迷宮で見つけた伝説の薬の作り方について、その扱いを領主様に相談しに来たんだ。相変わらず約束なしなんだけど、今日もいるかな?」
「ええ、今日も御在宅ですけど、会えるかどうかは……」
「そん時は約束だけして帰るよ。緊急って程じゃないしね」
「分かりました。中へどうぞ」
中に入り、ドアノッカーを鳴らして出てきた使用人に要件を説明する。
昨日とは別の待合室みたいな部屋に通され、今は来客中で少し時間がかかると説明を受けた。
ちなみにヴァルツは玄関から少し離れたところで待機してもらうことにした。
「ディーゴ様、閣下がお呼びです」
使用人に呼ばれて応接室についていくと、領主が椅子に座って待っていた。
「おおディーゴ来たな。まぁ座れ」
「失礼します」
領主に促されて対面の椅子に腰を下ろす。
「なんでも伝説の薬?の作り方で相談があるそうだな」
領主が笑顔を浮かべながら尋ねてきた。その様子では伝説というものをあまり信じてないな?
「ええ。迷宮で見つけた古文書を解読してもらったら、なんでも『テリアカ』という古代に失われた万能解毒薬の作り方だったらしくて、ちょっとこれは相談した方がいいかな、と」
「ふむ、しかし万能解毒薬なら、解毒ポーションがあるのではないか?」
「まぁそうなんですけど、このテリアカって薬は普通の解毒効果だけでなくて、あらかじめ飲んでおくと毒を無効化できるそうなんですよ。それが即効性の致死毒であっても」
そこまで言うと領主の顔色が変わった。
「毒を無効化できる、だと?しかも即効性の致死毒でもか」
「ええ。まだ検証はしてないのですが、作り方を見た医師の話では、信憑性は高い、と」
「ふーむ……」
「で、検証もかねてこの作り方と実物を医師ギルドの本部に送ろうと思っているんですけど、これ、使い方次第ではとんでもない大金が動きますよね?」
「当たり前だ。毒を無効化できるなんて、どれほどの王侯貴族が欲しがると思っているんだ。貴族が銀の食器を使っているのも見栄えじゃなくて毒を警戒しているからなんだぞ?」
「はぁ」
「これはなんとしても我が領内で作りたいな」
あーうん、その気持ちはわかる。外交上の凄い武器になりそうだからね。
「でもこれ、翻訳した文書を見た限りでは、かなりの材料と面倒くさそうな工程が必要みたいですよ?」
「そのようだな。まぁ材料の入手難易度についてはこちらで調べる。それによって我が領内で作るか決めよう」
「作るのが可能だとしたら、作り手はどうします?」
「それはおいおい考える。ところでこれは医師ギルドには必ず送らなければならないのか?……いや、医師ギルドの保証があった方が信用度が段違いだな。これはすぐ医師ギルドに送らなければいけないのか?」
「いえ、日程的な縛りはありません。ただ、これを見てくれた医師に預ければ、安全確実に医師ギルドの本部まで送ってもらえるそうです」
「そうか……わかった。では私が医師ギルドに対して手紙を書く。それをつけて医師ギルドの本部に送ってくれ」
「ちなみにどんな内容になります?」
「医師ギルドはその性質上、権力が通用しにくくてな、我が領で生産したいから他所には広めないでくれ、と頼むのが精いっぱいだな。もしかしたら医師ギルドの本部でも作らせてくれと言ってくるかもしれんが、その時はその時だ」
「なるほど、わかりました」
「手紙は明日にも屋敷の方に届ける。ちなみに、見てくれた医師というのは誰だ?」
「ミットン診療所といって、スラムの入り口にある診療所です。そこのウェルシュという医師に見てもらいました。最近というか半年くらい前に、鱗イタチの集団暴走の時に尽力してくれたところです」
「そうか、わかった。ではこれから文面を考えるから、帰っていいぞ」
「はい。では手紙の方、よろしくお願いします」
そう言って頭を下げると、領主の館を辞去した。
一応これでテリアカの扱いは決まった、かな?
森の迷宮で拾った羊皮紙に書かれていたのは、幾つかの薬の作り方だった。
となれば、いつものあそこに持ち込んだ方が良かろう、と足を向ける。
―――――――――――――
-1-
魔術師ギルドを出ると、近くにあった食堂で昼食をすますことにした。
ヴァルツがいるので大丈夫かなと思ったが、ここは魔術師ギルド職員の御用達らしく、使い魔連れで食事する人間も少なくないことから、別に問題はないと言われた。
というわけで、素直に席についてランチの定食を2人前と、ヴァルツ用に生肉と焼いた肉をそれぞれ注文する。
ほどなくして出てきたそれは、量・味共になかなか満足のいく代物だった。
ヴァルツも食べ終わって満足そうに口の周りを舐めている。
〈うむ、美味かった。これはなんの肉だ?〉
《羊という人間が育ててる家畜の肉だな。白いもこもこの毛で覆われた動物だ》
〈おお、それなら以前草原で見かけたことがある。人間が近くにいたので手は出さなかったが〉
《そりゃ正解だ。その羊はたぶんその人間の持ち物だからな。襲っていたらちと面倒なことになってたぞ》
〈そうか。なかなか厄介だな、人間というのは〉
《そうだ。人間てのは自分の持ち物に対する執着が強い。これからおいおい教えていってやるよ》
〈わかった。頼むぞ兄弟〉
代金を払い、ヴァルツと一緒に店を出る。
途中、ヴァルツに使い魔としての目印が必要なことを思い出して、布を扱っている店に立ち寄った。
まぁ黒の毛皮につけて目立つのは白か赤系統の明るい色だな、ということで、赤い生地を少し買って、ヴァルツの首にスカーフ代わりに巻き付けた。
〈兄弟、これはなんだ?〉
《お前さんが使い魔であることを他人に知らせる目印だよ。そうしないと、野良の動物と思われて退治されかねんからな》
〈なるほど〉
というわけで、ミットン診療所にやってきた。
玄関の扉を開けて中に入る。待合室には3人の患者らしき人間とツグリ婆さんがいた。
「こんちわ」
受付にいるウェルシュに声をかける。
「ディーゴじゃないか、今日はどうしたんだ?また怪我でもしたか?」
「いや、そういうわけじゃねーんだが、旅先で面白いのを見つけてね。ここなら買ってもらえるかと思って顔を出した」
「ほう、面白いものねぇ……私としてはそっちの黒い虎も気になるんだが」
「ああ、コイツはヴァルツ。今度俺の使い魔になったんだ。よろしく頼む」
「ははっ、虎が虎を使い魔にしたか」
言われると思ったよ。
「なんだ、虎がどうかしたか?」
いきなり話に割り込んできたのは、双尾猫のアルゥだ。アルゥは受付のカウンターに飛び乗ると、ヴァルツを見下ろした。
「にゃおん」
「がるっ」
「なぁあご、みゃう」
「ぐるる、がお」
アルゥとヴァルツが何か会話を始めた。
「二人とも、我は少しこの虎と話がある。待合室の隅を借りるぞ」
「それは構わんが、会話ができたのか」
ウェルシュが意外そうに呟く。俺も意外だったが。
「これでも双尾猫ゆえ、な」
答になっているのかなっていないのか分からない返しをして、アルゥとヴァルツは待合室の隅っこに移動していった。
「……まぁ、あっちはあっちに任せるとして、持ってきた面白いものとは?」
「ああ、これなんだが」
そう言って羊皮紙の束と翻訳されたものが書かれた紙を差し出す。
「これは……薬の作り方、か?」
翻訳された方の紙を見てウェルシュが呟く。
「ああ。迷宮で拾ってきたんだが、なんでも古代文明期のオーベンという民族の言葉で書かれたものらしい。聞いたこともない病名の薬ばかりだが、ここなら役に立てられるんじゃないかと思ってね」
「オーベンだって?」
ウェルシュはそう反応すると、羊皮紙を開いて中を見た。
「……なるほど、これは確かにオーベンの文字だ。ふん……ふんふん、これは驚いた。ラクワイア熱の特効薬の作り方じゃないか。こっちは……青斑病の治療薬……」
ウェルシュは食い入るように羊皮紙を見ている。
「というかウェルシュ、それ、読めるのか?」
「ああ。オーベンというのは古代文明期に存在した民族なんだが、医療技術に長けていてね。私は大学時代にオーベンのことを研究していて論文も書いたから、オーベンの文字は読めるんだ」
なんだそのスキル。それなら魔術師ギルドじゃなくこっちに持ち込んだほうが早かったじゃないか。
……いや、オーベンの文字か判別がつかないから、やっぱり一度は魔術師ギルドに持ち込むことになるか。
「いやしかしこれが事実だとすると……オーベンのことだから事実の可能性はかなり高いが……世に言う難病や致死率の高い病気の治療薬が発見されたことになるな」
ウェルシュはそう言いながら次の羊皮紙を開いた。
「こっちはなんだ、解毒薬?テ……テニア……テリアカだと!?」
驚いたように目を見開く。
「なんだそのテリアカってのは」
「今は失われた、万能解毒薬だよ。もっともこれは……完全な万能薬じゃなくて、動物毒、植物毒、鉱物毒それぞれに対応した3種類のテリアカらしいが」
2つ目3つ目の羊皮紙を開き、それを見比べたウェルシュが答える。
「でも万能解毒薬って、解毒ポーションとは違うのか?」
「あれは毒にやられてから塗ったり飲んだりするものだろう?こっちのテリアカは事前に飲んでも効果がある。つまり、あらかじめこれを飲んでおけば、毒が効かなくなるということだ」
「……マジか」
「しかもこれが本物なら、今まで解毒ポーションでは対応できなかった、即効性の致死毒さえも無効化できることになる」
「なんか、王侯貴族や冒険者が泣いて喜びそうな薬だな。毒が無効化できるなら俺だって欲しいぞ」
「泣いて喜ぶどころか常用薬になるだろうな。まったく、なんてものを持ち込んでくれたんだ。伝説が一つ解明されてしまったじゃないか」
眼鏡を持ち上げて眉間を揉みながらウェルシュが呟く。
「実はかなり凄いもの?」
「かなり凄いな。医師ギルドの本部に送れば……まぁ検証はするだろうが、本物だった場合はまず間違いなく多額の報奨金が出る」
ウェルシュはそう言って頷いた。
「実はその羊皮紙と一緒に薬瓶を3本見つけて持ってきたんだが、もしかしてこれがテリアカか?」
そう言って薬瓶を3本出す。
ウェルシュはそれを受け取ると、表記されているラベルを見た。
「……そのようだ。実物まであるのか。至れり尽くせりじゃないか」
「ちなみに買取は……」
「無理だ。これに見合うだけの対価がウチでは用意できない」
「そっかー」
即金化は無理か。
「ただどうかな、ウチに預けてもらえば医師ギルドの本部まで送ることができるが」
「じゃあそれでよろしく……といいたいが、それだけ大ごとになるならウチの領主を噛ませた方がいいかな」
「そうだな、まず間違いなく感謝はされるな」
「じゃあ、ちょこっと相談してみるわ」
「医師ギルドの本部に送る場合はウチに持ってきてくれ。ウチなら本部の場所も知ってるし、無料で安全に送る方法もある」
「わかった。その時はよろしく頼む。ああ、羊皮紙はそのまま預かっててくれ。翻訳した紙と実物を返してくれりゃいい」
……なんか大ごとになっちまったな、と思いつつ物をウェルシュから受け取る。
「アルゥ、ヴァルツ、こっちの話は終わったぞ」
「うむ、こちらももうすぐ終わる」
その後少しの間、にゃごにゃごぐるぐる言ってた2匹だが、やっと話が終わったようだ。2匹連れだってこっちに来た。
「二人して熱心にナニ話してたんだ?」
「なに、使い魔としての心得を少しな」
〈双尾猫殿からいろいろと教えてもらったのだ〉
「なるほど、って、アルゥの方が格上なのか」
「我は小さくても幻獣ゆえな。ヴァルツよりは上になる」
「ふーん、そういうもんか」
「そちらは何を話していたのだ?」
「ディーゴが持ってきた羊皮紙についてな。あとで話すが、なかなか大ごとになりそうだ」
「そうか、では夕食のときにじっくりうかがうとしよう」
〈兄弟、俺たちはどうする?〉
「これから領主の所を訪問だ。俺よりずっと偉い人だから、大人しくしててくれよ?」
〈わかった〉
「じゃあウェルシュ、アルゥ、俺たちはこれで。領主との話が順調にいけば、明日あたりまた来ることになると思う」
「わかった」
「待っておるぞ」
そしてミットン診療所を後にした俺たちは、そのまま領主の館を訪ねることにした。
-2-
「こんちは」
「おやディーゴさま。今日はどうされました……って、その虎は?」
いつもの門番に挨拶すると、門番はヴァルツを見て驚いた。
「今度俺の使い魔になった、漆黒虎のヴァルツってもんです。今後時々姿を見せることになると思うので、よろしく頼みます」
「がるっ」
「分かりました。して、今日はどのような要件で?」
「迷宮で見つけた伝説の薬の作り方について、その扱いを領主様に相談しに来たんだ。相変わらず約束なしなんだけど、今日もいるかな?」
「ええ、今日も御在宅ですけど、会えるかどうかは……」
「そん時は約束だけして帰るよ。緊急って程じゃないしね」
「分かりました。中へどうぞ」
中に入り、ドアノッカーを鳴らして出てきた使用人に要件を説明する。
昨日とは別の待合室みたいな部屋に通され、今は来客中で少し時間がかかると説明を受けた。
ちなみにヴァルツは玄関から少し離れたところで待機してもらうことにした。
「ディーゴ様、閣下がお呼びです」
使用人に呼ばれて応接室についていくと、領主が椅子に座って待っていた。
「おおディーゴ来たな。まぁ座れ」
「失礼します」
領主に促されて対面の椅子に腰を下ろす。
「なんでも伝説の薬?の作り方で相談があるそうだな」
領主が笑顔を浮かべながら尋ねてきた。その様子では伝説というものをあまり信じてないな?
「ええ。迷宮で見つけた古文書を解読してもらったら、なんでも『テリアカ』という古代に失われた万能解毒薬の作り方だったらしくて、ちょっとこれは相談した方がいいかな、と」
「ふむ、しかし万能解毒薬なら、解毒ポーションがあるのではないか?」
「まぁそうなんですけど、このテリアカって薬は普通の解毒効果だけでなくて、あらかじめ飲んでおくと毒を無効化できるそうなんですよ。それが即効性の致死毒であっても」
そこまで言うと領主の顔色が変わった。
「毒を無効化できる、だと?しかも即効性の致死毒でもか」
「ええ。まだ検証はしてないのですが、作り方を見た医師の話では、信憑性は高い、と」
「ふーむ……」
「で、検証もかねてこの作り方と実物を医師ギルドの本部に送ろうと思っているんですけど、これ、使い方次第ではとんでもない大金が動きますよね?」
「当たり前だ。毒を無効化できるなんて、どれほどの王侯貴族が欲しがると思っているんだ。貴族が銀の食器を使っているのも見栄えじゃなくて毒を警戒しているからなんだぞ?」
「はぁ」
「これはなんとしても我が領内で作りたいな」
あーうん、その気持ちはわかる。外交上の凄い武器になりそうだからね。
「でもこれ、翻訳した文書を見た限りでは、かなりの材料と面倒くさそうな工程が必要みたいですよ?」
「そのようだな。まぁ材料の入手難易度についてはこちらで調べる。それによって我が領内で作るか決めよう」
「作るのが可能だとしたら、作り手はどうします?」
「それはおいおい考える。ところでこれは医師ギルドには必ず送らなければならないのか?……いや、医師ギルドの保証があった方が信用度が段違いだな。これはすぐ医師ギルドに送らなければいけないのか?」
「いえ、日程的な縛りはありません。ただ、これを見てくれた医師に預ければ、安全確実に医師ギルドの本部まで送ってもらえるそうです」
「そうか……わかった。では私が医師ギルドに対して手紙を書く。それをつけて医師ギルドの本部に送ってくれ」
「ちなみにどんな内容になります?」
「医師ギルドはその性質上、権力が通用しにくくてな、我が領で生産したいから他所には広めないでくれ、と頼むのが精いっぱいだな。もしかしたら医師ギルドの本部でも作らせてくれと言ってくるかもしれんが、その時はその時だ」
「なるほど、わかりました」
「手紙は明日にも屋敷の方に届ける。ちなみに、見てくれた医師というのは誰だ?」
「ミットン診療所といって、スラムの入り口にある診療所です。そこのウェルシュという医師に見てもらいました。最近というか半年くらい前に、鱗イタチの集団暴走の時に尽力してくれたところです」
「そうか、わかった。ではこれから文面を考えるから、帰っていいぞ」
「はい。では手紙の方、よろしくお願いします」
そう言って頭を下げると、領主の館を辞去した。
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