神様自学

天ノ谷 霙

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3月15日 恐怖と諦観

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その後も羅樹は、何度か「やだ」と「行かないで」を繰り返した後にやっと目を閉じた。泣き続ける羅樹の手を握り、肩を摩ってようやく寝息を立て始めた。私の手は羅樹の頬の下に潜り込まされて、両手でがっしりと掴まれているため逃げられそうにない。そんなことをしなくても、なんて私が言えたことではないのだろうけれど、そう思ってしまうのはそれ程までに羅樹のことを想っているからだろうか。
「…羅樹」
ヒトならざるモノを見て、それらと関わる度にヒトの世とあちらの世を行き来して、何度も不安定な存在となった。私から皆を見ることは出来るのに、皆から私の存在を見つけることは出来なくて。
それを理解していなかった私は、羅樹をどれだけ苦しめたのだろうか。
「行かない。私は羅樹の側にいる」
この言葉が、どれ程羅樹には軽く聞こえたのだろうか。
ふぅ、と息を吐いて羅樹を見つめる。閉じられた空色の瞳は睫毛を濡らして、涙がその頬に零れ落ちている。それを空いたもう片方の手で掬い取ると、羅樹は小さく微笑んだ。どんな夢を見ているのかは分からないが、安心出来たなら良かったと息を吐く。

あぁ、でも。

脳裏で灯火が揺れる。消えそうな程に細く、闇をより一層深くする篝火が灯る。チリチリと火の粉を散らすそれを瞼の裏で見つめながら、私は心の中で嘆息した。

そんなに、苦しいのなら。

泣かせた罪悪感が、闇に飲まれていく。じくじくと這いずる何かが、私の奥を覆い尽くしていく。
最近、羅樹を泣かせてばかりだ。由芽にすら分からないと言わしめた羅樹の弱点を、晒させてばかりだ。その苦しみも恐怖も全部、私のせいなのだ。私が羅樹に植え付けた痛みは、今も羅樹を蝕み続け逃れることを許さない。
私が羅樹の手を引いたから。
私があの日、羅樹の目の前で消えたから。
それさえなければ、羅樹は私に囚われることなんてなかった筈なのに。だから。
記憶が、罪悪の証が、私を攫う。

私のこと───、

だからこそ、脳裏を言葉が滑る。痛いくらいに嫌だと叫ぶ。首筋を掻きむしりたい程の苦痛と恐怖が喉を焼く。ひりつく苦しみが私の思考を拒む。それなのに浮かぶ言葉は止まることを知らず、零れ落ちる。

『好きにならないでくれれば、良かったのに』

ぶわりと、背後で闇が生まれる。振り返る間も無く理解したのに、体は反射的に驚いて。迫り来る黒をただ見つめながら、私は心の何処かで諦めていて。
駄目だと頭の中で警鐘が鳴っているというのに、私の体はそれに反するように羅樹から手を離した。

「ばいばい、羅樹」

冷え切った私の気配が、羅樹の部屋から消えた。
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