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3月20日 たった一つの感情
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私と羅樹は海沿いに少し歩き、他からほとんど見えない岩陰で話をすることにした。何処から話すべきだろうか、と少し悩む。ここ数日で起こったこと以外は大体以前羅樹に話してしまったし、その時話さなかったことは出来れば羅樹には話したくない事柄が多い。呪いとか殺されそうになったとか殺しそうになったとか、そういったヒトの手を離れた命の交換がない混ぜになった話は正直したくない。きっと羅樹は心配してくれるし、私のことを想って力やあちらの世との関わりについて制限を言い渡すだろう。
私は、それらを守れる自信がなかった。
あの日、羅樹が止めたら私は必ず気付くと宣言しておいて、羅樹の顔が過ったのにも関わらず、ここにいる。止められないと知ってしまったから。羅樹が止めないと分かっていたから。私は自分の歩み方を止められないと気付いてしまったから。
変える予定のないものをわざわざ話して、軋轢など生みたくない。
それが"心配"という羅樹の権利を奪っているのだという自覚はあっても、そこから生じる制止や引き留めといった反応を受容出来ないからだ。
私が譲れるのは、巻き込むことまでだ。
本当はそれすらしたくない。傷付けたくない。私のように命を蝕む呪いになんて晒されてほしくないし、他人の生死を掴んで揺れ動いてほしくない。けれどそれらを知らず飛び立つ私を、ただ眺めていることがどれだけ苦痛か理解してしまった。だから私は私の飛び立つ理由を告げるし、羅樹が了承してくれるなら連れて行く。私が私を失う前に、私が全てを投げ打って飛び込もうとする前に、夕音を掴んでもらうために。掴みたかったと後悔する羅樹を、見ないために。
我儘だ。エゴだ。分かっている。けれど私は譲れない。頑固なのだ。意固地なのだ。私は私が培った関係を、絆を、失うのが怖いのだ。
羅樹を失いかけた、あの日から。
だから私は、もう一度復習を兼ねて自分の力と不思議な出来事について語り、その後今自分の身に起きていることを話した。力が失われたこと。関わりのあった神様から使の任を解かれたこと。この身にはもう、恋音と呼んでいたヒトならざるモノは宿っていないこと。それが酷く悲しくて、苦しくて、許せないこと。
「…許せない?」
自分で言ったことなのに、反芻して驚いてしまう。迷っていたのに、会いたいのか怖いのか分からなかったのに、私は今、その感情を抱いていることだけははっきりと自覚した。
「あぁ、そっか。私、稲荷様たちのこと、許せないんだ」
私の中にあるモヤモヤは、寂しさでも恐怖でもない。
たった一つ、怒りという感情だった。
私は、それらを守れる自信がなかった。
あの日、羅樹が止めたら私は必ず気付くと宣言しておいて、羅樹の顔が過ったのにも関わらず、ここにいる。止められないと知ってしまったから。羅樹が止めないと分かっていたから。私は自分の歩み方を止められないと気付いてしまったから。
変える予定のないものをわざわざ話して、軋轢など生みたくない。
それが"心配"という羅樹の権利を奪っているのだという自覚はあっても、そこから生じる制止や引き留めといった反応を受容出来ないからだ。
私が譲れるのは、巻き込むことまでだ。
本当はそれすらしたくない。傷付けたくない。私のように命を蝕む呪いになんて晒されてほしくないし、他人の生死を掴んで揺れ動いてほしくない。けれどそれらを知らず飛び立つ私を、ただ眺めていることがどれだけ苦痛か理解してしまった。だから私は私の飛び立つ理由を告げるし、羅樹が了承してくれるなら連れて行く。私が私を失う前に、私が全てを投げ打って飛び込もうとする前に、夕音を掴んでもらうために。掴みたかったと後悔する羅樹を、見ないために。
我儘だ。エゴだ。分かっている。けれど私は譲れない。頑固なのだ。意固地なのだ。私は私が培った関係を、絆を、失うのが怖いのだ。
羅樹を失いかけた、あの日から。
だから私は、もう一度復習を兼ねて自分の力と不思議な出来事について語り、その後今自分の身に起きていることを話した。力が失われたこと。関わりのあった神様から使の任を解かれたこと。この身にはもう、恋音と呼んでいたヒトならざるモノは宿っていないこと。それが酷く悲しくて、苦しくて、許せないこと。
「…許せない?」
自分で言ったことなのに、反芻して驚いてしまう。迷っていたのに、会いたいのか怖いのか分からなかったのに、私は今、その感情を抱いていることだけははっきりと自覚した。
「あぁ、そっか。私、稲荷様たちのこと、許せないんだ」
私の中にあるモヤモヤは、寂しさでも恐怖でもない。
たった一つ、怒りという感情だった。
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