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もう一つの蟠り
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蟠りが解け、微笑み合い、ようやくひと段落した。私は稲荷様に伝えたいことを全部ぶつけて怒り、稲荷様もそれを受け止めて私の気持ちに気付いてくれた。これで終わったと、私は稲荷様と共にいつもの世界に帰れると息を吐いた途端、重い衝撃が私に被さって来た。温いそれを見上げれば、焦茶の髪がふわりと私の視界を遮る。
「羅樹…?」
リーロの中に隠れていたが、その後否守様によって強制的に外に出されてしまった。羅樹は身体を震わせながら、私を抱き締めている。その力は強く、何かに怯えているかのようだった。不思議に思って記憶を辿り、ふと一つの答えに到達する。稲荷様とのやり取りが印象的過ぎて忘れていたが、羅樹は一度リーロの中から出て来ようとしていた。リーロが抑えるためにそちらに集中しなければならない程に、羅樹は強い感情を持って行動しようとしていた。
そのトリガーとなったのは。
「羅樹様」
羅樹の隣、そして私の前に跪いたのは、虹様。
かつて私を殺し、恋使の力を奪おうとした神様。
そして先程、稲荷様との会話の中で私への加害を肯定した存在。
「虹様…っ」
間に入ろうと声を上げるが、虹様は私の方を向いてふるふると首を横に振る。そういえば虹様は、私の護衛という任で今ここに戻って来ているだけで、本来は世界の禁忌を犯した身。力が戻された私には、もう付いている意味がない。それ故に恐らく、この一件が終わった時点で虹様はまた禊に戻ることが決定してしまったのだろう。
私1人ではここまで来られなかった。私1人では羅樹を連れて来るなんて決断を取れなかった。それを可能にしてくれたのに、私と稲荷様のために奔走してくれたのに、あんなに力を貸してくれたのに。そんな神様に対して、私は酷く無力だ。
もう怒ってない。許す・許さないの次元にいない。それでも羅樹は、そのことを知らされなかった故、今さっき私の危機を実感した彼だけは、まだ感情の精算が出来ないでいる。
「私の罪を、お知りになられますか」
鈴が転がるような、静かで凛と響く声。その声音に迷いはなく、私ばかりが焦燥と不安に取り憑かれている。
羅樹は顔を上げず、私の耳の後ろあたりに頭を押し付けていた。虹様の声に反応を返さず、ただ私を強く抱き締めている。
羅樹は、随分素直になった。私のことをどう思ってるかなんてちっとも分からなくて、長い片思いにずっとヤキモキさせられていたというのに。
けれど、それも。考え過ぎた故の結果なのだろうか。嫌われないように、離れないように、遠回しに最善策を取ろうとして前を見なかった故の。
ならば解決策は一つだ。話し合うこと。
だから、羅樹と虹様が話をすることを、待つ前に。
「羅樹。先に言っておくけれど」
私が先に、羅樹に話をしておかなければ。
「私は今生きているし、稲荷様と話をするのには虹様の協力が必要不可欠だった。そして私は虹様に感謝している。これだけは、忘れないで」
それだけ告げれば、羅樹はすんと鼻を啜って。こくりと虹様に向かって首肯した。
「羅樹…?」
リーロの中に隠れていたが、その後否守様によって強制的に外に出されてしまった。羅樹は身体を震わせながら、私を抱き締めている。その力は強く、何かに怯えているかのようだった。不思議に思って記憶を辿り、ふと一つの答えに到達する。稲荷様とのやり取りが印象的過ぎて忘れていたが、羅樹は一度リーロの中から出て来ようとしていた。リーロが抑えるためにそちらに集中しなければならない程に、羅樹は強い感情を持って行動しようとしていた。
そのトリガーとなったのは。
「羅樹様」
羅樹の隣、そして私の前に跪いたのは、虹様。
かつて私を殺し、恋使の力を奪おうとした神様。
そして先程、稲荷様との会話の中で私への加害を肯定した存在。
「虹様…っ」
間に入ろうと声を上げるが、虹様は私の方を向いてふるふると首を横に振る。そういえば虹様は、私の護衛という任で今ここに戻って来ているだけで、本来は世界の禁忌を犯した身。力が戻された私には、もう付いている意味がない。それ故に恐らく、この一件が終わった時点で虹様はまた禊に戻ることが決定してしまったのだろう。
私1人ではここまで来られなかった。私1人では羅樹を連れて来るなんて決断を取れなかった。それを可能にしてくれたのに、私と稲荷様のために奔走してくれたのに、あんなに力を貸してくれたのに。そんな神様に対して、私は酷く無力だ。
もう怒ってない。許す・許さないの次元にいない。それでも羅樹は、そのことを知らされなかった故、今さっき私の危機を実感した彼だけは、まだ感情の精算が出来ないでいる。
「私の罪を、お知りになられますか」
鈴が転がるような、静かで凛と響く声。その声音に迷いはなく、私ばかりが焦燥と不安に取り憑かれている。
羅樹は顔を上げず、私の耳の後ろあたりに頭を押し付けていた。虹様の声に反応を返さず、ただ私を強く抱き締めている。
羅樹は、随分素直になった。私のことをどう思ってるかなんてちっとも分からなくて、長い片思いにずっとヤキモキさせられていたというのに。
けれど、それも。考え過ぎた故の結果なのだろうか。嫌われないように、離れないように、遠回しに最善策を取ろうとして前を見なかった故の。
ならば解決策は一つだ。話し合うこと。
だから、羅樹と虹様が話をすることを、待つ前に。
「羅樹。先に言っておくけれど」
私が先に、羅樹に話をしておかなければ。
「私は今生きているし、稲荷様と話をするのには虹様の協力が必要不可欠だった。そして私は虹様に感謝している。これだけは、忘れないで」
それだけ告げれば、羅樹はすんと鼻を啜って。こくりと虹様に向かって首肯した。
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