上 下
92 / 227
第5章

第20話 試合の後で

しおりを挟む
-1-
 剣闘士のハナとの試合に勝ち、なんとか面目を保った俺は、控室で平服に着替えてまったりしていた。
 試合の後は警備員の仕事はないので、日当を貰って帰るだけなのだが、この日当計算がちと面倒くさい。
 ハナと俺との賭けのオッズや観客の数、試合内容を見て総合的に日当を都度決めるので、試合後すぐに日当が貰えるわけではない。
 具体的に言うと、日当はトバイ氏の胸先三寸で決まり、貰えるのはカジノが閉まった後になる。
 もっとも、正式にカジノの剣闘士になったのだから後日またとりに来るということも可能だったが、どうせなら用事は一度に済ませたかった。
 今から屋敷に戻ったところで寝るしかないし、ここ、地味に屋敷から遠いのよね。

 まったりするのも飽きたので仮眠室に行って朝までひと眠りするか、と考え始めた矢先、控室の扉を叩くものがいた。
「ディーゴ、いるー?」
 この声はハナだな。
「いるし開いてるよ」
 そう答えると、扉が開いてハナが入ってきた。
「あれ?ディーゴもう服着ちゃうの?」
「お前さんだって着てるだろうが。というかあのフンドシパンツは門番と試合用だ」
「ぶー。もうちょっと毛皮触りたかったのに」
「猫やウサギじゃいかんのか?」
「全身でもふもふしたいの!」
「俺は抱き枕と違うぞ。というか要件はそれか?」
「あ、そうだ。ディーゴ、朝ご飯どうする?」
「用がなければ屋敷に戻って食うだけだが?」
「あのね、試合に負けたらご飯奢るって約束でしょ?だから朝ごはん一緒にどうかな、って」
「ハナおすすめの店か?」
「そうだよ。量が多くて美味しいの」
「そりゃ嬉しいね。ゴチになるぜ」
 なにせ普通に二人前食うからな、俺は。大盛りの店は大歓迎だ。
 それに『いい(美味い)店を一軒知ってることは、金持ちの友人3人を持つことに勝る』という俺の信条もある。
「じゃあ、時間になったらここに来る?」
「いや、ひと眠りしたいから仮眠室に頼むわ。俺が寝てるベッドには目印にこの槌鉾下げとくから」
「わかった。じゃぁディーゴ、またあとでね」
「おう」
 ハナが去ったのを見て俺も仮眠室に移動する。
 ……とりあえず飯食ったら石巨人亭に顔を出して、今日の結果だけでも報告しとくか。
 そんなことを考えながらベッドに潜り込むと、睡魔はすぐにやってきた。

-2-
 翌朝、起こしに来たハナに連れられて、トバイ氏から日当を貰いカジノを出る。
 日当は金貨6枚でした。まぁ剣闘士の給料の相場が分からんので何とも言えんが、時給でいえばとんでもなく割がいいのは分かった。
 ……儲かるんだな、カジノって。
「ところでハナさんや、店はここから遠いのか?」
 隣を歩くハナに訊ねる。コンパスがまるで違うから並んで歩くのにもちと気を使う。
「そうでもないよ?ちょっと横道に入るけど、カジノと寮の間にあるから」
「ほう、そうなんだ」
 この辺りは倉庫が多いから、そこの従業員目当ての飯屋かな?
「ここ入るよー」
 ハナがそう言って路地に入っていく。
 そうして少し進むと、小さな食堂が目の前に現れた。
「ここがハナのおすすめの店」
 ふむ、なんか地域密着型の街食堂って感じだね。こういう店は当たり外れがでかいんだが、ハナのお勧めならハズレってことはなかろう。
「おばちゃん、おはよー!」
 ハナが扉を開けて中に声をかける。
「おやハナちゃん、おはよう。昨夜は試合だったのかい?」
 ハナの気楽な挨拶に、中年のおばちゃんが顔を出した。
「うん。あ、紹介するね、この人、昨日から剣闘士になったディーゴ」
 ハナに紹介されて頭を下げる。
「ディーゴです、よろしく」
「まぁまぁ、おっきな人だねぇ。あたしゃボルク。ここの食堂の女将だよ」
 中年の女性がにっこり笑いながら返してきた。
「おばちゃん、いつもの特製朝ごはん2つ!」
「はいはい」
 慣れた注文の仕方に、ちょっと期待度が高まる。
「ハナはここの常連なのか?」
「うん。試合があった日は大抵ここで食べてるよ。寮のご飯も美味しいけど、ここも美味しいんだー」
 テーブルにつきながら、ハナがニコニコして答える。
 水を貰ってちびちび飲みながら、他愛もないことを話していると、待っていた料理がやってきた。
 ……って、ちょっと待て。なんだそのパンの大きさとおかずの量は。
 直径30セメトはあろうかという丸いパンが2つもあるぞ。しかもこれ、フワフワの白パンじゃなくてどっしり目の詰まった黒パンじゃねぇか。
 オムレツもジャガイモのケーキもでかいし、ぶっとい茹で腸詰なんか5本もあるぞ。
 ベイクドトマトは3玉分だしベイクドビーンズもどんぶり一杯分ある。
 おばちゃん一度に運びきれなくて3往復もしたぞ。
 これは何かの冗談か?と思ったが、ハナは平然と食前の祈りを捧げてる。
 仕方がないので俺もイタダキマスと頭を下げて料理に取り掛かった。



 うん。これは確かに美味い。オムレツは中に刻んだニンジンや玉ねぎが入っていて、がっつり食いでがある。
 ジャガイモのケーキは塩味だが、カリカリとホクホクの歯触りが楽しい。
 腸詰を齧ればたっぷりの肉汁。不味いはずがない。
 ベイクドトマトはニンニクとハーブがきかせてあり、ついつい手が伸びる。
 ベイクドビーンズはほのかに甘く、他のしょっぱいおかずの合間に口にするのにちょうどいい。
 ……でも量が多すぎるんじゃー!
 主食の黒パンを食うのは諦めた。これは頼んで持ち帰りにしてもらおう。でもおかずだけは制覇して見せるぜ!
 見るとハナは涼しい顔してパンやおかずをぱくついてる。
 決してペースが速いわけではないが、結構な速度でパンとおかずがハナの口の中に消えていく。
 その体格なら胃袋の大きさもそれなりだろうに、どこまで入るんだと不思議に思う。

30分後。

 遭難寸前ながらも何とかおかずだけは食いきった俺と、全部きれいに平らげた上に俺が手を付けなかったパン2個まできれいに食べつくしたハナの姿がそこにあった。
「あー、おいしかったー」
「ゴチソウ……サマデシタ」
 いかん、少し休まないとナニカガ、ナニカガウマレソウダ……。

-3-
 腹が落ち着くまで一休みさせてもらったが、食後にあまり長居するのもなんだということで、寮でさらにもう一休みさせてもらうことにした。
 女性ばかりの寮にお邪魔するのはちと気後れしたが、とにかくどこかで早急に休まないとという腹具合が気後れを排除した。
「ただいまー!」
 ハナが元気よく寮の玄関を開けると、少し時間があって昨日紹介された中のジュディスとフォンフォンが顔を見せた。
「ハナさんおかえりさない」
「おかえりアル」
「さ、ディーゴ、入って」
「お邪魔シマス」
 ハナに促されて玄関に入る。口調がまだおかしいのは、気を付けないと出ちゃうからだ。
「あら、ディーゴさんでしたよね?いらっしゃいませ」
「いらっしゃいアル」
「朝から申し訳ない。ちょっと休ませてもらいたくて寄らせてもらった」
「どうかしたアルか?」
「彼女と一緒に食べた朝飯がちょっとね」
「あぁ……」
「あー」
 ……それで納得するとは、この二人も犠牲者だったりするわけか。
「どこかで横になりますか?」
「いや、座ってた方がまだ楽なんで」
「じゃあ食堂……じゃなくて談話室の方がいいアルな」
「手間かけます」
 談話室に案内されて、柔らかい椅子に座って一息つく。ジュディスが水をもってきてくれたが、今は水も入らんのよ。
「じゃあハナさん、試合の結果は後で聞きますね」
「まだ洗い物の途中だったアル」
 そう言い残して二人が退席すると、、談話室にはハナと二人だけになった。
 でもさっきからハナがちらちらこっちを見てるんだよな。
「……そんなに毛皮が気になるか」
「うん!」
 ……こうもストレートに言われると、重ねて断るのも気が引けるなぁ。マダムと違って可愛い女の子だし。
「……まぁ今は身動き取れないから、少しだったらいいぞ」
「ホント?ディーゴ大好き!!」
「でも腹はあまり押さんでくれよ」
 ハナにそう言って、着ていたシャツを脱ぐ。
「わーい」
 ハナがいそいそと膝の上に乗ってくる。見た目に比べてそれなりの重さがあるのは……朝飯の所為だな。
 良かった、異次元に消えてたわけじゃないんだ。
「んー、ふかふかー」
 軽く俺にもたれかかりながら、ハナが満足そうに呟く。
「満足か?」
「うん!」
 ご機嫌なハナの頭を見てると、ちょっと悪戯心がわいた。なんてちょうどいい位置に頭があるんだ。
「では、もっと満足させてやろう」
 てなわけで、ハナの頭の上に顎をぽすんと乗せて、ぐりぐりと押し付けてやった。
「ううううう~~~」
 ハナが嬉しそうに唸る。
 そんな感じでハナと遊んでいると、数人の足音が聞こえて寮の住人がぞろぞろと姿を見せた。
「おお、ハナと……ディーゴだったか?」
「邪魔してるよ」
 ムキムキマッチョのボニーが声をかけてきたので、顎をハナの頭にのせたまま返す。
「で、二人は何をしているのかしら?」
「ディーゴに椅子になってもらってるんだー」
「一緒に食った朝飯が消化しきれなくてね、ちょっと休ませてもらってんだ」
 俺の答えに、ハナを除いた全員が納得したような顔を見せた。
 ハナさんや、もしかして全員にあの朝飯を体験させているのか?
「あの量を、食べたのか?」
「おかずだけは何とか。パンまでは無理だった」
「それでもあの量が食えるとはたいしたもんだ」
「俺としちゃパンにまで手が回らなくて敗北感で一杯なんだが」
 出されたものは残さず食べる、を信条としている身にとっては、パンに手が付けられなかったのがひたすら悔やまれる。
「まぁハナの胃袋はアダマンタイト製だからな」
「ついでに無限袋の機能も付いてるだろ、絶対」
「それはあるかもしれないわね」
「ぶぅ、みんなあたしのことなんだと思ってるの?」
「「「食欲魔人」」」
 女性陣の声が奇麗にハモった。
「ディーゴ、みんなが苛めるぅー」
「はいはい」
「ところであたしらはこれから朝練するけど、ハナとディーゴはどうする?」
「用事があるんで腹がこなれたらお暇するよ」
「あたしはもうちょっとしたらそっち行くね」
「わかった。じゃあハナは後でな。ディーゴ、気をつけて帰れよ」
「あいよ。気遣いどうも」
 そう言って去っていく女性陣を見送った後、しばらくハナと遊んで腹が落ち着いたので帰ることにした。

 うむ、これからハナと飯を食うときは小盛にしよう。
しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

特典付きの錬金術師は異世界で無双したい。

TEFt
ファンタジー
しがないボッチの高校生の元に届いた謎のメール。それは訳のわからないアンケートであった。内容は記載されている職業を選ぶこと。思いつきでついついクリックしてしまった彼に訪れたのは死。そこから、彼のSecond life が今始まる___。

最強スキル『忍術』で始めるアサシン教団生活

さとう
ファンタジー
生まれつき絶大な魔力を持つハーフィンクス公爵家に生まれた少年、シャドウ。 シャドウは歴代最高と言われるほど絶大な魔力を持っていたが、不幸なことに魔力を体外に放出する才能が全くないせいで、落ちこぼれと呼ばれ冷遇される毎日を送っていた。 十三歳になったある日。姉セレーナ、妹シェリアの策略によって実家を追放され、『闇の森』で魔獣に襲われ死にかける。 だが、シャドウは救われた……世界最高峰の暗殺者教団である『黄昏旅団』最強のアサシン、ハンゾウに。 彼は『日本』から転移した日本人と、シャドウには意味が理解できないことを言う男で、たった今『黄昏旅団』を追放されたらしい。しかも、自分の命がもう少しで尽きてしまうので、自分が異世界で得た知識を元に開発した『忍術』をシャドウに継承すると言う。 シャドウはハンゾウから『忍術』を習い、内に眠る絶大な魔力を利用した『忍術』を発動させることに成功……ハンゾウは命が尽きる前に、シャドウに最後の願いをする。 『頼む……黄昏旅団を潰してくれ』 シャドウはハンゾウの願いを聞くために、黄昏旅団を潰すため、新たなアサシン教団を立ちあげる。 これは、暗殺者として『忍術』を使うアサシン・シャドウの復讐と、まさかの『学園生活』である。

チート狩り

京谷 榊
ファンタジー
 世界、宇宙そのほとんどが解明されていないこの世の中で。魔術、魔法、特殊能力、人外種族、異世界その全てが詰まった広大な宇宙に、ある信念を持った謎だらけの主人公が仲間を連れて行き着く先とは…。  それは、この宇宙にある全ての謎が解き明かされるアドベンチャー物語。

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

エルティモエルフォ ―最後のエルフ―

ポリ 外丸
ファンタジー
 普通の高校生、松田啓18歳が、夏休みに海で溺れていた少年を救って命を落としてしまう。  海の底に沈んで死んだはずの啓が、次に意識を取り戻した時には小さな少年に転生していた。  その少年の記憶を呼び起こすと、どうやらここは異世界のようだ。  もう一度もらった命。  啓は生き抜くことを第一に考え、今いる地で1人生活を始めた。  前世の知識を持った生き残りエルフの気まぐれ人生物語り。 ※カクヨム、小説家になろう、ノベルバ、ツギクルにも載せています

元銀行員の俺が異世界で経営コンサルタントに転職しました

きゅちゃん
ファンタジー
元エリート (?)銀行員の高山左近が異世界に転生し、コンサルタントとしてがんばるお話です。武器屋の経営を改善したり、王国軍の人事制度を改定していったりして、異世界でビジネススキルを磨きつつ、まったり立身出世していく予定です。 元エリートではないものの銀行員、現小売で働く意識高い系の筆者が実体験や付け焼き刃の知識を元に書いていますので、ツッコミどころが多々あるかもしれません。 もしかしたらひょっとすると仕事で役に立つかもしれない…そんな気軽な気持ちで読んで頂ければと思います。

処理中です...