神様自学

3月24日 向き合えた本音

ぼたぼたと、羅樹の瞳から大粒の涙が零れ出す。手のひらに落ちた雫を驚いたように確かめて、その出所を探るように自身の頬を撫でる。そして泣いていることに気付いて愕然としてから、何かを考え込むように瞳を揺らした。顔を覆って、泣き始める。やっと分かったと、小さく唇が紡ぐ。私が慌てて側に寄り手を伸ばすと、羅樹はその手を掴んで弱々しく握って来た。
「…っぼく、は…」
「うん？」
羅樹が目を閉じながら言葉を捧ぐ。その端からは止めどなく涙が溢れて来ており、私はそれを拭ってやることも出来ない。ただ、羅樹の言葉を待つだけだ。
「…僕、本当はずっと、怖かった」
ポツリと呟かれたのは、先程と同じ恐怖を告げる言葉で。それでも先程と違う意味が込められていると、直感的に気付いた。
「…昔、夕音が目の前で消えるところを見た。あの時、凄く怖くて、泣き叫んだ。何度呼んでも夕音は返事、してくれなくて。いつも呼んだらすぐ振り返ってくれるのに、あの日だけは僕に気付いてくれなかった」
「…うん、ごめんね」
多分神の世界に隔離されて、声が届いていなかった。幼かったから、聞き取れなかった。
今更ながら謝ると、羅樹はふるふると首を横に振る。
「あの時は知らなかったけど、夕音は神様のところに行ってたんでしょ？それなら気付けなくても、多分、そういうものなんでしょ？だから仕方ないって、夕音がヒトじゃないものと交流があるって、分かってる。でも、でもね」
羅樹が手にぎゅっと力を込める。強く握られた手は、少しだけ震えていた。
「本当は嫌なんだ。渡したくない。返してほしい。行かないでほしい。本当は、ぜんぶ、嫌。夕音には、僕の隣にいてほしい。ずっと、ずっと笑っていてほしい。苦しいのも、痛いのも、呪いとか全部関係ないところで、ずっとずっと幸せに笑っていてほしい」
しがみつくような手付き。一つ一つの言葉の重み。悲しいくらいに真っ直ぐで、痛いくらいに愛されたその言葉。初めて羅樹の口から聞いた本音は、私が勝手に聞いていた心の声よりも酷く重くて。私はとうとう、羅樹が自分にも嘘を吐いていたことに思い至った。
「ヒーローみたいな夕音が好き。僕を救ってくれる夕音が好き。いつだって僕に手を差し伸べてくれる、優しい夕音を愛してる。でも、でもね、時々、思うんだ。そっちに行かないでって。僕を置いて行かないでって。僕を、"連れて行って"って」
「！」
泣きじゃくる羅樹の言葉。それは私が想定していた一つの答えで。伝えたら、安心してくれるのかと、少し心が震えた。
「…羅樹、も、来てくれるの？」
「…え？」
「私が連れて行くって言ったら、羅樹も神様のところに、一緒に行ってくれる？」
手を握り返して問い掛ける。「いいの？」と震えた唇に頷きを返すと、くしゃりと表情が歪んだ。
「…僕を、置いて行かないでくれるの？」
「うん。私が羅樹を置いて行きたくないの」
羅樹の上半身が頽れる。私はそれを支えるように抱き締めて、羅樹の涙を受け止めた。