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8月10日 荷物番
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「羅樹、どうしたの?」
内心、すごく慌てていたのに、口からはぱっと言葉が出た。羅樹は、目に乗せていたタオルをずらして、あぁ、夕音か、と呟いた。
「暑さで、ちょっとくらっとしちゃってね。休んでるんだ」
「そっか…タオル、もうぬるいんじゃない?替えるよ」
「ありがとう」
タオルを取り、後ろの方にある蛇口で冷やす。少し水分を多めに含ませたまま、羅樹の頭に乗せる。
「そういえば、暑いとか寒いとか…苦手だったよね。季節の変わり目とか、絶対体調崩してたし」
「…そう、だね。あの頃も、僕、夕音…に…」
「…寝なよ。私が側にいるから安心して」
「…うん。ありがとう」
少し辛そうに眉尻を下げながら笑った。暫くして、すぅすぅと寝息が聞こえてきた。
「…あの頃、かぁ…」
今は随分良くなっているが、昔はよく体調を崩していた。羅樹のお父さんが倒れた時だったと思う。羅樹のお父さんが勤めていた会社は、定時に帰らせてくれなかったらしい。早朝や休日出勤は当たり前だった。私は、他のことは思い出せないくらい小さい時だったけど、羅樹のお父さんが倒れた時のことはよく覚えている。労働組合とか色々な偉い人達が動いて、会社は改善された。その時の社長か誰かもクビになった。それがニュースで流れたときに、羅樹のお父さんは目を覚まし、回復に向かっているという知らせがきた。それから羅樹のお父さんは、その会社をやめて別のところで働き始めた。羅樹のお父さんが元気になって良かった、と思っていたら、次に羅樹が体調を崩した。お父さんの目が覚めないかもしれない、という幼い子供には漠然とした不安に襲われていたようだった。それでもお母さんをこれ以上不安にさせないように気を張っていたらしい。お父さんが目覚めたことで、一気に気が緩んだようだった。その頃から私は、羅樹と仲が良かったので、お見舞いに行った。羅樹は白いタオルを頭に乗せて、苦しそうに息をしていた。
私は、何かしてあげたっけ。
苦しそうな羅樹の姿を見て、何をしたんだっけ。
もう覚えていない。ごめんね、羅樹。
私がさっき言葉を濁したのは、何も出来なかったことを覚えているからだ。私は羅樹の体調不良とか、不安とか、全然気付けなかった。もし私が気付いていれば、なんて。子供だったんだからしょうがない、なんて。過ぎたことに縋って、責任を取ろうって自己満足をしようとして。私は、自分が嫌になる。
「…夕、音」
ふと声がして、隣を見ると、羅樹が目を覚ましていた。
「泣いてるの…?」
「…え」
急いで目を擦ると、指に水滴がついた。体が冷えちゃいけない、とレジャーシートに座る前に体を拭いたので、海の水滴とかではない。多分、涙。
「やだ、私…なんで…」
「夕音…」
羅樹は起き上がって、私の手を握る。まだ止まらない涙を拭う手段が無くなった。涙は、私の頬を伝ってこぼれ落ちる。
「僕は、夕音に助けられてるよ」
こつん、と額をつけて、羅樹が言う。目頭がじわっと熱くなる。
「夕音は、僕が体調を崩す度に悲しそうな顔をする。けど僕は、夕音が側にいてくれたらそれで、嬉しいんだよ」
「…羅、樹…」
優しい。さっきまであんなに苦しかったはずの胸が、ドキドキしている。やっぱり、羅樹が好き。羅樹の、側にいたい。伝えたい。伝えなきゃいけない。でも、私の口からは、震えて泣く声だけが聞こえていた。
内心、すごく慌てていたのに、口からはぱっと言葉が出た。羅樹は、目に乗せていたタオルをずらして、あぁ、夕音か、と呟いた。
「暑さで、ちょっとくらっとしちゃってね。休んでるんだ」
「そっか…タオル、もうぬるいんじゃない?替えるよ」
「ありがとう」
タオルを取り、後ろの方にある蛇口で冷やす。少し水分を多めに含ませたまま、羅樹の頭に乗せる。
「そういえば、暑いとか寒いとか…苦手だったよね。季節の変わり目とか、絶対体調崩してたし」
「…そう、だね。あの頃も、僕、夕音…に…」
「…寝なよ。私が側にいるから安心して」
「…うん。ありがとう」
少し辛そうに眉尻を下げながら笑った。暫くして、すぅすぅと寝息が聞こえてきた。
「…あの頃、かぁ…」
今は随分良くなっているが、昔はよく体調を崩していた。羅樹のお父さんが倒れた時だったと思う。羅樹のお父さんが勤めていた会社は、定時に帰らせてくれなかったらしい。早朝や休日出勤は当たり前だった。私は、他のことは思い出せないくらい小さい時だったけど、羅樹のお父さんが倒れた時のことはよく覚えている。労働組合とか色々な偉い人達が動いて、会社は改善された。その時の社長か誰かもクビになった。それがニュースで流れたときに、羅樹のお父さんは目を覚まし、回復に向かっているという知らせがきた。それから羅樹のお父さんは、その会社をやめて別のところで働き始めた。羅樹のお父さんが元気になって良かった、と思っていたら、次に羅樹が体調を崩した。お父さんの目が覚めないかもしれない、という幼い子供には漠然とした不安に襲われていたようだった。それでもお母さんをこれ以上不安にさせないように気を張っていたらしい。お父さんが目覚めたことで、一気に気が緩んだようだった。その頃から私は、羅樹と仲が良かったので、お見舞いに行った。羅樹は白いタオルを頭に乗せて、苦しそうに息をしていた。
私は、何かしてあげたっけ。
苦しそうな羅樹の姿を見て、何をしたんだっけ。
もう覚えていない。ごめんね、羅樹。
私がさっき言葉を濁したのは、何も出来なかったことを覚えているからだ。私は羅樹の体調不良とか、不安とか、全然気付けなかった。もし私が気付いていれば、なんて。子供だったんだからしょうがない、なんて。過ぎたことに縋って、責任を取ろうって自己満足をしようとして。私は、自分が嫌になる。
「…夕、音」
ふと声がして、隣を見ると、羅樹が目を覚ましていた。
「泣いてるの…?」
「…え」
急いで目を擦ると、指に水滴がついた。体が冷えちゃいけない、とレジャーシートに座る前に体を拭いたので、海の水滴とかではない。多分、涙。
「やだ、私…なんで…」
「夕音…」
羅樹は起き上がって、私の手を握る。まだ止まらない涙を拭う手段が無くなった。涙は、私の頬を伝ってこぼれ落ちる。
「僕は、夕音に助けられてるよ」
こつん、と額をつけて、羅樹が言う。目頭がじわっと熱くなる。
「夕音は、僕が体調を崩す度に悲しそうな顔をする。けど僕は、夕音が側にいてくれたらそれで、嬉しいんだよ」
「…羅、樹…」
優しい。さっきまであんなに苦しかったはずの胸が、ドキドキしている。やっぱり、羅樹が好き。羅樹の、側にいたい。伝えたい。伝えなきゃいけない。でも、私の口からは、震えて泣く声だけが聞こえていた。
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