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招かれた夢 羅樹
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思ってもみなかった言葉が、喉から零れ落ちた。夕音に笑顔でいてほしいのは僕の願いだけど、その後に繋いだ言葉は考えたこともない筈のもので。どうして、と無意識に喉元を押さえると、その手に雫が落ちた。その水滴の痕を辿ると、どうやら目から溢れているようで。泣いているのだと、初めて気付いた。その理由すらも訳が分からなくて、混乱する。
どうして僕は泣いているのだろう。
どうして僕はあんなことを言ったのだろう。
夕音が笑ってくれるなら、何処に居たって構わない筈だったのに。
"臆病者"
誰かの声が脳内に響く。いつか夢で見たような、金色の糸が真っ白な空間に揺らめく。その色はどうしたって夕音に似ているのに、纏う雰囲気も言葉の鋭さも何もかもが違う。いつだって僕を怒る時に夕音の瞳に込められていた気持ちが、ない。
嫌悪と、苛立ちと、羨望の混ざった瞳だった。
"そうやって、自分に嘘ばっかり吐いて"
この言葉はいつ聞いたものだろう。思い出せないけど、何処かで言われた言葉だと確信している。
"一つ、いいことを教えてあげるわ"
"本当に傍に居なくても良いのなら、『待って』なんて言葉は出てこないのよ"
見透かしたような言葉に、今更ながら息を呑む。
どうして忘れていたんだろう。
どうして隠していたんだろう。
僕はあの日、幼い夕音が消えるのを見た瞬間、
───『待って』と、大声で叫んだのに。
ずっとずっと、夕音が何処かで笑っているならいいと思っていた。夕音が幸せなら、僕の側に居なくてもいいと諦めていた。
だって、僕の本当の気持ちは、ヒーローみたいな夕音の行動を縛るもので。
皆を助けたいと怒る彼女を引き止めるもので。
そんな気持ち、許される筈もないことで。
誰かの幸せより僕の願いを取るもので。
夕音の意思より、僕の恐怖を選ぶもので。
そんなのいけないことだから、夕音を自由にさせるためにずっと、ずっと偽って来た。
いつの間にか、それが本音だと思い込むくらいに。
あの夢の中で自覚した本当の本心は、それだけ自分勝手なものだった。夕音の側に居たい。一緒に居たい。僕の知らない夕音が見たい。そんな夕音を知っている、あちらの世の存在が許せない。
あの虹様とかいう神様から聞いた、あちらの世の存在は夕音のことをきちんと見ていない。夕音のことを便利な道具としか見ていない。夕音の意思も個も全部無視した酷い奴らだ。
だから、そんなモノに盗られないように、夕音に良い顔をして来た。夕音が僕を嫌がって離れないように、自分勝手な気持ちは封じ込めた。
そうしたら、夕音とずっと一緒に居られると思ったから。
その考えこそ、酷く自分勝手なものなのに。
"私、やっぱり人間が嫌いだわ"
僕をここに呼んだそれは、心の底から嫌そうに毒を吐いた。その顔は夕音と似ているけれど、その表情には哀しみが宿っていて。そして緩やかに微笑んだ。
"私を、見ているみたい"
そうして煙に消えた空間は、最後に彼女の自己嫌悪を残して跡形もなく、現実へ戻って来た。
どうして僕は泣いているのだろう。
どうして僕はあんなことを言ったのだろう。
夕音が笑ってくれるなら、何処に居たって構わない筈だったのに。
"臆病者"
誰かの声が脳内に響く。いつか夢で見たような、金色の糸が真っ白な空間に揺らめく。その色はどうしたって夕音に似ているのに、纏う雰囲気も言葉の鋭さも何もかもが違う。いつだって僕を怒る時に夕音の瞳に込められていた気持ちが、ない。
嫌悪と、苛立ちと、羨望の混ざった瞳だった。
"そうやって、自分に嘘ばっかり吐いて"
この言葉はいつ聞いたものだろう。思い出せないけど、何処かで言われた言葉だと確信している。
"一つ、いいことを教えてあげるわ"
"本当に傍に居なくても良いのなら、『待って』なんて言葉は出てこないのよ"
見透かしたような言葉に、今更ながら息を呑む。
どうして忘れていたんだろう。
どうして隠していたんだろう。
僕はあの日、幼い夕音が消えるのを見た瞬間、
───『待って』と、大声で叫んだのに。
ずっとずっと、夕音が何処かで笑っているならいいと思っていた。夕音が幸せなら、僕の側に居なくてもいいと諦めていた。
だって、僕の本当の気持ちは、ヒーローみたいな夕音の行動を縛るもので。
皆を助けたいと怒る彼女を引き止めるもので。
そんな気持ち、許される筈もないことで。
誰かの幸せより僕の願いを取るもので。
夕音の意思より、僕の恐怖を選ぶもので。
そんなのいけないことだから、夕音を自由にさせるためにずっと、ずっと偽って来た。
いつの間にか、それが本音だと思い込むくらいに。
あの夢の中で自覚した本当の本心は、それだけ自分勝手なものだった。夕音の側に居たい。一緒に居たい。僕の知らない夕音が見たい。そんな夕音を知っている、あちらの世の存在が許せない。
あの虹様とかいう神様から聞いた、あちらの世の存在は夕音のことをきちんと見ていない。夕音のことを便利な道具としか見ていない。夕音の意思も個も全部無視した酷い奴らだ。
だから、そんなモノに盗られないように、夕音に良い顔をして来た。夕音が僕を嫌がって離れないように、自分勝手な気持ちは封じ込めた。
そうしたら、夕音とずっと一緒に居られると思ったから。
その考えこそ、酷く自分勝手なものなのに。
"私、やっぱり人間が嫌いだわ"
僕をここに呼んだそれは、心の底から嫌そうに毒を吐いた。その顔は夕音と似ているけれど、その表情には哀しみが宿っていて。そして緩やかに微笑んだ。
"私を、見ているみたい"
そうして煙に消えた空間は、最後に彼女の自己嫌悪を残して跡形もなく、現実へ戻って来た。
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