神様自学

天ノ谷 霙

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3月24日 入れられなかった話

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閉幕後の手伝いを買って出ると、助かるけれど大丈夫だと断られてしまった。どうやらそういった面でも後輩を育てる必要があるから、甘やかしてはいけないらしい。普段仲が良い分、きっちりと公私で分けなければならないとのことだった。そう言って霙と由芽の2人は片付けに帰ることになった。雪くんが嫌がったけれど、後で迎えに来ると霙に言われ富くんに引き剥がされたこともあり、渋々手を離していた。
交代で淑乃がやって来る。どうやら私達の存在に気付いて、いつ話しかけようか機会を伺っていたらしい。
「よしのん流石の内容だったよ~!」
「例年と変わらない作風でありながら、淑乃ちゃんの持ち味も出ている作品だったと思うわ」
「文化祭の時も思ったけど、必要な死を描くのが上手いよなぁ…痛い痛いごめんって雪何でお前そんなになってんの??」
「…」
今の雪くんに「死」という単語は禁句らしい。
…羅樹も今の演劇を見たら同じようになるのかもしれない。私がいなくなることを恐れていた彼なら、目の前で溶けたセイの姿に私を重ねてしまうかもしれない。
羅樹が来れなくて良かった、と思わず考えてしまった。
「ありがとう。騙し合いの描写とか難しくて、結構大変だったな…入れたくても入れられなかった話とかもあるし」
「どんなの?」
「実はね、セイがアマネを連れて地獄を歩いた時、綺麗なものがいくつかあったでしょ?あれはね、人の視野の狭さを表したかったんだ」
「…え?」
「視野の狭さ?」
「そう。人って一点に集中したら他のことって目に入らなくなるでしょ?だから怖いもの、恐ろしいものに集中して気付かなかったアマネと、その外側にある大切なものを教えてくれるセイとで、今までの演劇みたいに狭い視野を揶揄したかったんだけど…難しくて削っちゃった」
「なるほど、確かに言われてみれば私たちも見てる時は気付かなかったわ。セイくんが教えてくれて初めて、綺麗だな、って思ったもの」
「言葉も切ったりすることで話者の意図と聞いた方の解釈で変わるようにしたんだ。あんまり上手く出来なかったけど…でも演劇部の皆の演技で、すっごく良いものになったと思う。私、また書きたくなった」
「リアルだったよなぁ。演技だけじゃなくて、切り替えとか舞台の使い方とか上手かった」
「そういうのは霙と由芽がいる時に言ってあげなさいよ」
紗奈に肘で突かれて、富くんが苦笑いを浮かべる。霙が腐れ縁に近い関係のせいか、真正面から気恥ずかしいようだ。由芽にも情報屋かつ学級委員という権力のせいか、迂闊に変なことを言えないと肩を竦めていた。
そんな皆の話を聞きながら、私は頭の中で淑乃の言葉を反芻する。

"集中したら他の事に何も気付けなくなる視野の狭さ"

"話者の意図と読者の解釈の違い"

じわりと、冷や汗のような焦燥感が心臓の奥に滲んだ。
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