神様自学

天ノ谷 霙

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3月27日 先にやるべきこと

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あの後カサマに協力を仰ぎ、やっと入り口を使わせてもらえることになった。といっても虹様の権力により半ば脅迫のような形だったが。終わったらカサマに謝りに行こうと思う。
稲荷様が作ったホールのようで、黄緑色の光を纏っている。それを虹様が気の流れを変化させ、一時的に使用を隠す。監視カメラの映像を一部編集して侵入を隠すようなものだろうか。そう考えるとかなり悪いことをしている気分になる。
『それではこの先は私が先導を。夕音様、羅樹様、逸れないようお手をお貸しいただけますか?』
虹様に言われるがままに2人で手を差し出すと、虹様の両手と繋がれて、何を言う間もなくホールの中に連れて行かれてしまった。心の準備も何もない。驚いて振り向けば、カサマが深々と頭を下げていた。
黄緑の光が運んだ先は、神達の楽園。人の世とは比べ物にならないほどに美しく、世界に光が散っている。振り向けば古風な邸。何処か霜月神社の本殿に似たそれは、霜月神社よりも遥かに大きく、遠くには狐が忙しなく動いているのが見えた。どうやらここは稲荷様の屋敷のようだ。
声を出す前に、虹様がぎゅっと私と羅樹の手を握る。
これは出発前に言われていたこと。稲荷様の元へ行く前にやっておきたいと言われていたこと。すぐに頷いて虹様の目を見ると、私と羅樹の意を汲んだ虹様がすぐに気を動かして、空を飛ぶように運ばれる。世界の行き来でなければ然程影響はないのか、私と羅樹は視界が回る程度で済んだ。そして行き着いた先は、塔のように高く聳え立つ、大きな大きな時計塔だった。
虹様は私と羅樹から手を離し、その入り口をノックする。するとドアに時計が浮かび、虹様は迷いもなく針を動かして合わせていく。よく見ると私達の住む世界では干支と呼ばれる動物が数字の代わりに描かれていた。その龍が指し示す場所に針を合わせると、時計がまたドアの中に馴染んでキィ、とドアが開く。外から見れば誰もいない高く聳え立つ螺旋階段と膨大な蔵書の収められた部屋だったが、虹様について中に入れば急激に空間が歪んだ。螺旋階段はなくなり、壁際に数個本棚が置かれた書庫のような場所に変わる。その中心には執務机があり、書類を弄っていたの手が止まる。顔を上げたそれは男性のような出立ちで、「驚いた」とこちらを見て呟いた。
「龍神が遥々珍しいことで。一体何の用事だい?」
稲荷いもうとが世話になったそうね。その続きみたいなものよ」
虹様は、その相手──時の神──に向けて、困ったように微笑んだ。
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