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第2章

第5話 門前払い

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-1-
「駄目だ駄目だ。こんな得体の知れない輩を街に入れるわけにはいかん!」
 ディーセンの街の入り口にいる衛視が大声を上げる。
「しかしこうやって紹介状もあるのですよ?」
 エレクィル爺さんが紹介状を差し出すが
「たかが村長ごときの紹介状などあってもなくても変わらん!」
 と、衛視はバッサリと切り捨てる。
 しばらく入れてくれ、いや駄目だの押し問答が続いていたが、列の後ろのことが気になって三人に声をかけた。
「三人とも。ここで話してても結論出ない。後ろの人、待ってる」
 待ちくたびれた感じの後ろの人を気にして声をかける。
「む……」
「しかしディーゴさん……」
「まずは二人が帰ってきたことを知らせる。俺のこと、その後でいい」
「そうですな。まずは帰着したことを店の者に知らせませんと」
 ハプテス爺さんが賛意を示す。
「ディーゴさん、申し訳ありませんがしばらくここで待っていてくださいますか?」
「大丈夫。二人が戻るまで待ってる」
 頭を下げ下げ去っていく二人を見送ると、衛視詰所脇の草地に荷物を置き、ごろりと横になった。
〈結構頭固いのね。人間の街ってみんなこうなの?〉
《いやー、ここの衛視が特別職務熱心なだけだと思うぞ?》
 脳内のイツキと念話で会話をする。
 さて、これから一体どうなることやら。

 二人が戻ってきたのは、陽もだいぶ傾いてきたころだった。
 行くときには二人だったのが戻ってきたときには四人に増えている。
「お待たせしましたな、ディーゴさん」
「大丈夫。問題ない」
「息子夫婦がディーゴさんにお礼を言いたいとのことで連れてまいりました」
 エレクィル爺さんが新たにつれてきた二人を紹介する。
「初めまして。カニャードと申します。父がお世話になったそうで、私からもお礼申し上げます」
「初めまして、カニャードの妻のリフィナです。義父を助けていただき、ありがとうございます」
 商人らしい如才のなさでそろって頭を下げる。
「初めまして、ディーゴです。俺も下心あった。どうぞ気にせずに」
「とはいえ、父を助けていただいたことに変わりはありません。何でも街に入りたいとか」
「そう。でも衛視に止められた」
 ちらりと衛視を見て答える。仕事熱心なのはいいことなんだろうが、もーちょっと融通きかせてほしいね。
「それでいかがでしょう、リフィナの妹がセルリ村に嫁いでおりますので、一度そちらに腰を落ち着けられてみては」
「街に入る前に、村で人としての生活の実績を積む、というわけですな」
 ふむ、予定とはちょっと違うが仕方ない。農作業で土にまみれるというのも一度やってみたかった生活だしな。
「異存、ない。その辺りは任せる」
「そうですか。ありがとうございます。ではこれから早速……」
「ちょっと待った」
「どうかされましたか?」
「もう、だいぶ夕方。セルリ村、場所知らない。けど、着く、多分夜になる」
「確かにそうですな」
「しかしディーゴさんは街には入れませんし」
「俺、今夜ここ泊まる。野宿慣れてる。明日の朝、来てくれればいい」
「そうですか。しかしディーゴさん一人野宿というのも……」
 エレクィル爺さんが言葉を濁す。気持ちはありがたいんだが、老人二人して冬の野宿に付きあわせるわけにはいかんでしょ。
「俺、魔法ある。簡単な寝床、すぐに作れる。今日も歩いた。二人とも、ゆっくり休む」
「分かりました。明日の朝、またお迎えに上がりますでな」
「あの衛視には言っておきます」
 そういって街中へと戻っていく四人を見送ると、魔法でちゃっちゃとシェルターを作った。
 さすがに四つ壁の小屋なんぞ建てたら怒られるだろうし。
 衛視が何か言いたそうにしていたが、こっちは軽くスルーしておいた。藪つついて蛇だすつもりもないしね。

-2-
 そして翌朝、昨日の四人がやってきた。後ろに馬が荷車を引いている。
「おはようございますディーゴさん」
「おはようございます」
「昨夜は大丈夫でしたか?」
とエレクィル爺さん。
「物好きが遠目に見に来ただけ。よく眠れた。ところで、後ろの荷物は?」
「今日から新しい生活を始めるわけですからな、身の回りの品を持ってきました」
「あの、ディーゴさん。これ、朝食です」
 リフィルがそう言ってバスケットと瓶を渡してきた。
「ありがとう。ここで食べてもいいか?」
「どうぞ。そのために持ってきましたから」
 ありがたい。昨夜は軽く保存食で済ませただけだったから腹減ってたんだよね。
「では、イタダキマス」
 一つ頭を下げてバスケットを開けると、中には黒パンのサンドイッチがみっしり入っていた。
 ハムに卵にピクルスにこっちは……肉のパテか?ともかくすべて美味しくいただきました。
「……もしかしてこれ4人分だった?」
 食べ終わった後に気が付いた俺。
「いえいえ、私どもは家で済ませてきました。それはディーゴさん一人の分です」
「そうですか。なら良かった。ゴチソウサマデシタ」
「そういえばディーゴさんは食事の前と後に必ず頭を下げますな」
 食後の葡萄酒を終え、断って火をもらい一服つけているとハプテス爺さんが訊ねてきた。
「これは習慣……みたいなもの。ご飯になった、命と、作り手への感謝のしるし」
「なるほど。我々でいう食前の祈りみたいなものですかな」
「そんな感じ」
 パイプから灰を落とし、吸い口を軽く掃除する。こうしないとパイプがヤニ臭くなるからね。
 昔ちょっとだけ嗜んだパイプの知識がこんなとこで役に立つとはなぁ。
 吸いすぎたせいか舌苔がボロボロになって止めたけど。
「では、そろそろ参りましょうか」
 頃合いを見てエレクィル爺さんが声をかけると、五人がぞろぞろと移動を開始する。
 ああ、そういえば寝床を戻してなかった。というわけで魔法でさくっと戻しておいた。
「セルリ村はこの街の西側にある村でしてな、歩いて半日程度のところですよ」
「今いるのは街の?」
「北側になります。まぁ遠いところでもなし、のんびりと参りましょうかね」
 エレクィル爺さんの言葉に従い、のんびりと街道を歩く。
 すれ違う人がぎょっとした顔でこちらを見るのももう慣れた。
 道すがらセルリ村についての説明を聞く。
 人口は200人50戸ほどの典型的な農村らしい。
 リフィルの妹さんがセルリ村の村長のところに嫁いでいるようで、今も行き来があるとのこと。
 おもな農作物は小麦やジャガイモの他、大麦ライ麦燕麦などを栽培しているらしい。
 ……ちょっと待った。燕麦って雑草じゃねぇの?とエレクィル爺さんに慎重に言葉を選んで尋ねたら「ディーゴさんの故郷はどれだけ豊かなんですか」と呆れられた。
 いやまぁ、豊かなのは違いないが……お米の国の人だったし、燕麦って道端とかに当たり前に生えてたし……ペットショップとかで売ってる猫草が確か燕麦だったような?
 ちなみにディーセンの街に近いために麦類やジャガイモの作付は他の農村に比べて少なめで、どちらかというと街での需要が多い季節の野菜を多めに生産しているそうだ。
 そのため、農村にしては貨幣が出回っており、村には鍛冶屋と雑貨屋、居酒屋が一軒ずつあるとのこと。
 それ以外には、薬師が1軒、狩人が2軒あって、そのうち1軒は獣人一家らしい。
 で、俺の身の振り方だが、とりあえず農家見習いとして2~3年働いて実績を積みつつ顔と名前を憶えてもらってから街に引っ越しましょう、ということになった。
 その間はエレクィル爺さんとハプテス爺さんの二人がここに残って、生活の補助と言葉の勉強を見てくれるらしい。
 何から何まで申し訳ない。
 問題は3人が寝起きできる空き家があるかどうかだが、ま、土魔法があるから何とかなるだろう。

 そんなこんなを話しているうちに、昼過ぎにはセルリ村に到着した。
 何事かと遠巻きに見守る村人たちの中を歩いて村長宅に向かう。
 道すがら周りの景色を見てみるが、ふーむ、日本の農家みたくあまり大きな家はないのね。
 二部屋か三部屋くらいのこじんまりした平屋造りの家がほとんどだ。
 壁は主に土壁で、屋根は草葺き・藁葺きか。湯宿の集落近くの俺の拠点とあまり変わらんな。
 お、あそこが雑貨屋か。後でどんな品があるか見ておかないとな。
 などと見ているうちに村長の家に着く。ふむ、さすがに村長だけあって家が(他と比べて)でかい。
 リフィルがドアをノックすると、日に焼けた中年の男が姿を見せた。
「こんにちは、村長さん」
「おや、リフィルさんじゃないか。どうされ……ひっ」
 村長が俺を見て固まる。まぁ無理もないか。
 俺が会釈をすると、村長は落ち着いたのか表情を和らげた。
「いや、失礼しました」
「いやいや、初対面でしたら仕方ありますまい。ともあれブレスさん、元気そうで何よりですな」
「これはエレクィルさん。お久しぶりです。お歴々が出そろって何か御用ですかな?」
「実はお願いがあってまいりました」
 エレクィル爺さんがそう前置きすると、用件を切り出した。
「……ほうほう、移住ですか」
 ブレス村長が俺を見ながら頷く。うむ、力仕事なら任せろ。
 難航するかに思えた移住話だが、意外とあっさり話がまとまった。
 まぁエレクィル爺さんとハプテス爺さんが一緒に住むんだから大丈夫だろうと判断したと思われる。
 住むところも、小作農が住んでいた小屋が空いてるというので、そこを手入れして使うことになった。
 畑は耕作放棄地があるのでそこを使ってくれとのことだった。
 ただ、税+賃料として収穫物の7割を納めなきゃならんらしい。むぅ、そんなに持ってかれるのか。
 聞けば土地を持たない小作農なら妥当な取り分らしい。つか厳しすぎね? これが格差社会というやつか?
 畑を買い取るなら5割になるそうだが、まぁぶっちゃけここでの生活は腰掛なので畑を買うほどじゃないかなと。
 それに加えて、労働奉仕として10日に1~2日は領主の畑の手伝いがあるらしい。
 あと、畑に植える作物(麦系統)は村で話し合って決めるので好き勝手に種をまかないようにと釘を刺された。
 ただし小屋の周りは自由に何を植えても構わないらしい。
 ふむ、野菜とかはそこに植えろってことか。
 必要な農器具は村長宅に使っていないものがあるので、それを貸してもらえるそうだ。

 では、家(小屋)と土地を見に行きましょうかね。
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