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第6章

第11話 森の中の出会い4

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―――前回のあらすじ―――
41名の蜥蜴人リザードマンに1頭の虎を加えた一行は、無事に新天地である森の迷宮へと到着した。
迷宮を案内しがてら、前回の探索時に残していった羊皮紙の束と薬瓶を回収するも、書かれている文字は解読できなかった。
さらに迷宮の案内を続けるディーゴは、一行をある場所へと案内する。
―――――――――――――


-1-
 森の迷宮の最奥部の広場を後にすると、最後の目的地に向けて移動を開始した。
 ここからだと……夕方辺りには着くかな、と算段をつけて森の中を歩く。
 幾つかの分岐と曲がり角を経由して、夕方になってたどり着いたのは迷宮の端のちょっとした広場。
 全員が入るにはちょっと狭いが、そこは頼んで全員広場に入って貰った。
〈ここになにかあるのか?〉
《まぁね。イツキ、頼むぞ》
 ジューワックに頷いて答えると、イツキに頼んで斜面の偽装の蔦と苔をすべて外してもらった。

蔦と苔の下から徐々に姿を現すのは、虹色に輝く竜の化石。

 うむ、初めて見たときと変わってねぇな。
 それにしても見事にオパール化した竜の化石だぜ。
 俺がそんな感想を抱く横で、初めてそれを見たジューワック達は、言葉を発することもできずに、ぽかんと口を半開きにしたまま固まっていた。
 長い時間の後、どさりという荷物を落とす音がして、蜥蜴人の一人がその場にひざまずき、ゆっくりと土下座をするように首を垂れた。
 それに続くように、一人また一人とひざまずいて首を垂れていき、最後はジューワックまでもがこの場でひざまずいて首を垂れていた。
 居合わせた蜥蜴人全員が、竜の化石に向けて首を垂れる姿は、ある意味壮観だ。
 無言の祈りの時間が、森の迷宮の広場を支配する。
 永劫に続くかと思えた無音の時間が終わると、俺は一斉に蜥蜴人たちに取り囲まれた。
 それぞれが俺の服や鎧の裾を掴んでシューとかシャーとか感極まったように叫ぶが、何分言葉が分からない。
 されるがままにがくがく揺さぶられていると、やっと我に返ったジューワックが蜥蜴人たちを一喝した。
〈ディーゴ、そなたが我らに見せたかったものは、これか?〉
 今までとはまた違った、厳かな雰囲気でジューワックが訊ねてきた。
《ああ、まぁそうなんだが……正直おたくらがここまでの反応をするとは思わなかった。気に障ったのなら許してくれ》
〈いや、むしろ逆だ。我ら蜥蜴人は竜を神と崇める。これほど見事な虹色の竜は、長老のおとぎ話でも聞いたことがない。教えてくれ、これはいったい何なのだ?〉
 うーむ、説明をしてやりたいが、ここで化石のオパール化とか云々しても理解してもらえんわな。
 というわけで、蜥蜴人にもわかるように、そして雰囲気を壊さぬように、言葉を選んで説明を始めた。
《これはな、言ってしまえば竜の骸なんだが……これは気が遠くなるほど昔に倒れた竜なんだ。普通、骸ってのは骨になりやがて時を経て塵に変わり土に還るものなんだが、ある条件が重なると、骨が石に変わって残るんだ。
 季節が1000回巡るのを、更に1000回繰り返すほどの年月をかけてね》
《その中でも特殊な条件が揃うと、その骨の石の一部があんなふうに虹色の宝石に置き換わることが稀にある。
 だが、大抵は骨の石の一部だけが虹色の宝石に置き換わるだけで、こんな風にすべての骨が虹色の宝石に置き換わるなんてことは……多分世界でもこれだけだろうな》
〈ふむ……難しいことはよく解らぬが、大昔にここで死んだ竜が、長い長い時間を経た奇跡の末に、虹色の竜になった、ということで良いのだな?〉
 またえらくぶっちゃけたな、とは内心思ったが、まぁその理解で間違いはないので頷いておいた。
〈そうか……我らは奇跡を目の当たりにしているのだな……〉
 ジューワックはしみじみと竜の化石を仰ぎ見た後、集まっている蜥蜴人たちに説明?を始めた。
 まぁ俺はそばで聞いてても分からんので、ただその様子を眺めているだけだったが、しばらくして話が落ち着いたのかジューワックが話しかけてきた。
〈ディーゴ、昨日も言ったが、そなたたちにはなんと礼を言ってよいか分からない。我らにできることがあれば、何でも言ってほしい〉
《じゃあまぁ頼みというか、これが目的だったんだが……この竜、おたくらで守ってもらえんかな?》
〈この竜を、守る?〉
《うん。この先この竜が壊されたり削られたりすることがないように、皆で守ってほしいんだ》
〈それは無論、我らにとっても望むところだが……そのようなことをする輩がいるのか?〉
《今はいないし、俺もべらべらしゃべるつもりもないんだが、この先なにがあるか分からんからな。それになんつーか、俺、あまり人間を信用してないのよ。こんなところに虹色の竜があると人間に知られたら、大勢で押し寄せてきて寄ってたかって削られて売り物とか素材にされちまう気がしてな》
〈人間とは、そこまで欲深いものなのか?〉
《残念ながら、否定できんのよこれが》
 そう言ってため息をつく。
〈そうか、わかった。我ら緑の鱗の氏族をあげて、この竜を守ることを約束しよう〉
《うん。よろしく頼むよ》
〈他に何か我らにできることはないか?そなたの恩に報いるには、竜を守るだけではまだ足りぬ〉
《うーん、と言われても他には特にないんだよな。おたくらがここで平穏に暮らして竜を守ってくれれば、俺としちゃそれで満足だし》
 実際なにも思いつかんのよね。
〈そうか……では、せめてもの礼に我らに伝わる宝を差し上げるので、受け取ってほしい〉
 ジューワックはそう言うと、蜥蜴人の一人を呼んで何かを受け取り、差し出してきた。
〈これは我らの氏族に伝わる『骸竜がいりゅう牙笛きばぶえ』という宝だ。この牙笛を敵に向かって吹けば、骸竜の吐息と同じように毒の息を吐くことができる。
 その毒は吸い込んだ者の胸を焼き、身体の自由を奪う。どうか、役立ててくれ〉
《そんな貴重なもの、いいのか?》
 麻痺毒をまき散らせる角笛ならぬ牙笛なんて、レアどころかSレアものじゃね?
〈構わない。ディーゴにはそれ以上のものを貰った。これで恩に報いたとは思えないが、もし何か困ることがあったら我らの元を訪ねてほしい。
 我ら緑の鱗の氏族、ディーゴの手足となることを約束しよう〉
《ありがとう。大切に使わせていただく》
 ジューワックからうやうやしく牙笛を受け取ると、荷物袋にしまい込んだ。

 その夜は、皆で虹色の竜の前で寄り添って眠った。

-2-
 翌朝、皆で朝食をとっていると、ジューワックがやってきた。
〈今日の予定はどうなる?〉
《ああ、それなんだが、もう迷宮内の見どころは紹介し終わったし、これから帰ろうと思う。まだ迷宮の全部を見せてないが、後は小広間と通路だけだし俺がいなくても何とかなるだろう》
〈そうか。本来なら宴を催して盛大に送り出したかったのだがな……〉
《その気持ちだけで十分だ。ここでの生活が軌道に乗るまで、食料は大事に食わないと》
〈重ね重ね申し訳ない。ならばせめて入口まで見送らせてくれ〉
 その申し出を受けると、一同はぞろぞろと迷宮の入り口に向かった。
《じゃあ、俺たちはこれで別れるが、ジューワック、皆に元気で末永く暮らしてくれと伝えてくれ》
〈わかった。ディーゴ、イツキ、そして黒い虎よ。皆に竜の加護があらんことを〉
《ありがとう。じゃあ皆、元気でな》
 総出で見送ってくれる蜥蜴人たちに手を振って、俺たちは森の迷宮を後にした。

 そして蜥蜴人たちが見えなくなった森の中、イツキと虎に話しかけた。
「成り行きとはいえ、当初の予定よりだいぶ遅れちまった。急いで帰らんと色々拙い。森の中を突っ切って走って帰るぞ」
「了解。下草の処理は引き受けるから、安心して飛ばしていいわよ」
「虎も、俺に負けることはないと思うがちゃんとついて来いよ」
「がるっ」
 虎の返事を確認して、背負った荷物を一揺すりすると南に向けて走り出した。

-3-
 途中、獲物を見つけては倒してその場で虎と一緒に生肉をむしり食い、川にさしかかっては水を補給し、水浴びもせずに野人のような生活で走り続けること約2週間、ようやくディーセンの街に戻ってきた。
 いやー、相変わらずこの体のスペック凄いわ。
 だがお陰で、大幅に帰着を早めることができた。毛並はちょっとぼさぼさになったうえに、全体的に薄汚れたけどね。
 早く風呂に入りてぇ。
 リードもなしに連れている漆黒虎のおかげで、他の行商人や旅人たちに遠巻きに見られながら入門審査を済ませ、まっすぐ屋敷に向かう。
 門番なんて気の利いた人間はまだ雇ってないので、さっさと庭と通って玄関に行き、玄関のドアノッカーを鳴らすと少しして足音が聞こえ、玄関が開かれた。
「お帰りなさいませ、ディーゴ様」
「「「お帰りなさいませ」」」
 ユニを筆頭に、新たに雇ったウィル、アメリー、ポールが出迎えてくれた。
「おう、今戻った。留守中何か変わったことは?」
「はい。エレクィルさまとハプテスさまが一度様子を見に来られたのと、セオドリク商会のトバイさまの使いという方が2度ほどディーゴ様が戻ってないか聞きに見えられました」
 あ、爺さん二人にはこんなに長く家を空けるって連絡してなかったわ。あとで顔を出しに行こう。
「エレクィル様とハプテス様が見えられたのは、ディーゴ様の手紙が届いた後でしたので、状況を話しておきました」
「おう、すまんな。助かる。他には?」
「ほかには特にありません。でもディーゴ様……その、そちらの黒い虎は?」
「ああ、後で紹介するがちょっとした顔見知りでな。今回また縁があって一緒についてくることになった」
 そこまでユニに答えてはたと気が付いた。
「そういやお前にまだ名前つけてなかったな。風呂入ったらつけてやるよ」
 そう言って虎の頭を撫でると、虎は満足そうに目を細めた。
「というわけで、風呂沸かしてくれ。あとメシな。なにせ1ヶ月以上風呂入ってない上に、しばらくまともなメシも食ってねーんだ」
「わかりました。じゃ、ウィルさんはお風呂の用意を。アメリーさんとポール君は私と一緒に台所に行きましょう」
「「「はい」」」
 そう言って4人が仕事に戻っていく。うん、雇った後いきなりユニに丸投げしちまったが、なかなかうまく回ってるようだな。
 一人頷きながら虎と一緒に自室に戻り、装備をすべて外して椅子に腰かける。
 パイプに煙草を詰め、着火棒で火をつけて煙を吸い込んだのち、大きく吐き出した。
 今回はまぁ色々あったが、とにかく上手くいってなによりだ。

 明日からまたいろいろ動かにゃならんが、今日の所は風呂飯寝るのコンボを決めさせてもらおう。
 そう思いつつ、俺は椅子の背もたれに背を預け、パイプをくわえたまま目を閉じた。
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