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第八章『最後の晩餐と安土饗応』

5『信長激怒の理由』

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――『明智軍記』の「安土饗応」場面の現代語訳が、直ぐには見つからなかったので、頑張って拙者が解釈・要約してみます。


織田信長が、明智光秀に命じて徳川家康を接待するためのご馳走を用意させた。

しかし、準備状況を確認しにきた信長は、いきなり激怒した。


その理由は、光秀の用意した料理があまりに豪勢すぎ、しかも箸や御膳などの器具も、金銀箔をほどこしたものであったからだ。

「何故、家康を接待するのにそんな過度な装飾が必要なのであるか?

家康は、我が義弟であり今や有能な配下の武将ではあるけれども、

余は今や、朝廷より天下を指揮する関白・太政大臣・征夷大将軍という三職何れかへの就任を要請されるほどの身なれば――

何故格下の旗本風情の家康に、そのような豪華な接待をせねばならぬのであるか。


もしそんな最上級のおもてなしを旗本級の者にするのであれば、

今後、余や天皇などの大君級の者を接待するときは、これ以上にいかにしておもてなしをすればいいのであるか?


家康を接待する役目のことだけに集中しすぎて、また別の者の接待をするときとの調整がとれんでは、了見知らずと言われても仕方あるまい。


余がお主の見識を信じて接待役に任命したであるに、期待を裏切りよって情けない!

――今後の為に、折檻してやる」

と信長は小姓たちに命じて扇で、順番に光秀の頭を思いっきり叩かせた。


特に信長の気持ちをよく知る森蘭丸は、扇の紙の方ではなく、扇で一番固い留め金の部分で光秀の頭を思いっきり殴打したので、頭の皮膚が裂け負傷したので、額から血が流れ落ちた。


――それを見た信長は、ようやく気も収まって、光秀を接待役から解任し、下がらせた。


……おおよそこんな内容の解釈で大丈夫だと思いますが、『諏訪法華寺での光秀殴打事件』と似ていますね。

そうです、信長によってこんなにひどい目にあった光秀は、だから謀反を決意しても致し方ないという、明智光秀が主人公のストーリーの軍記物に、『明智軍紀』はなってます。


なので、信長は例のごとく残虐非道な描写になってます。

ということで、“法華寺の変”の載る『稲葉家譜』などと同様、この『明智軍記』も資料的価値としては低い二次資料・三次資料ですので、実際にあったかどうかは謎ながら、全く全てが作り話かというと判断の難しいところのようです。


――ただ今、訳していて思ったのですが、このような事件が実際にあったとして、

確かに乱暴はよくありませんが、光秀が張り切りすぎて接待バランスを無視した最上級のおもてなしを家康にしようとしたのを、信長が注意してたしなめたこと自体は――

当時代の思考としては、あながち間違いではないような気もします。

……拙者が信長贔屓だからでしょうか?


ただ『明智軍記』では当然信長は光秀の敵役なので――

身分制にこだわる信長という保守的なイメージになってますが。


――ということで、『安土饗応【真相】解明編』は、そういった先入観を無しにして、

「では、実際にこのような事件があったとして、信長にはどういう意図があったのか?」を考察したものです。


「それで信長が“薄味”で激怒した話を創作したの?」と読者。


はい、実は『安土饗応』には今まで挙げたように、類似の話や、また色々な解釈があり、その一つに……


信長が“鯛の焼き物”を食べて激怒したのは、“腐っていた”からではなく――


光秀の管轄する近畿は当然――京料理の影響を受けているため、

安土での接待の料理も、当然京風の薄味にしたため――

塩辛い味付けを好む尾張出身の信長の舌には合わなかった。

――という説も実際にあるのです。


つまり、拙者が解釈し創作した『安土饗応【真相】解明編』のストーリーは――


まだまだ“信長イズム”を光秀が完全には会得できていなくて、不労取得階級である貴族・貴族文化を最上級とする光秀に――


……武士とはなんぞや?

……労働とはなんぞや?


――そもそも『天下布武』とは、特権階級や寺院勢力などの既得権益団体を排し、この日の本を新しく改めるものではなかったのか?


――という感じで、“信長イズム”をまた光秀注入した場面という解釈も、あながち間違いとは言い切れないのです。



次回、まだ頭から鴨汁が滴り、屈辱に耐えている光秀に、

信長はイエスの名セリフを言う――


「――この中に、余を裏切る者がいる」


……やはり、裏切るのは光秀なのか?


乞う、ご期待!

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