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3月20日 虹
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静かな浜辺に一つ、声が落ちる。凛として静かで、以前と全く印象の違う声。口調も異なり、龍の姿をしているから自信がないが、私の深いところが"
あの方"だと告げていた。
「…虹、様…?」
『はい。っと、この姿では話しにくいですかね』
ぽつりと呟くと、虹様は白煙を出して海の上へヒトの姿を模って降りて来た。その姿は紛うことなき"虹様"のもので、かつて恋心に取り憑かれて私を殺しに来たあの時と同じ姿だった。
『改めまして、龍神、虹と申します。ヒトの時間でどのくらい経っているのかは分かりませんが、再会時には久しぶりと言うべきだと聞きましたが、合ってましたでしょうか』
「…え、えぇ…」
正直挨拶どころではない。ちらりと隣を見ると、羅樹が驚愕の表情をしていた。龍という今や迷信扱いされているモノとの対話、それがヒトへ化ける姿、見たことがなければ驚くのも無理はない。けれど、だからこそ私には違和感を感じ、そして現実だと受け入れている節があった。
「…どうして、羅樹にも」
『上に言われまして。この辺り一帯をヒトの世からお借りしています。大丈夫、来ようと思わないだけで存在はなくなっておりませんし、時間も変化は御座いません』
いつかの理性を失くした時とは異なり、丁寧に話をする虹様。その首には見覚えのない痣がついていた。その視線に気付いたらしい虹様は、白く細い指先で目線の先をなぞると、『あぁ』と納得がいったかのように微笑んだ。
『…私は罪を背負った身ですから。本来は此方に干渉など出来ないのですけれど、今回は特別措置ということで此方に』
「…罪?」
知らない羅樹が、ぽつりと疑問を口にする。私は一瞬青褪めたが、虹様はふるふると首を横に振った。
『生き物の営みを邪魔することは、我が地では御法度なのですよ』
「は、はぁ…?」
虹様は、かつて想いを通わせた人間を失い、"恋使"の力を狙っていた。その力を得れば種族違いの恋を実らせ、その地肉を食らえば人になれると信じて。けれどそれは全くの出鱈目で、私はそんな嘘のために命を狙われたのだけれど、私は不思議と虹様を憎めていなかった。想いに一生懸命になりすぎて過ちを犯すという経験は、私にもあるものだから。私が虹様を許さなければ、きっと私も許されないから。だからこれは、エゴに基づいた"許し"だ。
そう伝える機会は、きっとないのだろうけど。
『夕音様』
「は、はい!」
いきなり名前を呼ばれ、ビクリと肩を揺らして返事をする。すると虹様は水面を滑らかに歩いて、私の目の前で跪いた。
「…え?」
『不肖、龍神"虹"。天女神様の命により、稲森 夕音様の守護を仰せ仕りしモノ。罪禍を背負いし身では御座いますが、貴方のお傍に』
「…え、」
唐突な出来事に、私より先に羅樹の叫び声がこだました。
あの方"だと告げていた。
「…虹、様…?」
『はい。っと、この姿では話しにくいですかね』
ぽつりと呟くと、虹様は白煙を出して海の上へヒトの姿を模って降りて来た。その姿は紛うことなき"虹様"のもので、かつて恋心に取り憑かれて私を殺しに来たあの時と同じ姿だった。
『改めまして、龍神、虹と申します。ヒトの時間でどのくらい経っているのかは分かりませんが、再会時には久しぶりと言うべきだと聞きましたが、合ってましたでしょうか』
「…え、えぇ…」
正直挨拶どころではない。ちらりと隣を見ると、羅樹が驚愕の表情をしていた。龍という今や迷信扱いされているモノとの対話、それがヒトへ化ける姿、見たことがなければ驚くのも無理はない。けれど、だからこそ私には違和感を感じ、そして現実だと受け入れている節があった。
「…どうして、羅樹にも」
『上に言われまして。この辺り一帯をヒトの世からお借りしています。大丈夫、来ようと思わないだけで存在はなくなっておりませんし、時間も変化は御座いません』
いつかの理性を失くした時とは異なり、丁寧に話をする虹様。その首には見覚えのない痣がついていた。その視線に気付いたらしい虹様は、白く細い指先で目線の先をなぞると、『あぁ』と納得がいったかのように微笑んだ。
『…私は罪を背負った身ですから。本来は此方に干渉など出来ないのですけれど、今回は特別措置ということで此方に』
「…罪?」
知らない羅樹が、ぽつりと疑問を口にする。私は一瞬青褪めたが、虹様はふるふると首を横に振った。
『生き物の営みを邪魔することは、我が地では御法度なのですよ』
「は、はぁ…?」
虹様は、かつて想いを通わせた人間を失い、"恋使"の力を狙っていた。その力を得れば種族違いの恋を実らせ、その地肉を食らえば人になれると信じて。けれどそれは全くの出鱈目で、私はそんな嘘のために命を狙われたのだけれど、私は不思議と虹様を憎めていなかった。想いに一生懸命になりすぎて過ちを犯すという経験は、私にもあるものだから。私が虹様を許さなければ、きっと私も許されないから。だからこれは、エゴに基づいた"許し"だ。
そう伝える機会は、きっとないのだろうけど。
『夕音様』
「は、はい!」
いきなり名前を呼ばれ、ビクリと肩を揺らして返事をする。すると虹様は水面を滑らかに歩いて、私の目の前で跪いた。
「…え?」
『不肖、龍神"虹"。天女神様の命により、稲森 夕音様の守護を仰せ仕りしモノ。罪禍を背負いし身では御座いますが、貴方のお傍に』
「…え、」
唐突な出来事に、私より先に羅樹の叫び声がこだました。
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