神様自学

天ノ谷 霙

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理由 稲荷

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「良かったのですか」
笠間カサマが障子の戸を閉めながら問い掛ける。儀を終えたわたしはふらつく体を支えながら、にこりと笑った。
「決まっているだろう」
浅い息が漏れる。こんなヒトのような仕様、我らには要らぬだろうという苛立ちと、ヒトの気持ちを理解する上では必要だという理性の葛藤が胸の中で起こる。そんな思考を振り解いて、わたしは今し方自らの体に巡った神力に意識を集中した。
夕音と想い人の心が通じ合った。その瞬間にわたしは同席出来なかったが、夕音の心の動きや感情、言葉が伝わって来て理解した。ヒトの言う"恋"とはこういうものなのかと、姉神にじ様が狂わされた恋とはこれなのかと、初めて知ることが出来た。他にもたくさん、夕音は多くの恋心に触れ、わたしにその存在を教えてくれた。晴れるもの、嵐を呼ぶもの、吹き荒ぶ風のようなもの、しとしとと降り続く雨のようなもの、たくさんの"恋"が様相を変えてわたしの心を打った。そしてその感情の動きを理解し、祈りに来たヒトの言に「恋の悩みか」と何のヒントもなく思い至る程にはわたしの中に記録された。
そう、記録されてしまったのだ。
夕音の役目である「恋を知る」という目的が、達成されてしまったのだ。
まだ話したかった。毎日祈りに来る娘は珍しかったから、もっと知りたかった。役目上もあるのだろうが、いつの間にか来られない日も増えた。その膨大すぎる力に蝕まれ体を壊すことも、力に執着した姉神様に命を狙われたこともあった。わたしと縁を繋いだせいで、見ないようにしていた筈の我らの存在を視界に映すようになり、命の危機にまで陥った。

あぁ、まるで伏見ふしみのよう。

ヒトのあまりにも短い生の中で、更に短くなっていった伏見の命。わたしと縁を繋げば繋ぐほどヒトとしての幸せを保てず、苦しみの中此方の世へ落ちていく。何度目だろうと嘆くことが出来たのは記憶のないわたしだけで、伏見自身にはそんな記憶はない。ただ相容れないヒトとの溝が深まるだけだ。此方の存在としての力が強くなる代わりに。
夕音の力も、強くなって来ている。元々素質はあったのだろうが、伏見を身に宿し、わたしと関わり、目を瞠る程に強くなってしまった。
ヒトの身でありながら、神力に自分の色を混ぜてしまった。
このままでは夕音もまた伏見と同じ運命を辿るだろう。わたしとの縁が強すぎて、ヒトとして生を終えるには歪みが生じてしまうだろう。それは嫌だ。だって夕音は、やっと"恋"を成就させたのだから。
今繋がりを無に帰せば、これ以上の歪みも縁も生じ得ない。まだヒトとして生きていける。その力を全てわたしが取り出せば、ヒトとしての幸せをそのまま享受出来る。
きっと、顔を見てしまったら離れがたくなってしまうから、今この瞬間に切ってしまおう。
大丈夫。人の一生は短い。
あっという間に過ぎ去って、いつの間にか忘れてしまう筈だ。
そうに違いない。
そうでなきゃ、困る。
この胸の痛みを晴らすには、そう信じるしかないのだ。
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