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第2章
第16話 収穫祭
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-1-
大麦の収穫が終わると、皆が楽しみにしている収穫祭がやってくる。
今年の大地の恵みを感謝し、来年も変わらずの豊作を願う、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎだ。
日頃は質素倹約を強いられる農家が、この時ばかりはおおっぴらに羽目を外しても許される上に、毎年の領主の計らいで小麦で焼いたふかふかの白パンや肉、葡萄酒やエールなどが食べ放題飲み放題なのだから、盛り上がりっぷりは推して知るべしだろう。
農民たちは農作業(まだ秋どり野菜の収穫が少し残ってる)の合間の飾りつけに忙しく、遊軍となった俺も日々の狩りに忙しい。
なにせ200人の腹っぺらしどもが肉に殺到するのだ、3頭や5頭の大角鹿じゃ足りないことは目に見えている。
つーか領主はよくこれだけの人数に回る肉を用意できるな。しかもこの村だけじゃないんだろ?
と思ってたら、今年の収穫祭の肉調達は俺に任すと代官に言われちまったよ。
まぁいいけどね。森の中を歩き回るのは嫌いじゃないし。
ただ、本気を出して狩りすぎたせいか、代官と村長から待ったがかかったのはここだけの話。
ちなみに収穫は六足熊2頭、大角鹿13頭、鎧猪7頭で、傷の少ない六足熊1頭は領主への献上品になるらしい。
これだけあれば村人全員が腹いっぱい食っても大量に余るだろう、と言うことになった。
いやね、大角鹿の群れを見つけたもんで、丈夫な麻網を引っ張り出してきて、他の猟師2家と組んで追い込み猟をしたのはやりすぎだったか。
そして収穫祭の当日。
昼過ぎから居酒屋の夫婦とよろず屋の夫婦が陣頭に立ち、会場の設営と料理の配膳が始まった。
とは言っても、飾りつけはほとんどが終わっているので、エールや葡萄酒を飲みながら、肉を焼く竈をしつらえたりエールの樽を広場に運んだりと気楽なものだ。
俺もエールのジョッキを片手に竈の一つに陣取って肉をせっせと焼いていたりする。
「虎の旦那ぁー、飲んでるかい?」
エールと葡萄酒のちゃんぽんに顔を赤くしたサンバルがやってきた。
「おお、適当にやってるぜ」
そういってジョッキを掲げて見せる。
「酒もいいが肉もうめぇぞ、食ってるか?」
「ああ、さっき焼いた肉と腸詰をしこたま食ってきたところさ」
「腸詰なんてあったのか。俺も後で食いに行こう」
「ところで、これはなんだい?」
肉の隣で小鍋にかかってる何かを目ざとく見つけたサンバルが訊いてきた。
「ああこれか、これはただの油だよ」
「肉でも揚げるのかい?」
「それも考えたが、俺がするのは……こうだ」
と、ジャガイモを薄ーく削ぎ切って、油に入れる。ホントは高温でからりと揚げたいが、まぁ焚火の脇火じゃな。
しゅわしゅわと揚がった芋を手早く皿にとり、塩を振る。
ポテトチップの完成だ。
「食ってみるか?俺の故郷じゃ割と一般的な酒のつまみだ」
「揚げた芋なんざ食い慣れてるが、ここまで薄く切ったのは初めてだな」
そう言ってサンバルが手を伸ばす。
ぱりぱり
ぱりぱり
ぱりぱり
・
・
・
「旦那、大変だ。手が止まらねぇ」
「だろう?」
くっくっくっ、ポテトチップの中毒性を舐めるなよ。
こっちにもジャガイモの揚げたのはあるんだが、小ぶりの物を丸ごと揚げるか、くし形に切った物を皮ごと揚げるカントリースタイルで、ポテトチップというものは存在しないらしいからな。
「旨いっちゃ旨いが、とびきりってわけじゃねぇ。予想のつく味なんだが、このぱりぱりが面白ぇや」
サンバルはそう言いながらジャガイモ3個分のポテトチップを食べて満足したのか、去っていった。
-2-
酒が設えられ、料理が出そろえば本格的に祭りが始まる。
「本年も無事に収穫が終わり、祭を開催することができました。酒と料理は領主様のおごりです。皆さん、存分に飲み、食べて日ごろの疲れを癒してくだされ」
「「「乾杯‼」」」
村人たちが一斉にジョッキを掲げる。すでに出来上がってる者もいるが、そんなことはお構いなしだ。
呼ばれていた吟遊詩人が陽気な曲を奏でだすと、それに合わせて村人たちが輪になって踊り始める。
俺も料理の手を少し休めて、人の輪に加わり見よう見まねで踊ってみせた。
ひとしきり踊った後は、各種のゲームが始まる。
腕相撲、輪投げ、弓の的当て、布製のボール投げ等、大人も子供も一緒くたになってゲームを楽しむ。
優勝者には賞品が出るので、誰もが真剣だ。
大人も子供も一緒の競技に出てるのでハンデが必要かとも思ったが、大人は大体酔っ払っているので子供といい勝負だったりする。
俺はと言うと、勧められるままに腕相撲大会に出たものの、大方の予想通りに優勝してしまい、「予想通り過ぎてつまらねぇ」と評されちまったよ。
予想通りだからって手ェ抜くのは失礼だろ?とばかりに本気を出したのがまずかったか。
ちなみに優勝賞品はジャガイモ三袋だった。
一方イツキはと言えば、葡萄酒を片手に吟遊詩人にかぶりつきで歌を聴いていた。
吟遊詩人に誘われて時々歌ってるようだが、ボカロの曲を絶唱する樹の精霊ってのもシュールだよな。……って、教えたのは俺か。
「ようイツキ、楽しんでるか?」
「ええ、結構ね」
「ならいいんだがな」
そう言ってイツキのジョッキに葡萄酒を注いでやる。
「初めてお目にかかる。ディーゴってもんだ。この村には今年から世話になってる」
そう言って若い吟遊詩人に右手を差し出した。
「これはどうもご丁寧に。私はオービックと申します」
差し出された手を握り返しながら吟遊詩人が答える。
「虎の獣人の方がおられるとは聞いていましたが、お目にかかるのは初めてです」
「ここまで獣っぽいのは初めて見るかい?」
「はい。失礼ですが魔物……ではないんですよね?」
「正直俺にもわからんのよ。親の記憶がないもんでね」
「そうですか。それは失礼しました」
そう言ってオービックが頭を下げる。
「なに構わんよ」
「しかし驚きました。魔法の碾き臼と呼ばれる方が、こんな獣人の方だったとは」
「……そんな風に呼ばれてんのか」
「このあたりの村々では有名ですよ?セルリ村は魔法の碾き臼を手に入れた、って」
「そんな大層なもんじゃねぇんだけどな」
ご大層な二つ名に思わず苦笑が漏れる。
「そんなことありませんよ。回転式脱穀機と手押しポンプはどこの村でも大評判ですよ?」
実はそのあとに唐箕が控えてんだけどな。
手押しポンプが好調すぎて、実はまだ唐箕の大量生産までには至っていない。
「まぁ、俺としては村の連中(俺含む)が少しでも楽できればと思ってやったんだけどな」
「欲のないことですねぇ」
「生来が貧乏性でね、持ちなれない大金手にして、身を持ち崩すのが怖いだけさ」
その後、いくつか故郷の話をしてオービックと別れた。
「イツキ、あまり吟遊詩人さんに迷惑かけんなよ」
「はーい」
「おやディーゴさん、楽しんでますかな?」
ジョッキを手にフラフラしてると、これまたジョッキを手にしたエレクィル爺さんとハプテス爺さんを見つけた。
「ええ、久しぶりの飲み放題を堪能してますよ」
「そうそう、腕相撲大会での優勝、おめでとうございます」
「よしてください。出てはみたものの、ちょっと大人気なかったかなと反省しているとこで」
「はっはっは、ディーゴさんらしい」
エレクィル爺さんはそういって鷹揚に笑った。
「そういえば今度は面白い料理を作られたとか。サンバルさんがあちこちで広めてましたよ」
「面白いというか、ただうすーく切った芋を揚げただけで、私の故郷じゃ一般的な酒のつまみですよ」
「そうそう、その薄揚げ芋ですな。食感が面白いと居酒屋のご亭主が褒めてましたよ」
これで居酒屋のメニューが一つ増えるかもな。
「そういえば、そろそろ秋の大市ですな」
「そうですね」
うん、実は結構楽しみにしてたんだ。春の大市は収穫も大きかったけど、結局は見るだけで買えなかったからな。
今回は街の中に入れるし、予算もそこそこあるしで買い出しも可能と踏んでるんだ。
「何かお目当ての物でもありますかな?」
「そうですねぇ……甘いものとか果物とか、ああそうだ、魔法の道具なんかも見てみたいですね」
「ほほう、やはりディーゴさんの故郷でも甘いものは貴重でしたか」
「いえいえ、むしろその逆で。流通が考えられないくらいしっかりと発達してたもんですから、砂糖なんて日用品どころか投げ売りされてる状態なんですよ」
「そんなにですか?」
「ええ。南方の珍しい果物や北方のうまい魚なんてのも、ちょっと頑張れば買えるくらいの値段でしてね」
……こうして例を挙げるとつくづくチートな国だよな、日本って。
「なんと……ハプテスや、想像つきますか?」
「いえ、何をどうすればそんなになるのか皆目」
「そうですと、今の暮らしは大部不便なのではありませんか?」
「まぁ正直に言えば不便ですけど、ないものねだりをしたところでどーにもなりませんしね。それに、森で一人暮らしをしていたころに比べれば、十分快適ですよ」
寒さに強いこの体のおかげってのもあるけど。
「そういえば魔法の道具にも興味があるとか?」
「ありますねぇ。故郷じゃ魔法ってもんがなかったですから、興味は尽きないですね」
「そういえばそんなことを仰ってましたな。魔法が全くない、と」
「ええ。少数ですが自称の魔法使いはいました。けど、胡散臭かったりインチキだったり、おまじない程度だったりと」
「ほっほっほ、やはりそちらにもそういう方がいますか」
「え?こっちにもいるんですか?そういう人種が」
「本物があれば偽物もあります。魔法の道具なんて言うのはその最たるものでしょう」
あ、そうなの。なんか急に興味が薄れてきた気が……。
「ところでディーゴさん、目当ての魔法道具とかはございますかな?」
「そうですねぇ……明かり、照明の魔法道具か着火の魔法道具が欲しいですね」
夜目は効くけど暗いと何かと不便だし、着火に至ってはいまだに火打石だし。
「照明の魔法道具と着火の魔法道具なら売っているかもしれませんな」
「参考までに、どのくらいで買えますかね?」
「そうですねぇ、さしずめ金貨20もあれば本物が買えると思いますよ」
金貨20……20ヶ月分の生活費かぁ。ちょっとした車を1台、新車で買うようなもんか?
「結構するもんですね」
「まぁ、魔法の道具ですからな」
エレクィル爺さんがそう言って苦笑した時、サンバルが村人を引き連れてやってきた。
「あーいたいた、旦那ぁ、またアレ作ってくださいよ。こいつらに話したら食ってみたいって」
「薄揚げ芋か?」
「そうそう。今度は居酒屋からピエント(トウガラシ)もらってきたから、それ
かけてみてくだせぇよ」
「塩ピエントか、それも旨そうだな。やってみるか」
「じゃあ私どももその薄揚げ芋とやらをご相伴にあずかるとしますかな」
「じゃ、腕ふるうとしますかね」
「さすが旦那だ、話が分かるぜ」
・
・
・
こうして、収穫祭の夜は更けていった。
大麦の収穫が終わると、皆が楽しみにしている収穫祭がやってくる。
今年の大地の恵みを感謝し、来年も変わらずの豊作を願う、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎだ。
日頃は質素倹約を強いられる農家が、この時ばかりはおおっぴらに羽目を外しても許される上に、毎年の領主の計らいで小麦で焼いたふかふかの白パンや肉、葡萄酒やエールなどが食べ放題飲み放題なのだから、盛り上がりっぷりは推して知るべしだろう。
農民たちは農作業(まだ秋どり野菜の収穫が少し残ってる)の合間の飾りつけに忙しく、遊軍となった俺も日々の狩りに忙しい。
なにせ200人の腹っぺらしどもが肉に殺到するのだ、3頭や5頭の大角鹿じゃ足りないことは目に見えている。
つーか領主はよくこれだけの人数に回る肉を用意できるな。しかもこの村だけじゃないんだろ?
と思ってたら、今年の収穫祭の肉調達は俺に任すと代官に言われちまったよ。
まぁいいけどね。森の中を歩き回るのは嫌いじゃないし。
ただ、本気を出して狩りすぎたせいか、代官と村長から待ったがかかったのはここだけの話。
ちなみに収穫は六足熊2頭、大角鹿13頭、鎧猪7頭で、傷の少ない六足熊1頭は領主への献上品になるらしい。
これだけあれば村人全員が腹いっぱい食っても大量に余るだろう、と言うことになった。
いやね、大角鹿の群れを見つけたもんで、丈夫な麻網を引っ張り出してきて、他の猟師2家と組んで追い込み猟をしたのはやりすぎだったか。
そして収穫祭の当日。
昼過ぎから居酒屋の夫婦とよろず屋の夫婦が陣頭に立ち、会場の設営と料理の配膳が始まった。
とは言っても、飾りつけはほとんどが終わっているので、エールや葡萄酒を飲みながら、肉を焼く竈をしつらえたりエールの樽を広場に運んだりと気楽なものだ。
俺もエールのジョッキを片手に竈の一つに陣取って肉をせっせと焼いていたりする。
「虎の旦那ぁー、飲んでるかい?」
エールと葡萄酒のちゃんぽんに顔を赤くしたサンバルがやってきた。
「おお、適当にやってるぜ」
そういってジョッキを掲げて見せる。
「酒もいいが肉もうめぇぞ、食ってるか?」
「ああ、さっき焼いた肉と腸詰をしこたま食ってきたところさ」
「腸詰なんてあったのか。俺も後で食いに行こう」
「ところで、これはなんだい?」
肉の隣で小鍋にかかってる何かを目ざとく見つけたサンバルが訊いてきた。
「ああこれか、これはただの油だよ」
「肉でも揚げるのかい?」
「それも考えたが、俺がするのは……こうだ」
と、ジャガイモを薄ーく削ぎ切って、油に入れる。ホントは高温でからりと揚げたいが、まぁ焚火の脇火じゃな。
しゅわしゅわと揚がった芋を手早く皿にとり、塩を振る。
ポテトチップの完成だ。
「食ってみるか?俺の故郷じゃ割と一般的な酒のつまみだ」
「揚げた芋なんざ食い慣れてるが、ここまで薄く切ったのは初めてだな」
そう言ってサンバルが手を伸ばす。
ぱりぱり
ぱりぱり
ぱりぱり
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・
・
「旦那、大変だ。手が止まらねぇ」
「だろう?」
くっくっくっ、ポテトチップの中毒性を舐めるなよ。
こっちにもジャガイモの揚げたのはあるんだが、小ぶりの物を丸ごと揚げるか、くし形に切った物を皮ごと揚げるカントリースタイルで、ポテトチップというものは存在しないらしいからな。
「旨いっちゃ旨いが、とびきりってわけじゃねぇ。予想のつく味なんだが、このぱりぱりが面白ぇや」
サンバルはそう言いながらジャガイモ3個分のポテトチップを食べて満足したのか、去っていった。
-2-
酒が設えられ、料理が出そろえば本格的に祭りが始まる。
「本年も無事に収穫が終わり、祭を開催することができました。酒と料理は領主様のおごりです。皆さん、存分に飲み、食べて日ごろの疲れを癒してくだされ」
「「「乾杯‼」」」
村人たちが一斉にジョッキを掲げる。すでに出来上がってる者もいるが、そんなことはお構いなしだ。
呼ばれていた吟遊詩人が陽気な曲を奏でだすと、それに合わせて村人たちが輪になって踊り始める。
俺も料理の手を少し休めて、人の輪に加わり見よう見まねで踊ってみせた。
ひとしきり踊った後は、各種のゲームが始まる。
腕相撲、輪投げ、弓の的当て、布製のボール投げ等、大人も子供も一緒くたになってゲームを楽しむ。
優勝者には賞品が出るので、誰もが真剣だ。
大人も子供も一緒の競技に出てるのでハンデが必要かとも思ったが、大人は大体酔っ払っているので子供といい勝負だったりする。
俺はと言うと、勧められるままに腕相撲大会に出たものの、大方の予想通りに優勝してしまい、「予想通り過ぎてつまらねぇ」と評されちまったよ。
予想通りだからって手ェ抜くのは失礼だろ?とばかりに本気を出したのがまずかったか。
ちなみに優勝賞品はジャガイモ三袋だった。
一方イツキはと言えば、葡萄酒を片手に吟遊詩人にかぶりつきで歌を聴いていた。
吟遊詩人に誘われて時々歌ってるようだが、ボカロの曲を絶唱する樹の精霊ってのもシュールだよな。……って、教えたのは俺か。
「ようイツキ、楽しんでるか?」
「ええ、結構ね」
「ならいいんだがな」
そう言ってイツキのジョッキに葡萄酒を注いでやる。
「初めてお目にかかる。ディーゴってもんだ。この村には今年から世話になってる」
そう言って若い吟遊詩人に右手を差し出した。
「これはどうもご丁寧に。私はオービックと申します」
差し出された手を握り返しながら吟遊詩人が答える。
「虎の獣人の方がおられるとは聞いていましたが、お目にかかるのは初めてです」
「ここまで獣っぽいのは初めて見るかい?」
「はい。失礼ですが魔物……ではないんですよね?」
「正直俺にもわからんのよ。親の記憶がないもんでね」
「そうですか。それは失礼しました」
そう言ってオービックが頭を下げる。
「なに構わんよ」
「しかし驚きました。魔法の碾き臼と呼ばれる方が、こんな獣人の方だったとは」
「……そんな風に呼ばれてんのか」
「このあたりの村々では有名ですよ?セルリ村は魔法の碾き臼を手に入れた、って」
「そんな大層なもんじゃねぇんだけどな」
ご大層な二つ名に思わず苦笑が漏れる。
「そんなことありませんよ。回転式脱穀機と手押しポンプはどこの村でも大評判ですよ?」
実はそのあとに唐箕が控えてんだけどな。
手押しポンプが好調すぎて、実はまだ唐箕の大量生産までには至っていない。
「まぁ、俺としては村の連中(俺含む)が少しでも楽できればと思ってやったんだけどな」
「欲のないことですねぇ」
「生来が貧乏性でね、持ちなれない大金手にして、身を持ち崩すのが怖いだけさ」
その後、いくつか故郷の話をしてオービックと別れた。
「イツキ、あまり吟遊詩人さんに迷惑かけんなよ」
「はーい」
「おやディーゴさん、楽しんでますかな?」
ジョッキを手にフラフラしてると、これまたジョッキを手にしたエレクィル爺さんとハプテス爺さんを見つけた。
「ええ、久しぶりの飲み放題を堪能してますよ」
「そうそう、腕相撲大会での優勝、おめでとうございます」
「よしてください。出てはみたものの、ちょっと大人気なかったかなと反省しているとこで」
「はっはっは、ディーゴさんらしい」
エレクィル爺さんはそういって鷹揚に笑った。
「そういえば今度は面白い料理を作られたとか。サンバルさんがあちこちで広めてましたよ」
「面白いというか、ただうすーく切った芋を揚げただけで、私の故郷じゃ一般的な酒のつまみですよ」
「そうそう、その薄揚げ芋ですな。食感が面白いと居酒屋のご亭主が褒めてましたよ」
これで居酒屋のメニューが一つ増えるかもな。
「そういえば、そろそろ秋の大市ですな」
「そうですね」
うん、実は結構楽しみにしてたんだ。春の大市は収穫も大きかったけど、結局は見るだけで買えなかったからな。
今回は街の中に入れるし、予算もそこそこあるしで買い出しも可能と踏んでるんだ。
「何かお目当ての物でもありますかな?」
「そうですねぇ……甘いものとか果物とか、ああそうだ、魔法の道具なんかも見てみたいですね」
「ほほう、やはりディーゴさんの故郷でも甘いものは貴重でしたか」
「いえいえ、むしろその逆で。流通が考えられないくらいしっかりと発達してたもんですから、砂糖なんて日用品どころか投げ売りされてる状態なんですよ」
「そんなにですか?」
「ええ。南方の珍しい果物や北方のうまい魚なんてのも、ちょっと頑張れば買えるくらいの値段でしてね」
……こうして例を挙げるとつくづくチートな国だよな、日本って。
「なんと……ハプテスや、想像つきますか?」
「いえ、何をどうすればそんなになるのか皆目」
「そうですと、今の暮らしは大部不便なのではありませんか?」
「まぁ正直に言えば不便ですけど、ないものねだりをしたところでどーにもなりませんしね。それに、森で一人暮らしをしていたころに比べれば、十分快適ですよ」
寒さに強いこの体のおかげってのもあるけど。
「そういえば魔法の道具にも興味があるとか?」
「ありますねぇ。故郷じゃ魔法ってもんがなかったですから、興味は尽きないですね」
「そういえばそんなことを仰ってましたな。魔法が全くない、と」
「ええ。少数ですが自称の魔法使いはいました。けど、胡散臭かったりインチキだったり、おまじない程度だったりと」
「ほっほっほ、やはりそちらにもそういう方がいますか」
「え?こっちにもいるんですか?そういう人種が」
「本物があれば偽物もあります。魔法の道具なんて言うのはその最たるものでしょう」
あ、そうなの。なんか急に興味が薄れてきた気が……。
「ところでディーゴさん、目当ての魔法道具とかはございますかな?」
「そうですねぇ……明かり、照明の魔法道具か着火の魔法道具が欲しいですね」
夜目は効くけど暗いと何かと不便だし、着火に至ってはいまだに火打石だし。
「照明の魔法道具と着火の魔法道具なら売っているかもしれませんな」
「参考までに、どのくらいで買えますかね?」
「そうですねぇ、さしずめ金貨20もあれば本物が買えると思いますよ」
金貨20……20ヶ月分の生活費かぁ。ちょっとした車を1台、新車で買うようなもんか?
「結構するもんですね」
「まぁ、魔法の道具ですからな」
エレクィル爺さんがそう言って苦笑した時、サンバルが村人を引き連れてやってきた。
「あーいたいた、旦那ぁ、またアレ作ってくださいよ。こいつらに話したら食ってみたいって」
「薄揚げ芋か?」
「そうそう。今度は居酒屋からピエント(トウガラシ)もらってきたから、それ
かけてみてくだせぇよ」
「塩ピエントか、それも旨そうだな。やってみるか」
「じゃあ私どももその薄揚げ芋とやらをご相伴にあずかるとしますかな」
「じゃ、腕ふるうとしますかね」
「さすが旦那だ、話が分かるぜ」
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こうして、収穫祭の夜は更けていった。
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