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稲荷の感情
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稲荷様はぐっと唇を噛んで、ゆっくりと気持ちを吐き出す。
「わたしは既に、伏見の運命を捻じ曲げてヒトの人生を壊した前科がある。その原因は、わたしと伏見の縁が濃くなりすぎたせいだと知った。こちらの世から引き離すために何度も伏見の魂と関わったことが、伏見の人生を壊すきっかけになったのだ。わたしはそうやって、関与したモノの人生を壊すことしか出来ない。姉神様もわたしのせいで、わたしが恋使を生み出したせいで、その血肉を摂取すればヒトとして生きられるなんて幻想を抱いた。わたしが恋使なんて生み出さなければ、姉神様は一縷の望みに縋ることもなく、壊れなかったかもしれないのに」
視界の端で、虹様がカッと頬を赤らめる。その感情が怒りと知って尚、私は彼女の動きを止めた。手の平で制止をかけ、目だけで言葉を告げる。今動いて言葉を切れば、また稲荷様は学ばずに先に進んでしまう。
「わたしのせいで、また誰かを壊したくない。夕音を、壊したくない。だから、夕音がもうわたしと関わることがないように、わたしみたいな此方の存在と関わることがないように、力を全部吸い取ろうと思った。力が無くなれば夕音はわたしを見ることもないし、いつか忘れて、ヒトとして暮らしていけると思ったんだ」
その考えは僅かに足りなくて、私はむしろそれによって命の危険に晒された。けれど虹様が居たから、私は危険に迫られることはなかった。
「だから、伏見を呼び寄せた。夕音が学校に行く時、必ず通るから。使であり世界が同一の伏見にだけ伝わる声で、伏見を呼んだ。そうすれば伏見から夕音に力が渡ることもなく、穏便に終わらせられると思ったのだ」
そうしてゆっくりと糸を断っていった。私と稲荷様の縁は、徐々に細くなり消えていく。それを待ち、その寸前で私の力ごと姿を消した。
そう、稲荷様は話す。
「夕音は。そう、違う、えぇと。だって」
次の言葉を探して、稲荷様が意味を持たない言葉の区切りを紡ぐ。何処まで話したのか、何処を話の終わりとするのか、混乱しているようだ。
「だって、そうしないと。わたしは夕音のことが好きだけど、わたしのせいで夕音が不幸になるのは許せなかったから。やっと、やっと夕音は想い人と結ばれたのに、ヒトとしての幸せを手に入れたのに、それをわたしは壊してしまうから。だから早く手放さないとって、思ったんだ」
ふと、気付く。稲荷様の温度で紡がれた言葉は、私が一方的に聞いたそれよりもずっと情に溢れていて。どうして私と使の契約を切ったのかに思い至った。
恋心などそこにはない。甘さもほろ苦さも含んだ生々しい感情は、そこにはない。
けれど、何ということだろう。恋愛でも親愛でも友愛でもない。それでも確かな"愛"が、そこに存在すると理解してしまった。
「わたしは既に、伏見の運命を捻じ曲げてヒトの人生を壊した前科がある。その原因は、わたしと伏見の縁が濃くなりすぎたせいだと知った。こちらの世から引き離すために何度も伏見の魂と関わったことが、伏見の人生を壊すきっかけになったのだ。わたしはそうやって、関与したモノの人生を壊すことしか出来ない。姉神様もわたしのせいで、わたしが恋使を生み出したせいで、その血肉を摂取すればヒトとして生きられるなんて幻想を抱いた。わたしが恋使なんて生み出さなければ、姉神様は一縷の望みに縋ることもなく、壊れなかったかもしれないのに」
視界の端で、虹様がカッと頬を赤らめる。その感情が怒りと知って尚、私は彼女の動きを止めた。手の平で制止をかけ、目だけで言葉を告げる。今動いて言葉を切れば、また稲荷様は学ばずに先に進んでしまう。
「わたしのせいで、また誰かを壊したくない。夕音を、壊したくない。だから、夕音がもうわたしと関わることがないように、わたしみたいな此方の存在と関わることがないように、力を全部吸い取ろうと思った。力が無くなれば夕音はわたしを見ることもないし、いつか忘れて、ヒトとして暮らしていけると思ったんだ」
その考えは僅かに足りなくて、私はむしろそれによって命の危険に晒された。けれど虹様が居たから、私は危険に迫られることはなかった。
「だから、伏見を呼び寄せた。夕音が学校に行く時、必ず通るから。使であり世界が同一の伏見にだけ伝わる声で、伏見を呼んだ。そうすれば伏見から夕音に力が渡ることもなく、穏便に終わらせられると思ったのだ」
そうしてゆっくりと糸を断っていった。私と稲荷様の縁は、徐々に細くなり消えていく。それを待ち、その寸前で私の力ごと姿を消した。
そう、稲荷様は話す。
「夕音は。そう、違う、えぇと。だって」
次の言葉を探して、稲荷様が意味を持たない言葉の区切りを紡ぐ。何処まで話したのか、何処を話の終わりとするのか、混乱しているようだ。
「だって、そうしないと。わたしは夕音のことが好きだけど、わたしのせいで夕音が不幸になるのは許せなかったから。やっと、やっと夕音は想い人と結ばれたのに、ヒトとしての幸せを手に入れたのに、それをわたしは壊してしまうから。だから早く手放さないとって、思ったんだ」
ふと、気付く。稲荷様の温度で紡がれた言葉は、私が一方的に聞いたそれよりもずっと情に溢れていて。どうして私と使の契約を切ったのかに思い至った。
恋心などそこにはない。甘さもほろ苦さも含んだ生々しい感情は、そこにはない。
けれど、何ということだろう。恋愛でも親愛でも友愛でもない。それでも確かな"愛"が、そこに存在すると理解してしまった。
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