神様自学

3月24日 決行日

色々と不安はあれど、とりあえず同行者の決定とそれらを繋ぐ連絡手段の確保は終わった。
「あとは、いつ行くかとかも決めなきゃだね」
そう呟けば、話し合いのために再び姿を現した虹様が『え？』と首を傾げる。予定というものは人と方法と日付を決めなければならないものだと説明すれば、虹様は更に首を傾げてしまった。一体何が分からないのかと問い掛ければ、返って来たのは予想外の答えで。
『今から行くのではないのですか？』
「…え？」
『だってヒトは、すぐに命が尽きてしまう脆い生き物です。稲荷と恋音こいねのように、互いがこちら側のモノならば何十年、何百年と仲違いしていても取り返しが付くことがほとんどですが、ヒトと私達では、いつ離別が起こるか…分かりません、から…』
段々と弱々しくなる声は、恐らく昔恋に落ちたあの人間のことを思い出しているのだろう。戯れのような、永くを生きる神にとって瞬きのような間だけ触れ合ったヒトの子を。もう1度会えると信じて神の世に戻ったのに、次に来た時にはとっくに命が尽き果て消えていたあの人のことを。
禁忌を犯してまで結ばれようとした、愛する人のことを。
実際に見て来た記録がフラッシュバックする。けれど私は緩く首を振って、微笑みを返した。
「確かに人は脆く弱いものです。いつ死ぬかわからない。けれど虹様が思う僅かな時よりも、少しは長く生きられるようになりました。安心してとまでは言えませんが、一朝一夕でどうにかなることはそんなに多くありません」
事故とか災害とか、多くの死の気配は常に私たちの近くにある。けれどそれを自覚して生きていることは稀で、人間のほとんどは遥か先にある寿命を目指して生きている。老年と呼ばれる歳になっても、今の医療技術や何やらで死は先延ばしにされ続け、すぐ近くのそれを受け入れられるだけの時間は与えられるようになった。私はまだそれに到達するだけの時間も死の気配も感じていないから少し楽観的な部分もあるだろうが、他の人より死に近い経験をしているのもまた事実だ。
数年先延ばしにすれば永遠に仲違いしたままになる可能性もあるが、生憎私は怒りに満ちている。稲荷様に会ってガツンと一言言ってやらなきゃ気が済まない。だからそんなに時間を取ってやるつもりはないのだ。
「そもそも稲荷様のところへ行く方法はもうあるのですか？」
気になっていた方を問い掛ければ、虹様はあっさり頷く。羅樹は何やら分かっていない様子だが、私はその返答に驚いた。
『えぇ。一応私は稲荷あのこの姉のような立場です。位も一応上なのです。あの子がいくら抵抗したところで、上の力でこじ開けられたら勝てないものなのですよ』
にこりと笑って告げられたのは、年上や高位者の圧力と言っていいものなのだろうか。穏やかでない声のトーンに少し寒気がしたが、味方なら心強いと笑うしかなかった。
着々と準備は進んでいく。
「なるほど。だから今すぐ行っても問題ない、と」
『えぇ。稲荷の元へ行く前に、少し寄りたいところもありますし早めに動く方が良いかもしれません』
私は羅樹と相談し、この後について決めることにした。