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恋使の話 稲荷
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夕音は私を真っ直ぐ見て、やがて首を傾げた。
「私に出来ること、って?」
問われて、一瞬目を見開く。そこにはもう迷いなどないかのようで、こちらが気圧されてしまったからだ。わたしはふっと表情を緩めて、何がきっかけかを思い出す。
「…夕音が、願っていた事は恋愛だったな」
「…そう、神様はお見通しね」
一瞬目を瞠って、観念したかのように小さく微笑む。その頬は赤く染まっていて、瞼の裏には想う相手を浮かべているのだろう。いつも願っていた"羅樹"という、あのヒトのことを。
「だから、この役職が可能なのだ」
一拍置いて、あの名前を思い出す。あのヒトに与えた唯一の役職が、この子に似合うと思ったから。
「"恋使”という役職がな」
不思議そうな顔をする夕音に、そのまま言葉を続けた。
「"恋使"とは単純に力を持った者が恋をする、それだけだ。それだけの役目だ。わたしは恋という事象が何なのか知りたい。同時にヒトのことも知りたい。それ故にこの役職を置いた。恋使となれば周りの事情にも敏感になり、望めば知る事も出来るようになるだろう。神との交流もすることになるが、やるか?」
問い掛けたが、夕音の中で答えはもう決まっているようだった。開かれた朱色の瞳には、既に覚悟が宿っている。
「…やる。私が、出来るなら。友達を応援することも出来るのでしょう?」
「…あぁ、ありがとう」
そうして、夕音は恋使となった。わたしのために周囲の恋心を見聞きし、伝え、教えてくれた。そしてわたしのためだけでなく、自身の近しい人物達のために行動した。進むことを怖がる誰かの背を押し、恋故に誤った誰かに道を示した。そうしてヒトの身でありながら神に近しい力を手に入れたことで、何度も命の危機に瀕したけれど、それでも夕音は進むことを諦めなかった。命を奪おうとした姉神様のことを許したわけではなかったが、それでもその判断をこちらの世界に任せるくらいには情けをくれた。姉神様の失態で命を奪われかけたリーロの命をも救ってくれた。
そんな優しい子だから、進める子だから。わたしは情を掛けてしまった。頭を過ったのは、かつてわたしが関わったことでヒトとして生きる道を閉ざされたあのヒトのこと。同じようにあの子の道も、わたしが閉ざしてしまうのではないかと不安になった。ヒトとしての幸せをやっと手に入れたあの子を、想い続けた羅樹という人間と結ばれたあの子の幸せを、わたしが奪ってしまうのではないかと思った。
そして悩んで、愕然とした。
わたしは姉神様と同じ道を歩んでいるのだと、気付いてしまった。
夕音を失う恐怖よりも、共にありたいという気持ちが強くなっていることに、気付いてしまった。
「私に出来ること、って?」
問われて、一瞬目を見開く。そこにはもう迷いなどないかのようで、こちらが気圧されてしまったからだ。わたしはふっと表情を緩めて、何がきっかけかを思い出す。
「…夕音が、願っていた事は恋愛だったな」
「…そう、神様はお見通しね」
一瞬目を瞠って、観念したかのように小さく微笑む。その頬は赤く染まっていて、瞼の裏には想う相手を浮かべているのだろう。いつも願っていた"羅樹"という、あのヒトのことを。
「だから、この役職が可能なのだ」
一拍置いて、あの名前を思い出す。あのヒトに与えた唯一の役職が、この子に似合うと思ったから。
「"恋使”という役職がな」
不思議そうな顔をする夕音に、そのまま言葉を続けた。
「"恋使"とは単純に力を持った者が恋をする、それだけだ。それだけの役目だ。わたしは恋という事象が何なのか知りたい。同時にヒトのことも知りたい。それ故にこの役職を置いた。恋使となれば周りの事情にも敏感になり、望めば知る事も出来るようになるだろう。神との交流もすることになるが、やるか?」
問い掛けたが、夕音の中で答えはもう決まっているようだった。開かれた朱色の瞳には、既に覚悟が宿っている。
「…やる。私が、出来るなら。友達を応援することも出来るのでしょう?」
「…あぁ、ありがとう」
そうして、夕音は恋使となった。わたしのために周囲の恋心を見聞きし、伝え、教えてくれた。そしてわたしのためだけでなく、自身の近しい人物達のために行動した。進むことを怖がる誰かの背を押し、恋故に誤った誰かに道を示した。そうしてヒトの身でありながら神に近しい力を手に入れたことで、何度も命の危機に瀕したけれど、それでも夕音は進むことを諦めなかった。命を奪おうとした姉神様のことを許したわけではなかったが、それでもその判断をこちらの世界に任せるくらいには情けをくれた。姉神様の失態で命を奪われかけたリーロの命をも救ってくれた。
そんな優しい子だから、進める子だから。わたしは情を掛けてしまった。頭を過ったのは、かつてわたしが関わったことでヒトとして生きる道を閉ざされたあのヒトのこと。同じようにあの子の道も、わたしが閉ざしてしまうのではないかと不安になった。ヒトとしての幸せをやっと手に入れたあの子を、想い続けた羅樹という人間と結ばれたあの子の幸せを、わたしが奪ってしまうのではないかと思った。
そして悩んで、愕然とした。
わたしは姉神様と同じ道を歩んでいるのだと、気付いてしまった。
夕音を失う恐怖よりも、共にありたいという気持ちが強くなっていることに、気付いてしまった。
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