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小石井家

麟太郎 15歳 三

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「一応息子だよ、おかあさん」

そう云った時の、あきらの顔が忘れられない。
泣きそうな、嬉しそうな、なんとも云えない顔。
やはり、息子に受け入れられるかどうか、それが一番の不安だったのかもしれない。

麟太郎が善行をしたような気持ちになっていると、あきらが抱きついてきた。
それは想定外だ。

「これからは、甘えてね。
出来る限りのことをするから」

どうやら、母としての抱擁のつもりらしい。
童貞とは云わないが、思春期の男に簡単に抱きついてはいけないと、知らしめねばなるまい。
麟太郎は、腕をその華奢な身体に巻きつけると力を入れた。
あきらの柔らかな胸が、麟太郎の肋骨に当たり潰れた。
その感触を楽しむことしばし。
あきらは真っ赤になって離れた。
その目は驚きに見開かれている。
麟太郎はにっこりと笑ってドアを閉めた。

「中学生か」

しかし胸の弾力は中学生ではない。
麟太郎は手を結んで開いた。
……触っておけばよかった。

昌武の恋人は両手に余るほどいた。
自宅に泊まることもあった。
その度に彼女達は、麟太郎に媚びた。
後妻の座を狙っていたのだろう。

さすがに昌武は、彼女達を主寝室へは入れたりしなかった。
一階の和室を客間としていた。

「麟ちゃんもママが欲しいでしょ?」

「お蔦さんがいるから、いらない」

爪を伸ばしている女に、麟太郎は不貞腐れた態度をとった。
蔦の影響で昭和のホームドラマばかり見ていた子供の麟太郎には、偏見による母親像があった。
樽のような体躯に割烹着だ。
茶色の髪をくるくる巻いたつけまつげのある女ではない。
 
麟太郎が、高校受験の準備にいそしんでいた頃。
昌武は三人ほど恋人を作っていた。

「麟ちゃん、お勉強見てあげよっか」

「いらない」

昌武の恋人はピンキリではあるが、一定水準を満たす美貌を備えていた。
学業にはばらつきがあったが。
その女は、学習机に向かう麟太郎の背後に付き、茶色の髪を垂らした。

「どれどれ?
ずいぶん難しいことやってるのね」

麟太郎の背中に、豊満な胸が押しつけられた。
耳に息を吹きかけられる。
ここで狼狽えては、女の思う壺だ。
たとえ下半身が反応していたとしても、無視を決め込むのだ。
麟太郎は冷静を装った。
百戦錬磨の女にとって、中学生の浅知恵など取るに足らないものだった。

「別のことも、教えてあげられるのよ」

その女は随分と色々なことを教えてくれた。
後から思うに、女は焦っていたのだ。
結婚してくれない昌武に。
何人いるかわからない恋人たちに。
当時の麟太郎には理解できず、部屋のドアに鍵をつけてもらうことしか出来なかった。

「桜木さんは、父さんのこと好きじゃないの?
どうせ結婚するなら桜木さんがいいよ」

麟太郎が上目遣いにねだると、桜木はるひは困ったような苦笑いを浮かべた。

「あー、私、ショタコンなんです。
麟くんが危険だわ」

「またそうやってからかう。
桜木さんがホントに変な人なら、とっくに俺を襲ってるよ」

桜木はるひは目をぱちくりさせた。
そして、青ざめた。

彼女がどう昌武に伝えたかはわからないが、昌武は女性関係を清算した。
自宅に連れてくることもしなくなった。

麟太郎は安堵する一方で、残念な気もしていた。
あれは本当に気持ちよかったので。

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