750 / 812
"化かし日和のともしび" 7
しおりを挟む
セイ(由芽)の肩に顔を埋めて泣いていたアマネ(霙)は、その肩越しに見えた景色に息を呑んだ。自分が吐いた呪詛のような悪口が、この世界に溶けて消えたからだ。
「…え?」
驚いた瞬間、辺りに光が灯る。飛び降りて来た崖の前で、アマネはセイに縋り付いている。顔を上げたアマネに、セイはきょとんと首を傾げた。
「いま、今、私の、言葉が」
焦ってはくはくと空を噛みながら紡がれた言葉に、セイは「あぁ」と呟き、スッと目を細めて頷いた。
「そうだよ。ここは、君達の言う"地獄"。人が罪を罰する為に生み出した世界。でも、でもね?本当にそんな世界が、人間の住む場所以外にあると思う?」
「──え」
セイはアマネから手を離して、くるりと回った。近くで灯火が揺らぐ。髪も大きな尻尾もピンと立った耳も服も、真っ白なセイの姿はどこもかしこも暗い赤色で塗られた世界によく映えた。
「ここは人の心や噂によって出来た世界。人が苦しんだこと、人が苦しいと叫んだこと。その全部で出来た世界。ここはね、人が生み出した世界なんだよ」
「人、が…生み出した、世界…?」
「そう。だからさっきアマネが吐き出した言葉はこの世界に吸収された。それと同じように、君達生者の恨み辛みは全てこの世界に流れ込み溶けていく。それやって出来たのが、この"地獄"と呼ばれた世界なんだ」
アマネは驚いた。地獄が本当に存在するかなんて分からないけれど、皆存在するという前提で行動していて。だから、順序が逆だなんて思わなかった。現世と同時に地獄が出来て、それらが怖いから私達は真っ当に生きる。けれど本当は逆で、現世で生きる私達が痛みや苦しみを嘆くから、その感情が流れ込んで、この世界を地獄に変えたのだ。
さながら、悪感情のゴミ捨て場だ。
流れつき、埋め立てて。私達の心を蝕むそれを、世界が肩代わりする。
なんてことだ。この世界を膿ませたのは私達人間だったのだ。最初この世界に来たとき怯えたのは、その対象は、人の心だったのだ。
アマネは初めて、この世界の理に触れた。
「…じゃあ、セイは?セイは、一体、何なの…?」
誰なの、とすら聞けなかった。人なのかすら分からない。こんな悪感情の中で唯一息を吸えるそれは、生き物と言えるのかもわからない。
戸惑いながら問い掛けると、セイはくすりと笑って真っ直ぐにアマネを見つめた。
「僕はこの世界の管理人。人の心は悪意や恨み辛みを流したがるものだからね。流れ込むのはそういうのが多いんだ」
改めてセイの役割を聞いて、愕然とする。この世界に怯えていなかったのも、この世界に踏み入ることを注意したのも、全部全部納得がいく。アマネが目を丸く見開いて見つめていると、セイは肩をすくめて世界を見上げた。
「それが他の世界に影響を及ぼさないか、見極めるのがお仕事。でもまぁ、多すぎてもう管理なんて出来そうにないんだけどさ」
「多すぎて?」
「そう。あまりにも多すぎて世界に留めておけないんだ。アマネなら心当たり、あるでしょう?」
「?」
セイの問い掛けに驚いて悩む。そして数秒して、ハッと息を呑んだ。
「───大災害」
ここに来るきっかけとなった出来事。その景色が、アマネの脳内を滑った。
「…え?」
驚いた瞬間、辺りに光が灯る。飛び降りて来た崖の前で、アマネはセイに縋り付いている。顔を上げたアマネに、セイはきょとんと首を傾げた。
「いま、今、私の、言葉が」
焦ってはくはくと空を噛みながら紡がれた言葉に、セイは「あぁ」と呟き、スッと目を細めて頷いた。
「そうだよ。ここは、君達の言う"地獄"。人が罪を罰する為に生み出した世界。でも、でもね?本当にそんな世界が、人間の住む場所以外にあると思う?」
「──え」
セイはアマネから手を離して、くるりと回った。近くで灯火が揺らぐ。髪も大きな尻尾もピンと立った耳も服も、真っ白なセイの姿はどこもかしこも暗い赤色で塗られた世界によく映えた。
「ここは人の心や噂によって出来た世界。人が苦しんだこと、人が苦しいと叫んだこと。その全部で出来た世界。ここはね、人が生み出した世界なんだよ」
「人、が…生み出した、世界…?」
「そう。だからさっきアマネが吐き出した言葉はこの世界に吸収された。それと同じように、君達生者の恨み辛みは全てこの世界に流れ込み溶けていく。それやって出来たのが、この"地獄"と呼ばれた世界なんだ」
アマネは驚いた。地獄が本当に存在するかなんて分からないけれど、皆存在するという前提で行動していて。だから、順序が逆だなんて思わなかった。現世と同時に地獄が出来て、それらが怖いから私達は真っ当に生きる。けれど本当は逆で、現世で生きる私達が痛みや苦しみを嘆くから、その感情が流れ込んで、この世界を地獄に変えたのだ。
さながら、悪感情のゴミ捨て場だ。
流れつき、埋め立てて。私達の心を蝕むそれを、世界が肩代わりする。
なんてことだ。この世界を膿ませたのは私達人間だったのだ。最初この世界に来たとき怯えたのは、その対象は、人の心だったのだ。
アマネは初めて、この世界の理に触れた。
「…じゃあ、セイは?セイは、一体、何なの…?」
誰なの、とすら聞けなかった。人なのかすら分からない。こんな悪感情の中で唯一息を吸えるそれは、生き物と言えるのかもわからない。
戸惑いながら問い掛けると、セイはくすりと笑って真っ直ぐにアマネを見つめた。
「僕はこの世界の管理人。人の心は悪意や恨み辛みを流したがるものだからね。流れ込むのはそういうのが多いんだ」
改めてセイの役割を聞いて、愕然とする。この世界に怯えていなかったのも、この世界に踏み入ることを注意したのも、全部全部納得がいく。アマネが目を丸く見開いて見つめていると、セイは肩をすくめて世界を見上げた。
「それが他の世界に影響を及ぼさないか、見極めるのがお仕事。でもまぁ、多すぎてもう管理なんて出来そうにないんだけどさ」
「多すぎて?」
「そう。あまりにも多すぎて世界に留めておけないんだ。アマネなら心当たり、あるでしょう?」
「?」
セイの問い掛けに驚いて悩む。そして数秒して、ハッと息を呑んだ。
「───大災害」
ここに来るきっかけとなった出来事。その景色が、アマネの脳内を滑った。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる