776 / 812
2つの関係
しおりを挟む
時の神に礼を告げて、私達はその場を後にする。いよいよ稲荷様の元へ向かう、そう考えると体の中心がうるさく跳ねた。
「…心配、ですか?」
「え?」
「…稲荷は臆病で、優しい子ですから。だから、全部取り返しがつかなくなる前に突き放したんだと思うんです。その行動こそが他を、夕音様を傷付けるとは気付けなかったんです」
虹様の方を向くと、困ったような笑みを浮かべているのが見えた。いつか稲荷様が、虹様のことを想って私に理解を求めた時と、同じような顔だった。
「夕音様は、稲荷が何を司っているかご存知ですか?」
「えぇと、聞いたことあるような…」
ないような。なんて誤魔化していると、虹様がくすりと笑って教えてくれた。
「稲荷が司るのは"豊作"です。ヒトが生きる源となる食物を、土地を、豊かにする力です。逆に奪い取り搾り取ることも出来ますが、上に命じられない限り稲荷はしないでしょう」
「…優しい、から?」
繰り返すように問い掛ければ、虹様はまた困ったような表情をする。ふるりと緩く首を横に振って、優しく微笑んだ。
「それもありますが、稲荷の力は影響範囲が曖昧すぎるんです。天候を司るわけではない。作物を荒らす動物を操れるわけでもない。けれど自然に干渉しヒトに干渉する。無意識の行使で十分、強いんです。だから力を振るうことを嫌う。誰かを強制することを嫌う。出来れば自由であって欲しいと、願ってしまうんです。稲荷は」
そう言って遠くを見つめる瞳には、優しく穏やかな光が灯っている。私の知らない2柱の絆は、きっとヒトの姉妹のように深くて、友人よりも理解していて、だからこそ少し離れたり近付いたりを繰り返して、けれど決して切れないものなのだと思い至った。きっと私と稲荷様の絆よりも深くて、どうしたって離れられない。相手が禁忌を犯そうとも、いつまでも同じ過ちを繰り返していたとしても、きっと見捨てることなんて出来ない。
その繋がりがどうしようもなく羨ましいけれど、私と稲荷様ではきっとそうなることは出来ないから。
それでも、近付くことは出来るのだろう。怒って、泣いて、貴方のそういうところが羨ましくて、そういうところが良くないのだと面と向かって言える、友人くらいには。
神と人という、差のある関係だけれど。使と主という関係を、解消した仲だけれど。
それでも私は、そのことを許せなくて、対等でいたくて叫んだのだから、関係を切りたくなくてここまで来たのだから、もう後は伝えるしかない。
貴方のことを諦めきれなくてここまで来たのだと、馬鹿な人間を笑ってもらうためにここまで来たのだと、私はそう叫ぶんだ。
「…心配、ですか?」
「え?」
「…稲荷は臆病で、優しい子ですから。だから、全部取り返しがつかなくなる前に突き放したんだと思うんです。その行動こそが他を、夕音様を傷付けるとは気付けなかったんです」
虹様の方を向くと、困ったような笑みを浮かべているのが見えた。いつか稲荷様が、虹様のことを想って私に理解を求めた時と、同じような顔だった。
「夕音様は、稲荷が何を司っているかご存知ですか?」
「えぇと、聞いたことあるような…」
ないような。なんて誤魔化していると、虹様がくすりと笑って教えてくれた。
「稲荷が司るのは"豊作"です。ヒトが生きる源となる食物を、土地を、豊かにする力です。逆に奪い取り搾り取ることも出来ますが、上に命じられない限り稲荷はしないでしょう」
「…優しい、から?」
繰り返すように問い掛ければ、虹様はまた困ったような表情をする。ふるりと緩く首を横に振って、優しく微笑んだ。
「それもありますが、稲荷の力は影響範囲が曖昧すぎるんです。天候を司るわけではない。作物を荒らす動物を操れるわけでもない。けれど自然に干渉しヒトに干渉する。無意識の行使で十分、強いんです。だから力を振るうことを嫌う。誰かを強制することを嫌う。出来れば自由であって欲しいと、願ってしまうんです。稲荷は」
そう言って遠くを見つめる瞳には、優しく穏やかな光が灯っている。私の知らない2柱の絆は、きっとヒトの姉妹のように深くて、友人よりも理解していて、だからこそ少し離れたり近付いたりを繰り返して、けれど決して切れないものなのだと思い至った。きっと私と稲荷様の絆よりも深くて、どうしたって離れられない。相手が禁忌を犯そうとも、いつまでも同じ過ちを繰り返していたとしても、きっと見捨てることなんて出来ない。
その繋がりがどうしようもなく羨ましいけれど、私と稲荷様ではきっとそうなることは出来ないから。
それでも、近付くことは出来るのだろう。怒って、泣いて、貴方のそういうところが羨ましくて、そういうところが良くないのだと面と向かって言える、友人くらいには。
神と人という、差のある関係だけれど。使と主という関係を、解消した仲だけれど。
それでも私は、そのことを許せなくて、対等でいたくて叫んだのだから、関係を切りたくなくてここまで来たのだから、もう後は伝えるしかない。
貴方のことを諦めきれなくてここまで来たのだと、馬鹿な人間を笑ってもらうためにここまで来たのだと、私はそう叫ぶんだ。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
野球の王子様3 VS習志野・練習試合
ちんぽまんこのお年頃
青春
聖ミカエル青春学園野球部は習志野に遠征。昨年度の県内覇者との練習試合に臨むはずが、次々と予定外の展開に。相手方のマネージャーが嫌味な奴で・・・・愛菜と取っ組み合い?試合出来るの?
四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~
幹谷セイ
青春
個性豊かな女子中学生たちが十二単のお姫様に変身!
バトルや恋愛を通じて強く成長していく陰陽師アクション!
千年前に命を落とした陰陽師・四季姫の生まれ変わりである少女たちが、新たなる使命を帯びて妖怪に立ち向かう平成絵巻。
春と夜とお風呂の帝国
吉野茉莉
青春
女の子が夜に散歩して出会った女の子と他愛もない話をする話です。(文庫本換算60Pほど)
ふんわりしつつやや不穏な感じの会話劇です。
全9話、完結まで毎日更新されます。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
それでも俺はあなたが好きです
水ノ瀬 あおい
青春
幼なじみの力也(リキ)から頼み込まれて啓南男子バスケ部のマネージャーになった吉井流星(ヨッシー)。
目に入ったのは睨むようにコートを見つめる女バスのマネージャー。
その姿はどこか自分と似ていると思った。
気になって目で追う日々。
だけど、そのマネージャーは男バスキャプテンのセイに片想いをしていた。
意外と不器用なヨッシーのバスケと恋愛。
翼も持たず生まれたから
千年砂漠
青春
中学三年生になったばかりの久保田奈緒は、塾帰りのある夜、古びた歩道橋の上で登校拒否児童で十一歳の白木星志に出会う。歩道橋の上から星空を眺めるのが好きだという実年齢より少し大人びた彼に惹かれた奈緒は、毎晩彼に会うために塾の帰りに歩道橋に立ち寄るようになった。
奈緒は誰にも言えなかった悩みを星志に打ち明け、更に彼と過す時間を大事にするようになったが、星志には奈緒にも打ち明けられない秘密があった。
お互いの孤独はお互いでしか埋められない二人。
大人には分かってもらえない、二人の心が辿り着ける場所は果たしてあるのか。
誰もが通る思春期の屈折の道に迷いながら進む彼らの透き通った魂をご覧ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる