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ゴールデンウィーク お泊まり編

7日日 今も過去も愛せるように ⑳

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ご飯を食べ終わり、風呂焚きをしたあと
のんびりとした時間を過ごす私たち2人
会話もほぼなく、さっきまで愛美の携帯を見ていたソファーで並んで座り、お互い別々のことをしている。
横目で春樹くんの様子を見ると、春樹くんはどうやら持ち運んだ小説を読んでいるようだ。

「…何読んでるの?」

「『桜の降る街に雪が降ったら』って本だよー」

春樹くんは私の質問に本に目を落としながら流すように答えた。
…なんか少し悲しい気もしなくもないけれど、文字読みながら会話とか難しすぎるしそりゃ無理な話しだ。
私もマルチタスクは苦手だし、物語に没頭したらなかなか帰って来ないのが春樹くんだし…
仕方ない話だよね。
…てか…春樹くんまたその本読んでるんだ。

桜の降る街に雪が降ったら
著作 楠木十香くすのきとおか
最近どこの書店でも見るその名前は、流行りに疎い私でさえ知っている。

十香先生のお話は基本上下の2冊の本にまとめられており、春樹くんが読んでいるのは今下のお話。

というか…この楠木先生は不思議なことに上と下出版順が逆なのである。
しかも出版ペースが年を余裕で超えるため、下を読んだらどうしてあの子たちは出会ったのか、どうしてこの道を進んだのかなど…下巻で書かれているストーリーの序章が気になって仕方なくなってしまうのが本当にいやらしい…。
私も過去、春樹くんからその本を借りて読んだことがあるが、未だに発売されていない上巻が気になって仕方がない。
のんびり書いてもらうのが1番なのだが…待っているファンからしてはたまったものではない。

「…まだその本の上巻販売されてないよね」

「そうだね、早く出るといいな」

パラり…パラり…とゆっくりとストーリーを読み進める春樹くん
ゆっくりと動く目の動きは何度も同じところを繰り返しており、記憶にストーリーを刻み込んでいるのがよく分かった。

楠木先生のお話…何回も見返したくなるよね。
そんな彼の姿をのほほんと楽しみながら私は自分の携帯に目を落とす。

その時、自然としている彼の仕草を見た私はひとつの疑問を感じた。

…春樹くん、その小説の内容覚えてないの?

「…春樹くんって、過去の記憶がないわけでしょ?それなら、その小説のストーリーって覚えてるの?」

私がそう質問すると春樹くんは、読んでいたその本に栞を挟み読むのを辞める。
そしてそっと

「…実は、覚えてないんだよね。」

そう小さく、私に訴えるように呟いた。

「僕は基本人間関係の記憶はないんだけど…でも、勉学や一般的な知識については記憶は残っているはずなんだよね。それは教科書もおなじだったから活字系列は覚えていると思ってたんだ…実際、家にある小説も覚えているものが多かったし、忘れてたのは多分普通に面白くなくて記憶にないんだと思う。それなのにこのお話だけは記憶になくて…」

「…そうなんだ、なんか不思議だね」

「うん…まぁ、でも、この本ほんと面白いし、楽しみをもう1回味わえるって考えればいいかな」

「春樹くんポジティブだねー」

「そりゃ…今楽しいもん。こうしてゆっくり過ごせるの幸せだから…暗い話はあんまりしたくないんだよね。」

ふふっと微笑み本の表紙をなぞるその仕草に視線が釘付けになる。

…え、突然めっちゃいい顔するやん。いや…いつもいい顔か…

その横顔…ずっと見てたいな…ほんと

目に焼きつけるように、私は春樹くんのそんな姿を眺めていた。

すると

「~♪オフロガワキマシタ」

と、その空間から現実に引き戻すように鳴り響く機械音の混じる声
どうやらお風呂が沸いたらしい。

「あっ、お風呂沸いたね、先どっち……どうしたの?」

「…ん!?いや、なんでもない!!春樹くん先入ってもいいよー?」

「…何かあったら言ってね?それじゃさいお風呂いただきまーす!」

こうして、そういい春樹くんはルンルンと軽くステップを踏みながらお風呂場に向かう。

うん。かわいい。単純にかわいい。

春樹くんはだいのお風呂好きである。
銭湯にもよく行くのを知っているし、お風呂上がりは必ずフルーツ牛乳を飲むのも知っている。
そのため、しっかりとスーパーに行った時にフルーツ牛乳を買い物かごに忍ばせていた。
記憶喪失と一緒に変わってしまったなら私が飲むし、どちらにしろ買っといて損は無いはずである。

…春樹くんのあのいい飲みっぷり…久しぶりに見れるのかな

ワクワク…

春樹くんの背中を見送り、私は一人の時間を過ごすこととなったのだが…

…寂しい…な

ペラペラとめくる本の音
ゆっくり呼吸して聞こえてくる息の音
彼を感じられる物が突然無くなった私は、寂しさを感じていた。

久しぶりに彼と過ごす家での時間を過ごしたことで、これまで不足になっていた春樹くんパワーが充電できたように感じていたものの、まだまだ充電不足なようで…中途半端なひとりと時間は、長い時間一緒にいれないより正直きついかもしれない。

生殺しみたいなものである。

「…ふぅ」

広くなったソファーに横たわった私は、春樹くんの温もりが残る部分に顔を埋め、ゆっくり呼吸をする。

…暖かい
…安心する

…でも、やっぱり足りない

春樹くんの…あの匂いも…温もりも
全部本物には勝てない。

どんどん薄れていく春樹くん要素
それに比例するように、私の心の中にはどんどん不安感や消失感に似た感情が滲み始める。

…ダメだ、今日はずっと春樹くんといたい…

でも…今春樹くんはお風呂だし…

…だめだめ、ここで我慢できなかったら春樹くんが困る以前に、生活に支障が出る。
それに、この後どうせゆっくりできるわけだし!その楽しみを増やす方向にこの気持ちを使っていこう!!

…使っていこう

…使って…………

…………

「うぅ……………」

無理な話である。

低く唸るように喉を鳴らしながら
顔が潰れるほどソファーに顔を埋めた私はグルグルの回る自分の欲求と理性を天秤にかけていた。

早く春樹くんと一緒の時間を過ごしたい。
でも…春樹くんはお風呂だし…

…春樹くん…

…春樹…くん…

………だめだめだ、気を保つんだ私!
私は春樹くんを支えられる人になるんだ、こんな姿を見られては春樹くんに愛想疲れてしまう。

私は顔を上げ、気を紛らわすように周りを見渡す。
何かいいものは…

その時ふと目に入ったのが、さっきまで春樹くんが読んでいた楠木先生の小説。

…そうだ、時間を潰すのに小説はピッタリだし、それにこのお話面白いから…多分没頭できるはず!内容そんなに覚えてないしね!

早速私は小説を手に取り、内容を読み進めるのだった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

数分後…

………

「だめだ…………だめだ……逆効果だ…」

小説の内容は恋愛
そりゃ…主人公とヒロイン2人のシーンが多いわけで、今私のしたいことが詳しく鮮明に書かれていてもおかしくない。
ドンピシャにその内容にやられてしまったわたしは、さらに頭を抱えることになってしまっていた。

「…あーーーもう!『俺…もっと強く抱きしめて貰わないと…忘れちゃうかもよ?』言われたら抱きしめたくなるし…今の春樹くんでイメージしちゃうから余計…うぅ…」

もう…忘れられたくない…

不思議と小説の主人公と春樹くんの姿を重ねてしまっていた私は、くっつきたいという願望と、記憶喪失という私のことを忘れているという現実がごちゃ混ぜになり、私の心を深く抉っていった。

浅くなる呼吸と、止まらなくなる冷や汗
として、不安感からくる涙腺への刺激が私をどんどんダメにしていく。

…だめだ…やっぱり…春樹くんともっと一緒にいたい。

……………

………

……



我慢できなくなっていた私は、考えるよりも先に体が勝手に動いていた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「…んー!!!…ふぅ」

自分の声がじんわりと響くお風呂場
そして、伸びをし終わって落ちてくる腕がちゃんぽんといい音を鳴らしながら湯船に沈んでいく。

初めて入ったはずなのに、やはり何故か懐かしさを感じるこの空間
たぶん、記憶を失う前も冬華さんのお風呂でのんびりと時間を過ごしていたかな…
今日はいろいろあったけど、無事に終わりそうだし…冬華さんの幸せそうな顔も見れた…!

やれることはやったよね。

それに、特に1番の収穫は記憶の1部を思い出せたこと。
まだ気になることもいっぱいあるし、聞きたいこともあるけど…せっかく楽しい雰囲気になってる今そんなこと聞けないよなぁ
…うん、また次の機会にして、今日は残りの時間をのんびり過ごそう!

…てことで

「…ふぅ……………」
肩までざっぷりと浸り
体の疲れがお湯に溶けていくような感覚を感じながら、ポカポカと体の芯から暖まっていく感覚を楽しむ。

…お風呂はやっぱりいいなぁ

…て、このまま何時間も入りそうな勢いだけど、この後冬華さんも入るんだ…そんなに長い時間入ってるのは申し訳ない。

そう考えた僕はもう少し入りたかった気持ちを押さえ込みながら、ガラリとお風呂のドアを開ける。

ガラガラ…

「…え」
「あ」

その時、僕の目の前に広がる景色は 
それは
僕の脱いだ洋服を抱き抱えてゆっくり深呼吸をしている冬華さんの姿だった。
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