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伝える感情
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教えなきゃ。
分かってもらわなきゃ。
私の気持ちを、全部、伝えなきゃ。
私の言葉に驚いた様子の稲荷様は、私の腕の中で固まっている。
「稲荷様、私、私が怒っていたのはですね、貴方が私の気持ちを聞かず、私の元から去ってしまったからなんですよ」
目を伏せて思い出す。力を抜かれたあの感覚と、同時に告げられたさよならの言葉。もう2度と会えない絶望感に、深く心を傷付けられた。
「私は、稲荷様が側に居なくとも幸せになれると思われていたことが嫌で、稲荷様がいなくことが私の幸せだと決めつけられたことが嫌で、稲荷様と会えなくなることが嫌だったんです。どうしてか、分かりますか?」
私の言葉に、稲荷様はふるふると首を横に振る。驚き故に思考を停止させようとする稲荷様に、だめですよ、と微笑んだ。
「考えてください。分かります。貴方は私を通して人の感情を見聞きして、知ったんですから。神様にとって本当は不要なものかもしれませんけど、私は稲荷様に必要なものだと思います。人に優しくて、人を想える稲荷様は、もう既に持っているものだから」
回した腕から温もりが伝わって来る。それはもしかしたら私の錯覚なのかもしれないけれど、けれど温度があると信じられる方が良い気がした。
「…っ嫌、だったのか…?わたしと、会えなくなるのが…」
「はい。すっごく嫌でした」
「それで、夕音の幸せが、なくなるかもしれないのに?」
「そんな訳ないでしょう?私の幸せを甘く見過ぎです、稲荷様。私は自分で前を向いて歩ける子なのでしょう。なら例え私が稲荷様のせいで幸せを手放したとしても、私は自分の幸せを掴むためにまた歩き出せます。そういう人なんだと、教えてくれたのは貴方です、稲荷様」
「…っ」
「それに、どっちかというと稲荷様が居なくなった時の方が幸せじゃないんです、私」
「…え?」
「稲荷様が近くにいる生活に、慣れすぎました。貴方と共にある日々が当たり前の幸せだったんです。貴方が奪った幸せはそれだけですよ。そしてそれは、貴方が私の前に帰って来てくれればまた受け取れる幸せなんですよ」
ぎゅう、と側にいることを確かめるように力を込める。それが幸せだと微笑んで見せれば、稲荷様はぱちぱちと赤い目を瞬いた。その中に、同じ色が柔らかく細められているのが映って見える。
「ヒントをあげます。稲荷様は、私と使の契約を切ってここに戻って来た時、どう思いましたか?」
その問いに稲荷様は少しだけ黙り込んで、おずおずと口を開いた。
「…夕音が近くにいないと思い出すだけで、胸が冷えるような感覚がして、何でもなく泣きたくなって、お腹が空いてるような気分になった」
「それを人は、"寂しい"というんですよ」
「…さみ、しい?」
「はい。私もそうだったんですよ、稲荷様」
ようやく一つ、稲荷様は自分の感情を学び始めた。
分かってもらわなきゃ。
私の気持ちを、全部、伝えなきゃ。
私の言葉に驚いた様子の稲荷様は、私の腕の中で固まっている。
「稲荷様、私、私が怒っていたのはですね、貴方が私の気持ちを聞かず、私の元から去ってしまったからなんですよ」
目を伏せて思い出す。力を抜かれたあの感覚と、同時に告げられたさよならの言葉。もう2度と会えない絶望感に、深く心を傷付けられた。
「私は、稲荷様が側に居なくとも幸せになれると思われていたことが嫌で、稲荷様がいなくことが私の幸せだと決めつけられたことが嫌で、稲荷様と会えなくなることが嫌だったんです。どうしてか、分かりますか?」
私の言葉に、稲荷様はふるふると首を横に振る。驚き故に思考を停止させようとする稲荷様に、だめですよ、と微笑んだ。
「考えてください。分かります。貴方は私を通して人の感情を見聞きして、知ったんですから。神様にとって本当は不要なものかもしれませんけど、私は稲荷様に必要なものだと思います。人に優しくて、人を想える稲荷様は、もう既に持っているものだから」
回した腕から温もりが伝わって来る。それはもしかしたら私の錯覚なのかもしれないけれど、けれど温度があると信じられる方が良い気がした。
「…っ嫌、だったのか…?わたしと、会えなくなるのが…」
「はい。すっごく嫌でした」
「それで、夕音の幸せが、なくなるかもしれないのに?」
「そんな訳ないでしょう?私の幸せを甘く見過ぎです、稲荷様。私は自分で前を向いて歩ける子なのでしょう。なら例え私が稲荷様のせいで幸せを手放したとしても、私は自分の幸せを掴むためにまた歩き出せます。そういう人なんだと、教えてくれたのは貴方です、稲荷様」
「…っ」
「それに、どっちかというと稲荷様が居なくなった時の方が幸せじゃないんです、私」
「…え?」
「稲荷様が近くにいる生活に、慣れすぎました。貴方と共にある日々が当たり前の幸せだったんです。貴方が奪った幸せはそれだけですよ。そしてそれは、貴方が私の前に帰って来てくれればまた受け取れる幸せなんですよ」
ぎゅう、と側にいることを確かめるように力を込める。それが幸せだと微笑んで見せれば、稲荷様はぱちぱちと赤い目を瞬いた。その中に、同じ色が柔らかく細められているのが映って見える。
「ヒントをあげます。稲荷様は、私と使の契約を切ってここに戻って来た時、どう思いましたか?」
その問いに稲荷様は少しだけ黙り込んで、おずおずと口を開いた。
「…夕音が近くにいないと思い出すだけで、胸が冷えるような感覚がして、何でもなく泣きたくなって、お腹が空いてるような気分になった」
「それを人は、"寂しい"というんですよ」
「…さみ、しい?」
「はい。私もそうだったんですよ、稲荷様」
ようやく一つ、稲荷様は自分の感情を学び始めた。
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