212 / 310
第八章『最後の晩餐と安土饗応』
36 『信長、最期の歌』(1)
しおりを挟む
「――では、信長様の一句を信忠様!」と連歌会会場である威徳院西坊住職・行佑。
「――と、その前に光秀殿に、信長様の句の直前に詠む為に用意してた――
――“あの句”を」と里村紹巴。
「うむでは、
――『 朝霞 薄きがうへに 重なりて 』」
と、朗々と歌を詠みあげる明智光秀。
光秀のこの一句は、前述した通り――
『この光秀の句の後に、信長様の句がきて合わさり――
一首となります』。
そう、信長の句が届いたら、その前に詠って――
後に続く信長の句と合わせて一首にする為に、前もって用意されたものである。
そして、「さら、さら、さら」と光秀の句の前に詠まれた句とも、当然光秀の句と合わせて問題なく一首となるように、紹巴がすぐ懐紙を書き換えている。
「よし、これで自然な連歌の流れになりましたね」
つまり、後世の人が百韻連歌を書き写した懐紙を見ても、何も違和感がないように修正したのである。
「――はい、準備ができましたね」と紹巴は言うと、
突然佇まいを正し、きちっと正座をする。
そしておもむろに赤い布に覆われた細長い物を、恭しく前におく。
「いよいよ、儀式の始まりですじゃ」
その赤い布に覆われた物の中身を知っている光秀。
「では」紹巴は、ゆっくりと赤い布をどけていくと……
中から、和歌を書くための細長い色紙が出てきた。
……しかし、その色紙には何も書かれていない。
――ここまで読んで、「また作者さん、ようやく伏線回収したな!」とお気付きの方、ありがとうございます!
そうです、この何も書かれていない色紙、あの信長と光秀の今生の別れである『安土饗応』のシーンで、
織田信長が徳川家康饗応の場で、
「お前のしようとしてることを、早くせよ!」と、明智光秀に渡したあの色紙なのです!
そしてこれを受けた光秀が、安土城の自らの邸宅で、
『信長の覚悟』を思ってひとしきり涙したあと――
この色紙を早馬で紹巴に渡した日から、十日後に『愛宕百韻』――
そう、信長による『天下創世の儀式』を執り行う段取りになっていたのである。(そして、その三日後に『本能寺の“儀式”』を執り行う段取りになっている。)
――そしてその『天下創世の儀式』の日のために、紹巴ら参加者みなが万端の用意をして、この日を向かえたのである。
「……では、父上の歌を、
不肖な息子である私ですが――
慎んで詠み上げさせて頂きます!」
信忠が、おもむろに懐から手紙を出す。
「お願い致します」と紹巴が恭しく色紙を、佇まいを正した信忠に渡す。
「はい、師匠」
信忠は頷くと、ゆっくりと信長の歌を色紙に書き写していく――
「――と、その前に光秀殿に、信長様の句の直前に詠む為に用意してた――
――“あの句”を」と里村紹巴。
「うむでは、
――『 朝霞 薄きがうへに 重なりて 』」
と、朗々と歌を詠みあげる明智光秀。
光秀のこの一句は、前述した通り――
『この光秀の句の後に、信長様の句がきて合わさり――
一首となります』。
そう、信長の句が届いたら、その前に詠って――
後に続く信長の句と合わせて一首にする為に、前もって用意されたものである。
そして、「さら、さら、さら」と光秀の句の前に詠まれた句とも、当然光秀の句と合わせて問題なく一首となるように、紹巴がすぐ懐紙を書き換えている。
「よし、これで自然な連歌の流れになりましたね」
つまり、後世の人が百韻連歌を書き写した懐紙を見ても、何も違和感がないように修正したのである。
「――はい、準備ができましたね」と紹巴は言うと、
突然佇まいを正し、きちっと正座をする。
そしておもむろに赤い布に覆われた細長い物を、恭しく前におく。
「いよいよ、儀式の始まりですじゃ」
その赤い布に覆われた物の中身を知っている光秀。
「では」紹巴は、ゆっくりと赤い布をどけていくと……
中から、和歌を書くための細長い色紙が出てきた。
……しかし、その色紙には何も書かれていない。
――ここまで読んで、「また作者さん、ようやく伏線回収したな!」とお気付きの方、ありがとうございます!
そうです、この何も書かれていない色紙、あの信長と光秀の今生の別れである『安土饗応』のシーンで、
織田信長が徳川家康饗応の場で、
「お前のしようとしてることを、早くせよ!」と、明智光秀に渡したあの色紙なのです!
そしてこれを受けた光秀が、安土城の自らの邸宅で、
『信長の覚悟』を思ってひとしきり涙したあと――
この色紙を早馬で紹巴に渡した日から、十日後に『愛宕百韻』――
そう、信長による『天下創世の儀式』を執り行う段取りになっていたのである。(そして、その三日後に『本能寺の“儀式”』を執り行う段取りになっている。)
――そしてその『天下創世の儀式』の日のために、紹巴ら参加者みなが万端の用意をして、この日を向かえたのである。
「……では、父上の歌を、
不肖な息子である私ですが――
慎んで詠み上げさせて頂きます!」
信忠が、おもむろに懐から手紙を出す。
「お願い致します」と紹巴が恭しく色紙を、佇まいを正した信忠に渡す。
「はい、師匠」
信忠は頷くと、ゆっくりと信長の歌を色紙に書き写していく――
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
共に
第8回歴史時代小説参加しました!
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
強いられる賭け~脇坂安治軍記~
恩地玖
歴史・時代
浅井家の配下である脇坂家は、永禄11年に勃発した観音寺合戦に、織田・浅井連合軍の一隊として参戦する。この戦を何とか生き延びた安治は、浅井家を見限り、織田方につくことを決めた。そんな折、羽柴秀吉が人を集めているという話を聞きつけ、早速、秀吉の元に向かい、秀吉から温かく迎えられる。
こうして、秀吉の家臣となった安治は、幾多の困難を乗り越えて、ついには淡路三万石の大名にまで出世する。
しかし、秀吉亡き後、石田三成と徳川家康の対立が決定的となった。秀吉からの恩に報い、石田方につくか、秀吉子飼いの武将が従った徳川方につくか、安治は決断を迫られることになる。
不屈の葵
ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む!
これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。
幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。
本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。
家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。
今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。
家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。
笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。
戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。
愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目!
歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』
ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!
江戸時代改装計画
城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
皇紀2603年7月4日、大和甲板にて。皮肉にもアメリカが独立したとされる日にアメリカ史上最も屈辱的である条約は結ばれることになった。
「では大統領、この降伏文書にサインして貰いたい。まさかペリーを派遣した君等が嫌とは言うまいね?」
頭髪を全て刈り取った男が日本代表として流暢なキングズ・イングリッシュで話していた。後に「白人から世界を解放した男」として讃えられる有名人、石原莞爾だ。
ここはトラック、言うまでも無く日本の内南洋であり、停泊しているのは軍艦大和。その後部甲板でルーズベルトは憤死せんがばかりに震えていた。
(何故だ、どうしてこうなった……!!)
自問自答するも答えは出ず、一年以内には火刑に処される彼はその人生最期の一年を巧妙に憤死しないように体調を管理されながら過ごすことになる。
トラック講和条約と称される講和条約の内容は以下の通り。
・アメリカ合衆国は満州国を承認
・アメリカ合衆国は、ウェーキ島、グアム島、アリューシャン島、ハワイ諸島、ライン諸島を大日本帝国へ割譲
・アメリカ合衆国はフィリピンの国際連盟委任独立準備政府設立の承認
・アメリカ合衆国は大日本帝国に戦費賠償金300億ドルの支払い
・アメリカ合衆国の軍備縮小
・アメリカ合衆国の関税自主権の撤廃
・アメリカ合衆国の移民法の撤廃
・アメリカ合衆国首脳部及び戦争煽動者は国際裁判の判決に従うこと
確かに、多少は苛酷な内容であったが、「最も屈辱」とは少々大げさであろう。何せ、彼らの我々の世界に於ける悪行三昧に比べたら、この程度で済んだことに感謝するべきなのだから……。
我らの輝かしきとき ~拝啓、坂の上から~
城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
講和内容の骨子は、以下の通りである。
一、日本の朝鮮半島に於ける優越権を認める。
二、日露両国の軍隊は、鉄道警備隊を除いて満州から撤退する。
三、ロシアは樺太を永久に日本へ譲渡する。
四、ロシアは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。
五、ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する。
六、ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える。
そして、1907年7月30日のことである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる