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夢現の花
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『ニンゲン、アソボウ、アソボウ』
『ヒトは面白いものを生むな。どれ、私にも指南して見せよ』
『ゆうね』
『ユウネ』
たくさんの何かが私を呼ぶ。その声も姿も知っている。私の奥底で眠る記憶だ。思い出から切り取られたワンシーンだ。昔の事実だ。
話し掛けられた私は笑顔を浮かべ、呼んだ相手と楽しげにおしゃべりをする。靄がかかったように分からなかったあの頃の記憶が、蘇る。
『ヒトめ、ヒト風情が』
『呪え、喰い殺せ、我らを奪い蹂躙するモノ共を』
『嫌だ、何故私が見える?』
『気味の悪い娘だ』
そうだった。私に後ろ指を指したのは人間じゃない。私を不気味だと最初に称したのはあちらの世界のモノだった。だから私は知っていたのだ。母が悲しそうな顔をする前から、羅樹が泣き叫ぶ前から、私が"不気味な存在"であることを。
それでも、私は知っていた。
嫌うモノと好んでくれるモノ、両方がいることも。
私に好意的に接してくれるモノもいた。手遊びを教えれば数日間ずっとやり続けたモノもいた。力を捏ね回して作り出したものを自慢げに見せてくれたモノもいた。ヒトの遊びを気に入ったモノもいた。だから私は、あちらの世のモノを一緒くたには出来ないし、個を見たいと思ったのだ。
だってそれは、ヒトだって一緒だから。
無意識にあちらのモノと話して気味悪がられたこともある。それも私だと肯定してくれた人もいる。私への好悪はヒトかそれ以外かなんて関係ない。だから私は大きな括りが出来なくて、命を狙われても、その対象に負の感情を抱いたとしても、あちらのモノ全てを嫌うことは出来なかったのだ。
でも代わりに、羅樹がそれらを否定した。
私を奪い取り、手の届かない場所に連れて行く何か。私と共に遊んだかと思えば、私を追い詰めることもあったヒトならざるモノ。それらから引き離す為に、自分を選んでもらえるように行動して来た羅樹に、私はいつの間にか恋をしていた。
"夕音"という種が芽吹く。
私が生きるごとに成長していく、私だけの花。私の中で育ち行く、感情に伴って姿形を変える花々。
"雨"の日は雫に濡れてじっと成長を待ち、
"嵐"の日には流されそうになりながらも強く生き、
"雪"の日には自分を守るように縮こまり、
"晴れ"の日には元気に咲いた私の花。
私の為にいつでも咲いていてくれた花。
羅樹に恋したあの日から、形を定めた夢現の花。
きっと名前はなかった。花言葉も、香りも、色も、何も分からなかった。私が"恋使"として咲かせて来た花も、きっと最初はただの花だった。私が言葉として紡ぎ、この世界に"記録"されたからその花となったのだ。よく知る名前を持った、この世に存在する一つの花に。そっと恋心の背を押す、優しい花に。
ならばこの花は私の背を押す花。言葉を紡ぐことのない、私の為に咲いている花。私のように夢と現を行き来する不思議な花。
私が、私である為に生まれて来た花。
ならばまだ、名前を定めることは出来ない。してはいけない。私はまだ進む道が分かっていない。稲荷様に会いたいのか、怖いのか、疑問に押し潰されていっぱいになっている。
だからもう少しだけ、君は"夢現の花"のままで。
『ヒトは面白いものを生むな。どれ、私にも指南して見せよ』
『ゆうね』
『ユウネ』
たくさんの何かが私を呼ぶ。その声も姿も知っている。私の奥底で眠る記憶だ。思い出から切り取られたワンシーンだ。昔の事実だ。
話し掛けられた私は笑顔を浮かべ、呼んだ相手と楽しげにおしゃべりをする。靄がかかったように分からなかったあの頃の記憶が、蘇る。
『ヒトめ、ヒト風情が』
『呪え、喰い殺せ、我らを奪い蹂躙するモノ共を』
『嫌だ、何故私が見える?』
『気味の悪い娘だ』
そうだった。私に後ろ指を指したのは人間じゃない。私を不気味だと最初に称したのはあちらの世界のモノだった。だから私は知っていたのだ。母が悲しそうな顔をする前から、羅樹が泣き叫ぶ前から、私が"不気味な存在"であることを。
それでも、私は知っていた。
嫌うモノと好んでくれるモノ、両方がいることも。
私に好意的に接してくれるモノもいた。手遊びを教えれば数日間ずっとやり続けたモノもいた。力を捏ね回して作り出したものを自慢げに見せてくれたモノもいた。ヒトの遊びを気に入ったモノもいた。だから私は、あちらの世のモノを一緒くたには出来ないし、個を見たいと思ったのだ。
だってそれは、ヒトだって一緒だから。
無意識にあちらのモノと話して気味悪がられたこともある。それも私だと肯定してくれた人もいる。私への好悪はヒトかそれ以外かなんて関係ない。だから私は大きな括りが出来なくて、命を狙われても、その対象に負の感情を抱いたとしても、あちらのモノ全てを嫌うことは出来なかったのだ。
でも代わりに、羅樹がそれらを否定した。
私を奪い取り、手の届かない場所に連れて行く何か。私と共に遊んだかと思えば、私を追い詰めることもあったヒトならざるモノ。それらから引き離す為に、自分を選んでもらえるように行動して来た羅樹に、私はいつの間にか恋をしていた。
"夕音"という種が芽吹く。
私が生きるごとに成長していく、私だけの花。私の中で育ち行く、感情に伴って姿形を変える花々。
"雨"の日は雫に濡れてじっと成長を待ち、
"嵐"の日には流されそうになりながらも強く生き、
"雪"の日には自分を守るように縮こまり、
"晴れ"の日には元気に咲いた私の花。
私の為にいつでも咲いていてくれた花。
羅樹に恋したあの日から、形を定めた夢現の花。
きっと名前はなかった。花言葉も、香りも、色も、何も分からなかった。私が"恋使"として咲かせて来た花も、きっと最初はただの花だった。私が言葉として紡ぎ、この世界に"記録"されたからその花となったのだ。よく知る名前を持った、この世に存在する一つの花に。そっと恋心の背を押す、優しい花に。
ならばこの花は私の背を押す花。言葉を紡ぐことのない、私の為に咲いている花。私のように夢と現を行き来する不思議な花。
私が、私である為に生まれて来た花。
ならばまだ、名前を定めることは出来ない。してはいけない。私はまだ進む道が分かっていない。稲荷様に会いたいのか、怖いのか、疑問に押し潰されていっぱいになっている。
だからもう少しだけ、君は"夢現の花"のままで。
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