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第2章

第17話 果物ラッシュ

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 存分に飲み、食い、騒いだ収穫祭が終わると、また元の日常が戻ってくる。
 今日は労働奉仕の日で、領主の畑にある葡萄を収穫に行くらしい。
 腰に収穫用のはさみを手挟み、農道を歩いていくと広い葡萄畑が見えてきた。
 こちらの葡萄畑は天井を屋根のように覆う形ではなく、畑に対して縦に、1.5トエム(1.5m)ほどの高さのパーテーションで区切ったような形の畑になっている。
 天井型とどっちが効率いいのかは知らん。
 とにかく葡萄は旬が短い。獲れごろになったら一斉に収穫してしまわないといけないそうなので、収穫もスピード重視だ。
 腰をかがめてチョキチョキと葡萄を切り離したら、後をついてきている籠付きの台車にポンポンと放り込む。
 ここで作っている葡萄の7割は葡萄酒作りに回されるので、多少傷ついてもOKらしい。
 ただ、日本の葡萄みたいに被せ物をしていないので、結構駄目な奴が多かったりする。虫食いとかしなびてたりとか。
 収穫してて思い出したが、確かワイン用の葡萄と生食用の葡萄はまた品種が違ったような気がするが……こっちじゃ同じなのかね。
 台車が満載になったら、別のところで待機している女衆のところに台車を運んでいくわけだが、これがまた重い。
 汁気たっぷりの葡萄が台車に満載なわけだから、同じ量の水を運んでいるのに近いわけで、しかも足元は舗装されていない土。車輪がめり込む。
 普通なら大人3人がかりで運ぶ台車を一人で任されたもんだから、ひーひーいいながら運んだよ。
 いや葡萄の収穫ってマジ肉体労働だわ。

 台車を別の場所で待機している女衆のとことに運んだら、今度は特製の大桶に台車の葡萄を移し替える。
 特製の大きな桶に入れたブドウを踏みつぶすのは、おかみさんや娘さんと言った女衆の仕事だ。
 地方や村によっては清らかな乙女にこの仕事をさせるらしいが、セルリ村では別にこだわりはないようだった。
 人手が足りないときは男衆にもこの仕事が回ってくるそうだが、毛脛の足で踏みつぶした葡萄酒になんとなく食指が動かないのは俺だけだろうか。
「人手が足りないと男衆にもやってもらうけど、こればかりは旦那には頼めないねぇ」
 フルーティーな葡萄の匂いをふりまきながら、葡萄を踏みつぶしているおかみさん連が笑う。
 俺もそう思う。抜け毛が入りそうだし、足だけ葡萄色なんて、自慢の毛皮が台無しだ。
 葡萄を踏む女衆は、長いスカートをひざ上までたくし上げて作業をするのだが、そうするとどうしても下着が見えてしまう。
 こちらの女性の下着というのはドロワースというかズロースというかかぼちゃパンツというかまぁそんな感じなので、俺からすると色気のいの字も感じないのだが、こちらの男衆からするといわゆる「パンチラ」として色気たっぷりの場面なのかもしれない。
 俺も勘違いされないうちにさっさと退散しよう。

 葡萄の踏み潰しが終われば、あとは樽に入れてマナーハウスという倉庫に移動。イーストというか酵母は入れないのね。
 笊か何かで濾すのかなと思ったけど、皮も茎も一緒くたに入れていた。ああそうか、赤葡萄酒だったからな。
 あとは10日ほど放置して茎や種を取り除き(皮は残す)、さらに1ヶ月おくと発酵が終わり葡萄の皮が沈んでくるので笊で濾して樽に詰めて出来上がり。
 オリ引きは?2次発酵は?と思ったが、どうもそういうことはしないらしい。なんか雑な作り方だな。
 口出ししてオリ引きとかを徹底させればもうちょっと葡萄酒の品質も上がると思うのだが、農民が携わるのはマナーハウスに入れるまでと決まっているらしく、あとは葡萄酒の醸造職人の仕事らしいので黙っておいた。
 ちなみに1次発酵の後の葡萄の皮を取り除く際に水を少し加えて葡萄の皮を洗ったものが3級葡萄酒になるそうだ。

-2-
 葡萄の収穫が終わり、葡萄酒をマナーハウスに放り込んだら次は栗拾いが待っている。
 栗の木が植えてあるのは村の共用地で、これまた結構広い。
 背負い籠と木製の火挟みを持って現場に向かう。
 栗は茹でたり焼いたり、挽いて粉にしてパンに混ぜて焼いたりと用途が広い。
 小麦が不作の年は栗と蕎麦で年を越したりする重要な保存食物だそうだ。
 ちなみに今年は小麦も大麦もいい出来なので蕎麦はやってない。むぅ。
 なお、栗の拾い方は現代と同じだった。
 火挟みでぽいぽいとイガごと背中の籠に放り込んでいく。
 ときどきイツキに木を揺らしてもらって、落ちてきたやつも収穫する。
 籠がいっぱいになったら女衆のところに持って行って、イガをむいて選別してもらう。
 先日の葡萄収穫に比べると格段に楽な作業だ。
 剥いたイガは各人が適当に持ち帰って乾燥させて、焚き付けに使うそうだ。

 栗拾いが終わると、今度は少し間が空いてリンゴの収穫が待っている。
 いつまで果物収穫ラッシュが続くのかと思ったが、とりあえずこのリンゴで今年の果物収穫は終わりらしい。
 腰籠と収穫用ハサミ、梯子を持ってリンゴ畑に向かう。
 イツキの力を借りようかとも考えたが、生食用として出荷するとのことで傷モノはやはりよろしくないらしい。
 梯子を立てて、一つ一つ収穫していく。
 以前収穫したリンゴもどきよりも2回りほど実が大きく、そこそこ食べ応えのありそうなリンゴだ。
 10個ほどリンゴを摘み取ると腰の籠がいっぱいになるので、女衆のところに持って行き空の籠を受け取る。
 リンゴを選別したり拭いたりするのは女衆の仕事だ。
 しかしこのリンゴ畑も完全無農薬というか、被せ物もしてないので虫食いやら鳥につつかれたのが結構ある。
 普段なら捨てるところだが、使う予定があるので取っておいてもらう。
 結局荷馬車半分くらいの捨てリンゴが出た。
「村長、この捨てリンゴもらってもいいかな?」
「まぁ畑の肥やしにする程度ですから構いませんが、何か思いつきましたかな?」
「まぁ、ちょっと実験を。うまくいけば屑リンゴも有効利用できるかな、と」
「ほほう、それは楽しみですな」
「ちょいと時間がかかりますんで、あまり期待しないで待っててください」
「わかりました。出来上がりましたら教えてください」
 そして荷車を引いて自宅へと戻る。
「おやディーゴさんお帰りなさい。その後ろのリンゴは?」
 外で作業をしていたハプテス爺さんが出迎えてくれた。
「虫に食われたり鳥につつかれたりして、売り物にならないリンゴです。捨てるって言うのでもらってきました」
「ほう、また何か思いつかれましたか」
「思いついたといいますか、森にいたころにリンゴで酒もどきを作ったことがありましてね。今度もそれをやって見ようかと」
「ほぉ、リンゴから酒が作れますか?」
「葡萄と一緒ですよ。ま、上手くいくかは神のみぞ知る、と言ったところですが」
「今から始めますか?」
「いや、さすがに明日にします」

 そして翌日、農作業は休みにしてシードル作りに取り掛かる。
 傷ついたり虫食いの部分を切り落として、芯を抜いてあとはひたすらすり下ろす。
 ……本格的にやるなら絞り機作ったほうがいいかもなぁ。葡萄酒作りにも流用できる奴。
 前回は道具もないのでリンゴを握りつぶしたが、今回はもうちょっとしっかり作りたい。
 すり下ろした物を亜麻布で濾して搾ってリンゴジュースを作ったら、葡萄酒の入っていた樽に入れてあとは放置。
 糖度が高くて酸味があまり強くないから、うまく出来るかは未知数だ。
 ちなみに葡萄酒の樽を使ったのは、葡萄酒の酵母があわよくばシードルにも作用してくれないかと期待してのことだ。

 3週間後、まだ発酵の途中だがどうやら酒っぽくなってきたので、エレクィル爺さんとハプテス爺さんに振舞ってみた。
「ほほぅ、これがディーゴさんが作った酒ですか」
「作ったといいますか、リンゴを絞って放っておいただけなんですけどね」
「それだけで酒になりますか」
「葡萄と一緒なんですよ。本格的に作るとなるともう少し手を加えなきゃならんと思いますが、素人が自家製で楽しむ分にはこれで十分かな、と」
 そう言って少し口に含む。発酵がまだ途中なので甘味があり、少し舌にプチプチした感触が残る。
 酒精の強さは低めだ。じっくり発酵させればエールと同じくらいにはなるだろう。
 まぁ飲めば酔えなくもないジュースって感じか。
 エレクィル爺さんとハプテス爺さんも口に含む。
「……ほう」
「これは、なかなか」
 思いのほか好印象だ。
「甘くて飲み易ぅございますな」
「酒精としてはあまり強くはありませんな」
「もうちょっと時間をおくと、甘みが消えて酒精がもう少し強くなります」
「このリンゴの香り……女衆が喜びそうな酒ですな」
「そう思ってわざと早めに持ってきました」
「村長さんにはこのことは?」
「まだ言ってません。発酵が終わって完全な酒になったら持って行こうかと思ってます」

 そして2週間後、発酵が一段落したようなので、リンゴ酒の入った樽を一つ担いで村長の家に行く。
「おやディーゴさん、どうされました?」
「先月もらった屑リンゴで酒を作ってみたので味見してもらおうかと」
「なんと、屑リンゴから酒が作れましたか」
「まぁ素人の手作りなんで、改良の余地はあると思うのですが……雰囲気だけでも味わってもらえればなと」
「その樽の中身が?」
「ええ。まぁ、どうぞ」
 樽を下ろし、持ってきたカップにリンゴ酒を注ぐ。濁っていて見てくれは悪いが、酒精とリンゴの香りがふわりと漂った。
「ほほう、確かにリンゴの香りがしますな」
 村長はひくひくと匂いを嗅ぐと、一口、口に含んだ
「ふむ、酒精はあまり強くはないようですが、なかなかイケますな、この酒は」
「作り方はこの紙に書いてありますが、要はリンゴの果汁を葡萄酒の空き樽に詰めて放っておくだけのもんでして、ま、葡萄酒の親戚といえなくもないですね」
「ほうほう。で、これはいかほど作れますか?
「荷車半分から樽2つ分できました。圧搾機を導入すればもうちっと増えると思います」
「アッサクキ……とは?」
「ねじを回すことでこう……ぎゅーっと絞る機械です。葡萄酒作りにも流用できるんで、後で鍛冶屋に頼んで作ってもらいます」
「そうですか、いやこれはなかなか……村の新しい売り物になるやもしれませんな」
「葡萄酒の職人も巻き込んだほうが品質が上がるかと思います」
 発酵の見極めとかはやはりプロに任せたほうが、ね。

 数年後、セルリ村より売り出されたリンゴ酒は瞬く間に広がりを見せ、ディーセン周辺ではエールと並ぶ庶民的な酒として愛されることになるのはまた別の話。
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