神様自学

天ノ谷 霙

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ただいま

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「えっ」
羅樹の驚きの声と共に緑色をした淡い光が私の中に吸収されていく。溶け込むようなそれは私の周囲を星々のようにキラキラと照らし、弾けるように消えて行った。
「虹、様。今のは…」
「私からの贈り物です」
虹様はそれ以上何も言わなかった。視線だけで振り返り、意図を汲んだようにリーロが隣へと並んだ。そして深々とお辞儀をし、私と羅樹に言葉を掛ける。
「改めて夕音様、羅樹様。今回の件、本当にお疲れ様で御座いました。これにて我が主人あるじと共に、私も任から離れることになります。瞬きの間でしたが、どうもありがとう御座いました」
礼を言うのはこちらだと口を開こうとすれば、リーロは顔を上げて慈しみの表情を浮かべる。きっとその感謝には虹様との新たな関係への発展も含まれているのだろうと気付いて、同時に何も言えなくなった。
「私も、貴方がたの幸福を願っています」
その一言と共に、虹様とリーロはまた頭を下げる。これが本当の最後なのだと、嫌でも実感させられた。
「夕音、羅樹」
稲荷様が呼ぶ。振り返れば既に道が開かれており、屋敷にいた狐の一部が既にあちらへと渡っていた。
「帰るぞ、現世に」
そう言って差し出された手に、私が代表して手を重ねる。もう片方の手で羅樹の手を掴み、行きと同じように並んで繋がった。
「では、行って来ます」
「行ってらっしゃい、稲荷」
姉妹の会話は、たったそれだけだったけれど。私や羅樹と違って長い永い時を過ごす2柱ならば、いつかまた語り合う時が来るのだろう。いつか私がかつての恋音こいねさんのように命を失い、魂の管理者の元へ向かっても、きっと稲荷様は会いに来ない。会いに来られない。お互いの口約束でなった友人の関係は、人と神という地位の差に比べれば圧倒的に脆く不安定なもの。

けれど。

それでも、そんな時が来ても寂しいと思わないくらいに。

これからの時を、共に過ごしていけばいい。

そう思えるくらいには、やはりヒトは傲慢なのだろうと改めて笑ってしまった。
そうして狭間を旅立って、行きのような目まぐるしい景色の移り変わりではなく落下していくような浮遊感に高揚していたところ、いつの間にかふわりと足元が地面に着地していた。それは見慣れた稲荷様の住居で、畳張りの温かな香りがする和室だった。
先に到着していた狐達が、管理を任されていたカサマと共に喜び合っている。その横をすり抜けて障子を開くと、穏やかな春の日差しが部屋に差し込んで来た。
帰って来た。何事もなく、無事に。言いたいことをぶつけて、ぶつけられて、互いに学んで成長して。
「羅樹」
隣に並んだ彼に、選ぶことなく言葉が滑る。

「ただいま」

緩やかな笑みが、帰って来た実感と共に2人の間で弾けた。
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