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第2章

第21話 襲うもの、襲われるもの

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-1-
 新年の儀が終わると、春の収穫までぽっかりとやることがなくなる。
 俺以外は。

 たいていの農民たちは、家で賃仕事の内職をしたり街に出稼ぎに行ったりするらしいが、俺は相変わらず狩りと用水路の補修に村はずれで忙しくこき使われている。
 村長、仕事詰めすぎぃ!
 お陰で土魔法の技術と効率がもりもりあがってるよ!
 以前は家一軒建てるのに一日がかりだったのが、ため池掘って周辺を固めるのに30分で終わるよ!
 金貨3枚という大枚はたいて買った魔法書なんか、内容が簡単すぎて4日で読破しちまったよ!
 今はエレクィル爺さんがその本で勉強してるよ!
「ディーゴさーん、後はこの辺りにため池を一つお願いしまーす」
「はいはーい」
 村長に言われるまま、ずずずいっと土を掘り下げてため池を作る。ため池の底と周囲を固めて、はいため池いっちょ上がり。
 あとはここに繋がる水路を掘るわけだが……
ガーンガーンガーン!ガーンガーンガーン‼
 と、村の中央にある物見台の鐘が、けたたましく打ち鳴らされるのが聞こえた。
「これは?」
「緑小鬼か盗賊か、何か、来たようですな」
 表情を引き締めた村長が呟いて走り出す。俺も後に続く。
「敵が来た、って合図か?」
「さようです」
「村人の避難は?」
「あの鐘が鳴ったら、マナーハウスに集まるようにと」
 あの石造りの倉庫か。税として納めた小麦も葡萄酒もあるし、扉も頑丈だったから籠城にはいいかもな。
「ディーゴさんは逃げ遅れた人の避難をお願いします!」
「分かった」
 村長の指示を受けて、ぐん、と速度を上げて駆け出す。
 村の広場に行くと、マナーハウスに逃げ込む村人でごった返していた。
 幸いというか、馬鹿みたいに家財道具を担いで逃げる人は見当たらない。体一つか、武器になりそうな農具を担いでマナーハウスに向かっている。
 足の弱った年寄りも家族に背負われたりして避難しているので一安心だが……と、頭の中で村の住人たちを反芻するとそういえば薬草師の婆さんが一人暮らしだったと思い出して、婆さんの家に向かった。
「婆さん!いるか⁉」
 扉を開けて中を覗き込む。
「なんだい大声で。そんな声出さなくても聞こえてるよ」
「その割にゃ避難の鐘は聞こえなかったんじゃないか?皆もうマナーハウスに向かってるぞ」
「まぁちょっとお待ちよ、あの鐘が聞こえたってことは何かが襲ってきたんだろう?傷薬とか必要になるじゃないか」
「確かにそうかもしれんが、なるべく早くしてくれ」
 イライラしながら待つことしばし、ようやく荷物を整えた婆さんが奥から姿を現した。
「また大荷物だな」
「これでも足りないくらいだよ。さ、マナーハウスに連れてっとくれ」
 婆さんはそういうと、よっこらせと俺の背に乗った。
「ちっと揺れるぞ、しっかり掴まっといてくれよ」
 婆さんを背負い、広場を突っ切ってマナーハウスにつくと、ほぼすべての住人が避難を終えていた。
「逃げ遅れた者はいませんかな?」
 村長が住人を確認する。
「大変だ!リジルんとこの爺さんがまだ家の中だ!」
 住人の一人が声を上げる。
「あいにくだが、拾いに戻っている暇はなさそうだ」
 イツキの声を聞いて俺が指さすと、森の切れ間の街道から騎馬が20騎ほど駆け出してくるところだった。
 騎馬隊は村の広場に差し掛かると、10人ほどを残して四方にばらけ、家々に押し入っていった。
 そして残った10人がマナーハウスのほうにやってくる。
「ここの村長はお前か!」
 垢じみた皮鎧にぼさぼさの髪と無精髭、どう見ても野盗です。
「私が村長ですが、あなたたちは何者ですかな?」
 村長と代官が進み出て、騎上の野盗を見上げる。
「我々は独立警備隊だ!緑子鬼討伐の謝礼としてこの村の物資をもらいうける!」
 そう言って馬の鞍に下げていたらしい、腐りかけた緑子鬼の首を投げつけてきた。
「断る!この村はディーセン伯爵の庇護下にある。得体の知れぬ警備隊などの世話にはならぬ!早々に立ち去れ‼」
 代官が声を張り上げる。
「へ、威勢だけはいいようだな。食い物を差し出せば命だけは助けてやろうかと思ったが、とりやめおわぁぁあ⁉」
 いきなり地面が陥没してバランスを崩し、混乱する野盗たち。4人ほどが落馬したが、残った6人に石礫の魔法が襲いかかる。
「賊の能書き聞いてやるほど、こちとら暇じゃねぇんだよ」
 陥没した地面に踊りこみ、先手必勝とばかりに野盗たちを蹴飛ばし殴りつけて回る。
 能書き垂れてた頭らしい男は、3回ほど殴る蹴るしたら大人しくなった。たぶん死んではいない……と思う。
「そうだ、やっちまえ‼」
 住人たちが、こん棒や農具を手に俺に続く。
 そのあとはもう乱戦だ。残った野盗は農具を振りかざした住人たちに、寄ってたかって痛めつけられていた。
 盗みと殺しに慣れた連中とはいえ、馬から振り落とされ4~5人に囲まれてしまっては実力も発揮できない。
 その頃になると、散らばって家に押し入っていた野盗も異常を察して駆けつけてくるが……俺の石礫の魔法とイツキの小枝の矢の魔法で馬の制御を奪われ、ロクに得物もふるえないまま住人たちに袋叩きにされた。
「やめ!やめーい‼」
 30分も過ぎたころか、代官が声を上げ、乱闘が終わる。
 立っているのは住人ばかりで、襲ってきた野盗は全員が虫の息で転がっていた。
 何人かはすでに息絶えてるっぽいが。
 けが人が数人出ているが、大したことはなさそうだ。
「村長、縄を持ってきてこいつらを縛りあげろ。逃げた賊はいないな?」
「村に入ってきた連中は全部だな。別働隊は……いないようだ」
 倒れている野盗を数えつつ、イツキからの報告を聞いて答える。
 村長と村人の数人が縄を取りに行っている間に、他の手のあいた者が逃げ去った馬を集めて回る。
「ロクな被害もなしに馬20頭か。ぼろもうけだな」
「普段は徒歩の者が多いのですがね。騎士崩れでしょうか」
 エレクィル爺さんが分析する。
「全員騎馬の盗賊団がいると噂では聞いていたが、まさかここに現れるとはな」
 代官は事前に何か情報を得ていたらしい。それなら前もって言ってくれりゃいいのに。
「よーし皆ご苦労だった、もう解散していいぞ!」
 代官の声が響き、野盗の襲撃は幕を下ろした。

-2-
 野盗の襲撃からしばらくして、村で体調を崩すものが出始めた。
 症状は風邪に近いが、急な発熱と高熱、そして強い感染力で村人を蝕んでいった。
「今年も流行り病がやってきたな」
 居酒屋で夕食を済ませ、食後のエールをちびちびやっていると、亭主が声をかけてきた。
「毎年この時期になると流行るのか?」
「流行らないときもあるが、まぁ恒例行事みたいなもんだな」
「今年の具合はどうだ?例年に比べて重そうかい?」
「詳しいことは薬草師の婆さんじゃないから分からんが、あまり良くはなさそうだな」
「そうか。じゃあ、あとでちょっと顔を出してみるかな」
「なんとかなるのかい?」
 亭主が身を乗り出してきた。
「いや、薬については俺も分からん。ただ、俺の故郷でも冬になると病気が流行ってな、なんか手助けができんかなと」
「そうか。じゃあよろしく頼むわ」

 翌日、薬草師の婆さんの所を訪れてみた。
「婆さん、いるかい?」
「なんだい虎の旦那かい。旦那も熱病……というわけじゃなさそうだね。怪我でもしたかい?」
 薬草の束を薬研でゴリゴリやりながら、薬草師の婆さんが返してきた。
「いや、病気が流行ってるって聞いたもんでな、なんか手伝えることないかと思って顔を出してみた」
「気持ちは嬉しいけど、素人の手には負えないからねぇ」
「医者じゃないからよくわからんが、この冬の熱病、急な高熱で風邪に似た症状、そして強い感染力といや、俺の故郷じゃインフルエンザって言われてるぜ」
「インフルエ……?なんだって?」
「インフルエンザ。まぁ病気の正体は見当がつくってことだ」
「じゃあ薬の見当もつくのかい?」
「あいにく一般的な風邪薬が効かねぇんだ。熱を下げるとかの対症療法でしのぐしかなかったな」
 俺がかかった時はタミ○ルと葛根湯でしのいだが、さすがにタミ○ルはねぇしなぁ。
「なんだい、役に立たないね。それならもうやってるよ」
「でも予防までは手が回ってないだろ?」
「予防なんてできるのかい?」
 婆さんが食いついてきた。
「インフルエンザは口から感染するんだ。うがい手洗いとマスクで大分予防できる。それと、部屋の乾燥だな。竈で湯を沸かしてるだけでも違うはずだ」
「ふぅん、そんなもんかねぇ」
「後は体力だよ。精のつくもん食ってあったかくして寝てれば、早々酷いことにはならないはずだ」
「確かに、冬の熱病にやられるのは子供や年寄りが多いねぇ。あとはロクなもん食ってない家か」
「とりあえず、薬と一緒に肉のスープでも作るか?肉なら俺が調達してくるからさ」
「そうだねぇ。貧乏人は肉なんか食ってないだろうしねぇ」
「芋とか豆と大麦の粥も悪くはないが、たまには肉も食わんとな」
「それじゃ、お願いしようかね」
「ほいきた。んじゃ、ちょっくら肉狩ってくるわ。ついでに熱さましの薬草もとってこようか?」
「ああ、そうだねぇ。じゃあハンバクの根っこを頼むよ。汗を出す効き目があるからね」
「了解」
 その後、薬草師の婆さんの号令で広場に大鍋が設えられ、患者には俺が狩ってきた獲物を煮込んだ肉のスープが無料でふるまわれることになった。
 また、婆さんを通して周知させた、うがい手洗いと竈で湯を沸かすという予防で、今年の冬の熱病は大きな広がりを見せることなく犠牲者も出さずに終息した。
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