神様自学

天ノ谷 霙

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稲荷の認識

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稲荷様の言葉には、終始"分からない"という疑問が付き纏っているようだった。姉神様である虹様の気持ちも、恋という現象も、かつてヒトの身でありながらヒトを嫌う恋音こいねさんの気持ちも。理解したいけど出来ない。それに至るための情報が足りない。集めるための手掛かりがない。そう困っているようだった。そんな稲荷様に差し伸べられた私という存在。それは稲荷様の言う通り役立ったようで、恋とヒトという疑問の種について、理解が深まったようだった。
「そうして初めて認識したヒトと恋という現象に、わたしは、いつの間にかのめり込んでいた。夕音と共にある未来を願ってしまった。それじゃあだめなのに。わたしはまた、伏見ふしみと同じようにヒトの命を奪う結果になってしまうからだめなのに、わたしはまた同じ"過ち"を繰り返したのだ。ヒトの未来が欲しいと、共にありたいと、そのせいでヒトの幸せを奪ったのに」
認識というのは、目の前の未知に区切りを付けて飲み込むための一つの作業だ。食事と同じ、そのままでは大きくて喉を詰まらすなどの混乱を齎らすそれを、噛み砕いて細かくして一つ一つを中に収める。そうすることで味や栄養を吸収するように、私達は情報を脳の中に吸収する。大きな塊では飲み込めないから、小さく分けるために細かな認識をする。そうして認識したものは初めて個として独立し、既知情報となる。肩凝りを知らぬ民族が肩の重さに疑問を抱かぬように、未知の情報に我々は疑問を抱けないのだ。
しかし稲荷様は知った。恋を、ヒトを、知ってしまった。
だからこそ稲荷様はその情報がもたらす副作用的な感情の変化を経験してしまう。ヒトに興味を持ち、恋に近しい感情を抱いてしまう。その先が私だったのだろう。けれどそれは新しい情報に浮かれた故の勘違いで、稲荷様は決して私に恋をしていない。虹様の時に感じたような燃える情熱を、私には向けていない。
どちらかというと、あるのは"依存"だ。
同じ過ちを繰り返したくないという恐怖。
その恐怖がかつて齎したのは、"寂しさ"だった。
ヒトに恋した虹様は、稲荷様の理解の及ばない暴力的で恐ろしい神様となった。怖くて怖くて、距離を置くしかなかった。
ヒトから使ツカイになった恋音さんは、ヒトと関わることを厭い、それを命じる稲荷様から逃げた。位の高いモノが職務放棄した存在を追うことも出来ず、距離が出来た。
稲荷様の側にいて、稲荷様が望んだ存在は遠くに行く。それが稲荷様に怯えとして残ってしまった、傷跡だ。
本当の"過ち"に気付けない、阻害要因だ。
言えない。言えるわけがない。
稲荷様は別のところに要因を見出したがる筈だ。寂しさ故に判断が鈍っているなど、気付ける筈もない。
だって稲荷様は、"寂しい"という概念を、まだ認識していないのだから。
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