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始業十五分前には会社に着くようにしている。
それよりも早くに出勤している女性社員がデスクを拭き清めていた。
自分も新人だからと手伝うようにしている。
というより、真面目な働き者、という印象を作りたい。
主に、自分の教育担当の杉下係長に。

「女の仕事だから、っていう人がほとんどなのにあなたは珍しいわね」

勤続八年オールドミスと呼ばれている柏木さんは誰に対しても当たりが柔らかい。
だが、新人いびりをするとの陰口を聞く。
真偽はわからない。

「ありがとう。
あとは大丈夫よ」

「はい、あっ」

鳴る腹を押さえて急いでデスクに向かう。
今日の仕事の準備を始める。

「なぁに?
朝ごはん食べてないの?」

柏木さんが布巾を片づけ戻ってきた。
会社に通いやすいところへ越したのだが、自炊はハードルが高い。

「はい。
あ、でも大丈夫です」

ビニールの袋をがさがさと開ける。
出勤途中に七時開店の商店ができたのは朗報だ。

「うわー。
おにぎりとかあるのね。
便利ね」

柏木さんがお茶を淹れてくれた。
こういう細かい配慮、新人には真似できない。
ひとつひとつ、先輩の身のこなしを盗んでいきたい。
お茶汲みは女、という時代は終わった。
できる社会人になるぞ。

「早く朝ごはん作ってくれる人、見つかるといいわね」

そこには適当に笑顔を返しておく。
正直に柏木さんに言うとちょっと面倒なことになりそうなので、そこはお茶を濁す。

「阿藤。
今日はS鉱業に行くぞ」

「はい。
おはようございます、杉下係長」

お待ちかねの杉下係長が出勤してきた。
スーツもネクタイもぴしっ、でも寝癖がちょこん。
この絶妙な隙。
さすがだ。

「柏木、例の見積さ」

「下準備はばっちりよ」

おお。
阿吽の呼吸。
さすが同期。
書類を確認している二人を見ながら感動する。
できる大人。
素晴らしい。
身近に目標がある環境は理想だ。
柏木さんを見習い、早速お茶を杉下係長に出す。
杉下係長は少し驚いたようだったが、湯呑みを取りがぶりと飲む。

「旨い」

至福。

「一人暮らしだったな。
朝は食えてるか」

「はい、コンビニ飯ですけど」

「自炊は大変だろうが、毎日それは良くないだろ」

なんでも、喫茶店では朝の七時からモーニングセットを提供しているのだとか。
知らないことがたくさんある。

「栄養のバランスと財布と相談しながら行ってみろ」

「ありがとうございます」

「そこは杉下くん、一緒に行こう、じゃないの?」

「柏木っ」

「ですよね」

「阿藤まで。
悪ノリしすぎだ」

外勤に向かう杉下係長の後をついていく。
杉下係長も一人暮らしのはず。
一緒に外食、しかもモーニング。
実現させるぞ。
手始めに、昼飯だな。

「昼、何食います?」


〈了〉



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