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第2章

第23話 領主との面談 その1

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-1-
 2日後、満足のいくレベルの水飴ができたので代官のところに持って行く。
「おお、ディーゴか。待っておったぞ」
「どうも。これが、改良した水飴になります。麦の匂いが抑えられているので、菓子や料理に使いやすくなってると思います」
「そうか。どれ……」
 瓶のふたを開けて匂いをかいでみる代官。
「うむ、確かに麦の匂いがなくなっているな」
「ではこれはお前が持っていろ。……ところでこれは、砂糖みたいに塊というか粉にはできんのか?」
「大分煮詰めてみましたがその辺りが限界のようです。あまり煮詰めすぎると焦げますしね」
「ふむ、そうか。ならば仕方あるまい」
「ではこれより領主様のところに向かうが、ディーゴ、馬には乗れるか?」
「残念ながら心得はないんですよ」
 近寄ると馬がおびえちまってねぇ。
「ただ、馬についていくことはできますのでお気づかいなく」
「そうか、ではこれより出立する。準備はいいか?」
「いいですよ」
 まぁ準備と言っても財布くらいだしな。服?実用一点張りの野良着しか持ってねぇよ。
 というわけで、代官にくっついてディーセンの街に向かった。

 途中、代官の馬の後を走って追いかけながら今後のことをつらつらと考える。
 多分領主との会見は、俺にとって大きな一歩になるだろう。
 ただ、その踏み出す一歩が大きい分、方向を間違えると取り返しのつかないことになりかねない。
 領主としては、おそらく俺を手元に置きたがる、と思う。
 今回の水飴だけでなく、脱穀機や手押しポンプといったものをポンポンと作ってきた俺だ、これで打ち止めとは誰も思わないだろうし実際、今考えているものもいくつかある。
 誰が言ったか忘れたが、挽けば砂金の出る魔法の碾き臼を手放す物好きは、そうはいないだろう。
 それに俺の見た目もある。俺みたいなケモケモした獣人は絶好の見世物だ。
 貴族の世界がどうかは詳しくは知らないが、俺みたいな珍しいイキモノを侍らせているだけでもステータスになるだろう。
結論:手元に引き留められる可能性、極めて大。ただし、主家への忠誠心が極めて高い場合は例外あり。
 盲目的に主家に従ってるような場合だと、帝都のほうに差し出されかねない可能性はあるな。

「代官さん、ちょっと質問なんだけど」
 走るペースを落とさずに、先にいる代官に声をかける。
「なんだ」
「これから会う領主様って、どんな人?」
「おお、そのことか」
 代官は走らせる馬のペースを少し落として横に並んだ。
「これから会う領主様は、ディーセン・ハロナーゴ様と言ってだな、代々帝国の西を守護してきた御一族だ」
 とばかりに始まってしまった領主の自慢話だが、一介の代官にもこれだけ慕われているということは、そう悪い(馬鹿な)領主ではなかろうと判断した。
 まぁ少なくとも、幽閉されて奴隷のようにこき使われる事態は避けられそうだな。もっとも、そうなったら全力で逃げるが。
 それと、『代々』と言ったからには、それなりに歴史のある家なんだろうが、代を重ねている以上は今の皇帝?とツーカーの仲、というのもちと考えにくい。
 これが『ともに一国を興した間柄』とかだったら話は変わってきただろうが、そんな雰囲気はなし、と。
 ふむ、するとやはり手元に置くよう働きかけられる可能性が高いな。
 翻って俺の希望としては、エレクィル爺さんやハプテス爺さん、村の連中らのいるこの街で過ごしつつ、冒険者としてあちこちうろついて回りたい。
 折角の異世界だし、いろいろ旅してみたいんだよ。根っこが旅人気質だから。
 帝都にも行ってみたい気はあるが、定住したいかと言われると……うーん、何とも言えんな。
 別に立身出世や栄華栄達は望んでないし、エレクィル爺さんやハプテス爺さんにまだ借りを返してないし。



 こう考えてみると、領主との会談で決定的なずれというのはなさそうだな。
 自由行動を認めてもらう代わりに、ちょいとした首輪が付く……これが話の落としどころかな。
「……とまぁそんなところだ。お前にとっても悪い話ではないと思うぞ。聞いておるのか、ディーゴ」
「ああ、はい。聞いてますよ」
「少し話しすぎたようだな、ペースを上げるぞ。しっかりついてこい」
「はいはい」

-2-
 ディーセンの街には昼前についた。
 街に入る商人たちが門のところに並んでいたが、それは代官と一緒、顔パスのスルーで街の中に入ることができた。
 大通りを抜け、2度ほど曲がったあたりでひときわ大きな屋敷が見えてきた。
「あそこが領主様の御屋敷だ」
 門衛が左右に二人侍る屋敷につくと、代官は馬を下りて門衛に声をかけた。
「セルリ村代官のマジェストルと村民のディーゴが来たと、領主様にお取り次ぎを願いたい」
「分かった。しばし待たれよ」
 門衛の一人が引っ込み、代官が馬を預けて戻ってくると、黒服を着た執事らしい爺さんが姿を現した。
「セルリ村のマジェストル様とディーゴ様ですね。お話は伺っております。中へどうぞ」
 誘われるままに屋敷の中に入ると、重厚な扉の前で執事が立ち止った。
「閣下、セルリ村代官のマジェストル様とディーゴ様が参りました」
「分かった、通してくれ」
 ふむ、通してくれときたか、使用人にも偉ぶらない態度、加点1。
「セルリ村代官マジェストル、入ります」
「セルリ村村民ディーゴ、入ります」
 扉のところで一礼して中に入ると、口ひげを蓄えた壮年の男性が立っていた。
「よく来てくれた。私がディーセンだ。まぁ楽にしたまえ」
「はっ、では失礼します」
「失礼します」
 むーん、初めて貴族と会うが、隣でガチガチに緊張されると結構冷静になれるもんだな。
 勧められるままに互いに応接用の椅子に腰掛ける。
「ふむ……村で遠目に見たことはあったが、近くで見ても虎そのままだな」
 労働奉仕で何度か行き会ってるからね。話したことはないけど。とりあえずあいまいに微笑んで頭を下げておく。
「手紙は読ませてもらった。なんでも、砂糖に代わる甘味を開発したそうだな?」
 代官に肘で小さく小突かれて答える。
「はい。試作品と、作り方を記した紙がこれです。名は水飴、と名付けました」
 そういって、机のわきに控えている執事に渡す。
 執事はそれを恭しく受け取ると、無言のまま領主に差し出した。
「見た目は無色透明か。匂いは……ほとんどないな」
 領主は受け取った瓶を明かりにかざし、蓋を開けて匂いを嗅いで呟いた。
 次いで執事がちいさな匙を差し出す。
「ふむ、思ったより粘り気があるな」
「煮詰めて作りますが、あまり煮詰めると焦げますので」
「なるほど。では味のほうだが……」
 領主は瓶の中から水飴を一掬いすると、口に含んだ。
 そして驚いたように眉をあげる。
「ほう、思ったよりしっかりした甘さだな。砂糖や蜂蜜に比べると甘さは劣るが、さっぱりしておる」
「して、これはまことに麦と芋から作れるのだな?」
「はい。そちらの紙にも記してますが、魔法も使いませんので料理人に命じてもらえれば同じものが作れます」
「なぜ料理人と?」
「焦がさぬように煮詰めるのに、火加減のコツがいります。料理人であればそのあたりは心得ているかと」
「なるほど」

「話は変わるがディーゴ、お主、記憶がないそうだな?」
 そらきた。就職面談だな?ここはある程度正直に言ったほうがいいか。
「はい。3年ほど前になりますか、もっと北のほうの森の中で眼をさましました」
 実際に目を覚ましたのは戦場だったが、そこまで正直に言うこたなかろう。
「それから?」
「人里を求めて森を南下したのですが、行きつく先でことごとく魔物扱いされまして、しばらく洞窟に棲んでました」
「ふむ、その姿なら無理もあるまい」
「その後、雪を避けてさらに南下をつづけ、湯宿の里近くでカワナガラス細工店の大旦那様に拾われました」
「ふむ」
「そこで言葉を習い、人里で暮らす稽古のためにセルリ村に世話になり、今に至ります」
「何故、人里に入ろうと思ったのだ?」
「私に記憶はありませんが、元は人間だったような気がするのです。それに、森の中での一人暮らしというのもなかなかに不便でして」
「元は人間……ふむ、面妖だな。どこかで教育を受けた事はあるか?」
「わかりません。ただ、算術はそれなりにできるので教育を受けたことはある、と思います」
「このディーゴですが、なかなか計算が早ぅございまして、数字を覚えた後は村長の下で時々仕事を手伝っておりました」
「ふむ。時に、魔法が使えるそうだな?」
「旅をしているうちに、我流ですが土の魔法と樹の魔法を覚えました。樹の魔法については精霊憑きと言われております」
「故郷のことで何か思い出したことはあるか?」
「ニホン、という単語が国の名前だったように思えます」
「そうか。それならこちらでも調べてみよう」
「ありがとうございます」
「ときに、新しい脱穀機と手押しポンプとやらを発明したのはお主に相違ないか?」
「はい」
「よし。ディーゴ、内政官として私に仕えよ」
 さてきた。ここが正念場だ。
「お気遣いはありがたいのですが、それは辞退させていただきたく思います」
「ただの内政官では不満か」
 ディーセン伯の眼がギラリと光る。
「待遇に不満はありません。ただ、私はこのとおり人とは違った姿を持ちます。そのような正体不明の輩が、政に関わり厚遇されるのはいかがなものかと」
「くくく、正体不明の輩か、確かにそうだな。だがその才、市井に埋もれさせるには惜しい。もう一度言う、私に仕えてその才をふるえ」
「重ねてのお誘い恐縮ですが、お断りします」
「なにゆえだ」
ディーセン伯の目つきが険しくなった。
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