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蕗取り
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爪を真っ黒にしてまで下拵えをしたというのに、袋に入った蕗を見た小松崎渉は顔を顰めた。
蕗の煮物は彼の好物だったはずだ。
「いつ取ってきたんだよ」
え。
まさか、一緒に行きたかったとかいうのか。
車を走らせるのが好きでも、藪の中をかき分けて進むのは苦手だったと思ったが。
「次は誘うよ。
真柴も構わないと思うし」
しかし、小松崎の眉間の皺はさらに深くなる。
「真柴?と行ったの?」
「?
ああ、俺、道覚えられないから」
獣道だと方角がわからなくなり心許ない。
真柴はさすがの土地勘で、毎年季節になると、ぼりぼりやコクワや独活を山のように見つけてきて、皆に振る舞うのだ。
蕗の群生地もわかるというので連れて行ってもらったのだ。
「ああ、そうかよ」
小松崎は俺の差し出した蕗の袋を見もせずに背中を向けた。
地に唾でも吐きそうな雰囲気だ。
俺も流石にむっとした。
蕗の下拵えは簡単ではない。
手間と時間、しかも水が冷たい。
黒くなった爪の汚れはしばらくは落ちまい。
慣れない俺はこの作業に手練れの三倍はかかっていた。
その苦労を無下にされた。
ここは怒っていいはずだ。
「あのなぁ」
「……れだって」
「ん?」
「俺だって山菜くらい取れるっ」
「はぁぁ?」
「一昨年のぼりぼり、俺が取ってきたやつ、お前味噌汁にしたろ、喜んでたろ」
確かに一昨年、小松崎が山のようにぼりぼりを収穫してきた時があった。
俺は大いに喜び、味噌汁にしたり煮物にしたり、食べ尽くした。
どこに群生しているのか聞いたら、説明はできないと笑っていた。
「ああ、あれは美味かった。
でも小松崎、もう山なんかこりごりだ、一人では行きたくないってぼやいたろ」
「それは虫が、いやそんなことはどうでもいい。
とにかく」
「糸井、忘れ物だぞ」
呼ぶ声に振り返ると、真柴が歩いてくるところだった。
その手に紙を一枚持っている。
「あ、さんきゅな」
手を出して受け取ろうとすると、小松崎が先に手を伸ばしてそれを取り上げた。
怒りのためか顔が赤くなっている。
その紙をじっと見つめ、それから目を丸くした。
「なに、これ?」
「蕗料理のレシピだよ」
俺は小松崎から紙を取り上げた。
よほど強く握ったのかシワになっている。
「小松崎、蕗大好きだって云ってたろ。
どうせなら、美味しくして出したいじゃないか」
蕗取りの帰り道、
『なるほど、この度の蕗取りは小松崎のためってわけだ』
『まあな。
あいつも慣れない仕事で頑張ってるらしいから、慰労会みたいな感じかな』
と、そんな話になった。
『下拵えはここでしてけよ。
家のキッチンでやったら後片付けが大変だから。
今、ばあちゃん呼んでくるわ』
真柴の自宅の納屋そばにある水場で下拵えをしながら、真柴のばあちゃんにレシピを教えてもらったのだ。
「俺の、ため……?」
「真柴のばあちゃん直伝、これは旨いぞ」
「イチッ」
飛びついてきそうな勢いの小松崎から体をかわし、真柴に礼を云う。
真柴はなんだか吹き出すのを堪えているような顔をしている。
なにか楽しいことがあったのだろうか。
「まあ、喜んでくれたなら何よりだ」
真柴は帰って行った。
小松崎は先程とは打って変わった嬉しそうな表情で真柴に手を振っている。
まあ、機嫌が治ったならいいんだが。
「じゃ、早速作るとしますか」
《終》
蕗の煮物は彼の好物だったはずだ。
「いつ取ってきたんだよ」
え。
まさか、一緒に行きたかったとかいうのか。
車を走らせるのが好きでも、藪の中をかき分けて進むのは苦手だったと思ったが。
「次は誘うよ。
真柴も構わないと思うし」
しかし、小松崎の眉間の皺はさらに深くなる。
「真柴?と行ったの?」
「?
ああ、俺、道覚えられないから」
獣道だと方角がわからなくなり心許ない。
真柴はさすがの土地勘で、毎年季節になると、ぼりぼりやコクワや独活を山のように見つけてきて、皆に振る舞うのだ。
蕗の群生地もわかるというので連れて行ってもらったのだ。
「ああ、そうかよ」
小松崎は俺の差し出した蕗の袋を見もせずに背中を向けた。
地に唾でも吐きそうな雰囲気だ。
俺も流石にむっとした。
蕗の下拵えは簡単ではない。
手間と時間、しかも水が冷たい。
黒くなった爪の汚れはしばらくは落ちまい。
慣れない俺はこの作業に手練れの三倍はかかっていた。
その苦労を無下にされた。
ここは怒っていいはずだ。
「あのなぁ」
「……れだって」
「ん?」
「俺だって山菜くらい取れるっ」
「はぁぁ?」
「一昨年のぼりぼり、俺が取ってきたやつ、お前味噌汁にしたろ、喜んでたろ」
確かに一昨年、小松崎が山のようにぼりぼりを収穫してきた時があった。
俺は大いに喜び、味噌汁にしたり煮物にしたり、食べ尽くした。
どこに群生しているのか聞いたら、説明はできないと笑っていた。
「ああ、あれは美味かった。
でも小松崎、もう山なんかこりごりだ、一人では行きたくないってぼやいたろ」
「それは虫が、いやそんなことはどうでもいい。
とにかく」
「糸井、忘れ物だぞ」
呼ぶ声に振り返ると、真柴が歩いてくるところだった。
その手に紙を一枚持っている。
「あ、さんきゅな」
手を出して受け取ろうとすると、小松崎が先に手を伸ばしてそれを取り上げた。
怒りのためか顔が赤くなっている。
その紙をじっと見つめ、それから目を丸くした。
「なに、これ?」
「蕗料理のレシピだよ」
俺は小松崎から紙を取り上げた。
よほど強く握ったのかシワになっている。
「小松崎、蕗大好きだって云ってたろ。
どうせなら、美味しくして出したいじゃないか」
蕗取りの帰り道、
『なるほど、この度の蕗取りは小松崎のためってわけだ』
『まあな。
あいつも慣れない仕事で頑張ってるらしいから、慰労会みたいな感じかな』
と、そんな話になった。
『下拵えはここでしてけよ。
家のキッチンでやったら後片付けが大変だから。
今、ばあちゃん呼んでくるわ』
真柴の自宅の納屋そばにある水場で下拵えをしながら、真柴のばあちゃんにレシピを教えてもらったのだ。
「俺の、ため……?」
「真柴のばあちゃん直伝、これは旨いぞ」
「イチッ」
飛びついてきそうな勢いの小松崎から体をかわし、真柴に礼を云う。
真柴はなんだか吹き出すのを堪えているような顔をしている。
なにか楽しいことがあったのだろうか。
「まあ、喜んでくれたなら何よりだ」
真柴は帰って行った。
小松崎は先程とは打って変わった嬉しそうな表情で真柴に手を振っている。
まあ、機嫌が治ったならいいんだが。
「じゃ、早速作るとしますか」
《終》
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