愛ではないもの

櫟 真威

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愛と云うにはあまりにも

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初めて会ったのは小学四年生の春、俺は十歳だった。
その身体には大きすぎるランドセルを背負い、よちよち歩いている少女。
登校班で一緒になった鏑木ゆたかは肩までの髪を揺らしてにこっと笑った。

「あきちゃん、おはようごじゃます」

「よう、ゆた」

「ゆたかちゃんおはよう」

「あ、ゆきにいちゃ、おはよ」

兄貴はわざわざ見送りに出てくる。
自転車なので見送ってからでも間に合うのだと云われた。
だが、ゆたかの、ぱあっと明るい笑顔は兄貴にだけ向けられることに気づいてからは、それがうっとうしい。

「そら、ゆた、いくぞ」

小さな背中をどつくようにせかす。
バランスを崩し、こけそうになったゆたかはなんとか足を踏ん張り、頬を膨らませ俺をにらむ。
視界を独り占めしたことで溜飲を下げる。

「ゆきにいちゃ、またね」

「ああ、気をつけて。
……明宏も」

「おお」

この、なんでもこなせる総領息子は俺の劣等感をほどよく刺激する。
三年は長い。
子供の三年は、かなり長い。
追い付くことも追い越すことも不可能だと思えるほどに。
愛らしい幼馴染みが兄貴に見惚れる度にその頭をこづいた。

必死だった。
勉強はもちろん、野球もサッカーもスキーも。
なにか兄貴を越えられるものはないかともがいた。
だが、どこまでいっても「大林征夫の弟」なのだ。

兄貴が大学に進み、家からも町からも離れた。
少し肩の力が抜けた。

ゆたかは中学生、セーラー服がとてもよく似合う。
髪を伸ばし始めたのは、兄貴がなんだか云うアイドルのファンだと聞いたからだ。
手足がまっすぐ伸び、少しのわがまますら可愛らしさのスパイスだ。

「あっちゃん、後ろ乗っけてよ」

「ばーろ、道交法違反だっつの」

「……あの、征兄ちゃんは、冬休み、どうする、のかな」

そう。
ゆたかが俺に話しかけるのなんて、兄貴の情報を引き出したいからだ。
わかってる。

「どうかな。
正月は顔出せって親父は云ってたけど」

「そう」

ゆたかは頬を赤らめた。
そんなゆたかを荷台に乗せ、俺は自転車を押す。
ゆたかは俺の肩に手を乗せた。
バランスが取りにくいのだろう。
触れられた肩が熱い。

「お前さ」

兄貴のことそんなに好きなのか。

「なぁに」

「兄貴、大学で彼女できたんだ。
バイトしたりデートしたり、忙しくなったから早々お前の相手なんてできねぇよ」

ゆたかは自転車を飛び降りた。
その勢いでこちらも転びそうになる。

「な」

「あきちゃんの、ばかあっ!」

ゆたかは真っ赤な顔をして叫んだ。

「大っ嫌い!」

その美しい唇で残酷な言葉を吐く。
駆けて行くセーラー服は振り返らなかった。

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

「でもねぇ、征夫ったら、アルバイトで忙しいから帰れないって云うのよ。
男の子ってだめね」

「あらそう、いえね、珍しく娘が勉強を頑張るから、征夫くんに教えてほしい、なんて。
あんな名門入れるくらいだから、あやかりたいのよ」

「いやだ、名門だなんて」

鏑木のおばさんが母とおしゃべりをしている。
家は二丁離れているが、気が合うのか仲良しだ。

「あら、明宏くん、今帰り?」

「こんにちは」

「あ、明宏はどう?
こいつも勉強はかなり頑張ってるのよ。
第二の征夫、目指してるわよ」

「兄貴なんて目指してねぇよ」

「冗談よ、いやね」

鏑木のおばさんが俺を真剣な目で見つめた。
こちらはどぎまぎする。
だって、おばさんはゆたかに似ている。
いや、ゆたかがおばさんに似てるのか。

「そうね、明宏くん、お願いできないかしら。
ゆたかの家庭教師」

「えっ」

「やってあげなよ、明宏。
ゆたかちゃん、あんたたちの高校行きたいんだって」

俺に断る理由などなかった。

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