神様自学

天ノ谷 霙

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神の愛

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否守いなもり様が小さく息を吸って、優しく微笑んだ。
「ここに居る全てのモノに告げます。他者と話をせず推測で行動すれば、何処かで必ず破綻が生まれましょう。相手は自分ではないのです。他の心を聞いたとて、それは伝えるための言葉ではなく自分で理解するための言葉なのですから、それだけで相手のことを全て理解出来るとは限りません」
その言葉は、私に向けられているのだろう。確かに稲荷様の心の声を聞いても、分からないことがあった。心の言葉は自覚していることだけを言語化するもので、根本的な無意識での認識に齟齬があれば理解することは難しくなる。その差異を埋めるための話し合いも出来ないため、それでは相手のことを正しく知ることは難しい。
言葉は、口にして初めて、相手の伝わるためのものとなるのだ。
「他者の心を聞けないならば尚更。手前勝手な行動よりも、相手と話し合い共に進む道の方がより良い結果を生むと、数多くの生きとし生けるモノを見てきた経験から思います」
この世界を司る神の2柱が1つ、否守様。誰よりも古く全てを統べてきた存在は、100年もない命を5分の1も生きていない私より余程多くの見を得ている。実感として語られるそれは何よりも重くて、そして何処か優しく諭すような声音を含んでいた。
そんな否守様が視線を動かし、稲荷様、私、恋音こいねさん、虹様、リーロと順に見つめる。その視線にすら慈悲が乗っているようで、その深さに眩暈がして来そうである。そんな穏やかな瞳が優しく細められて、静かに口を開いた。それは先程までの整えられた丁寧な口調ではなく、人智を超えた存在による圧倒的な力強さを感じさせるものだった。格の違いを理解させられるような、肌を震わせる畏怖を感じる。
「話をしなさい、もしくは書き留めなさい。そのせいで何か起こるのなら、それが怖いのなら私に言いなさい。その程度の処理くらい、私の手間にすらならない」
一度言葉を切って、呼吸を挟む。神である否守様には不必要なその動作が、厳かな雰囲気を纏っているように見えた。

「神だの何だのと煩わしいものがあるのなら、私が払ってみせましょう。そうして任せられる相手として、私がいるのだから」

胸元に手を置いて、堂々と声を張る。その言葉は耳に凛と響き、心の底から安堵するような、委ねたくなるような温かさを孕んでいた。

これが、神の優しさ。

稲荷様や虹様とは違う、縋りたくなるような圧倒的な光。神にもヒトにも全てに愛を注ぐ、慈しみの巡りだった。
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