神様自学

天ノ谷 霙

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3月20日 怒ってる

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「ふはっ」
話の途中で自分の感情に思い至り思わず呟いた私の隣で、羅樹が唐突に吹き出した。何事かと視線を向ければ、口元を手の甲で押さえて肩を震わせている。もう片方の手では腹を押さえ、くっくっと必死に笑い声を堪えていた。怪訝な目を向ければ、ごめんごめんと笑み混じりの謝罪が返される。
「夕音は、本当に夕音だなぁ」
「どういう意味?」
「夕音はいつも怒ってるよね」
「は?」
何故いきなり短気扱いされたのだろう。否定出来ないくらい反射的に怒りが湧く。大体怒ってるのは羅樹に対してなので羅樹がそう思うのも無理はないと思うが、今このタイミングで言うことだろうか。無意識に目の周囲に力が入る。その怒り顔に気付いたのか、羅樹はぶんぶんと両手と首を振った。
「夕音はいつも、誰かのために怒ってる」
「…そう?」
「うん。疲れた時、痛い時、苦しい時、寂しい時。いつも代わりに怒ってくれる。どうしてこんな酷いことをするんだって怒って、それを解決するために走ってくれる。僕はずっと、ヒーローみたいに皆を助ける夕音を見て来たんだ」
「…そんな、解決、してたっけ」
「してるよ。少なくとも僕は何度も助けられてる。きっと夕音が神様の使つかいとしてやったことも、たくさんの人を助けて来たと思う。だから、僕はそんな夕音が誇らしい」
「…」
怒りを抱いたことを、考えてみる。
今まで関わって来た人との出来事を、考えてみる。
体育祭をいたずら様に邪魔されて怒った。解決するために、話に行った。
明が好意を怖いと言った時、そんな気持ちにさせた相手に怒った。恐怖させる出来事を生み出した噂に怒った。そしてそれを共に乗り越えられると思えた鹿宮くんの背を押した。
虹様が私を呪おうとした時、その視野の狭さに怒った。庇ってくれたリーロを助けるために、恋音こいねさんの力を借りた。
澪愛みおうの女性だけが負う苦痛にせん様が晒された時、その理不尽さに怒った。しなくても済む方法を探し、桜の木に助けを求めた。
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稲荷様と恋音さんの仲違いに怒った。互いが互いを大切に思うが故のすれ違いを指摘した。話し合おうとそれぞれに声をかけた。
他にもたくさん、たくさん、怒っていた。
怒りの根本を見つめ、絶対に許してなるものかと追い出した。人の中から、関係の中から、社会の中から、心の中から。怒りに繋がるものは、苦しめるものはみんなみんな追い出した。
どうして?
だって。答えようとして、答えに詰まる。私はいつも怒りを抱いていたのに、どうして抱いたかの答えも知っているのに、それらを引っくるめて何が癪に触ったのかは言い表せない。言葉に詰まっていると、羅樹がくすりと笑った。
「夕音はいつも、自分のことのように怒ってくれる。それが夕音にとっての"当たり前"だから、夕音は大切な人の怒りも苦しみも悲しみも、全部背負って"怒り"に変えてくれる。堪えなくていいって、全部吹き飛ばしちゃえって怒ってくれる。それが夕音だから」
「私、だから?」
頷く羅樹に、私は目を丸くする。理由がない怒りなんて、そんなの、いいのだろうか。不安になる私を笑い飛ばすように、羅樹は弾んだ声を上げる。
「皆のことを想って、皆のことを大切にしてくれる夕音だから。傷付くのは駄目だって胸を張って言える夕音だから。そんな夕音だから誰かのために怒って、走って、戦って。もう傷付かなくていいんだって、笑ってくれるんだ」
羅樹は柔らかな笑みを浮かべて、私の額に額をくっつけた。
「僕は、そんな"夕音ヒーロー"が大好きだよ」
海に溶けるような優しい声音で、羅樹はそう呟いたのだった。
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