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3月15日 本音×隠して
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車の音が聞こえて来て、ぴくりと肩を跳ねさせ顔を上げる。慌てて窓に貼り付けば、私のお母さんがふらつく羅樹を支えながら鍵を開けているところだった。私も家を飛び出して、車を車庫に入れるお母さんとバトンタッチして羅樹を家に運ぶ。朝と同じようにベッドに寝かせると、羅樹はふぅふぅと荒い息の合間に「ありがとう」と掠れた声で呟いた。その姿を見て、私は思わず眉尻を下げる。
「着替えるから、一旦、外に」
「あ、うん」
1人で大丈夫かと不安になったが、私が出来ることもないので大人しく部屋を出る。車を入れ終えたお母さんが、風邪と診断されたことと薬を渡して来た。
「夕音がいるならしばらく任せるわね。お母さんはゼリーとか冷却シートとか買って来るから、よろしく」
「えっ、あ、うん。了解」
「お粥ならさっき作ったのが羅樹くん家のキッチンにあるから、食べられそうだったら温めて渡して。それと──、あと──」
家から必要なものを出しながら、お母さんはきびきびと指示を出す。私に羅樹を任せると家に鍵を掛け、早々に買い物に出かけてしまった。私は唖然とするばかりだったが、この慣れ具合も私が昔から体調を崩して来たせいだろうかと考え、少し胸が痛くなった。
そんなことを考えている余裕はない。
ぶんぶんと首を振って踵を返し、羅樹の元へ戻る。ノックをして返事を待ってから部屋に入ると、いつも通りパジャマに着替えた羅樹が肩まできちんと布団の中にしまって寝転がっていた。
「お母さんからお薬預かって来たから、キッチンに置いてある。お腹空いた?食べられそうならお粥、持ってくるけど」
「ううん、さっき食べたから、いい」
どうやら病院に行く前に食べたらしい。だからゼリーなどを買いに出たのか、と小さく頷いてベッドの横にしゃがんだ。
「そっか。じゃあもう寝た方が良いね。おやすみ、羅樹」
「…うん」
ざっと部屋を見回して、脱いだままの服を見つける。脱衣所に出しておいた方が良いだろうと動いたところで、「え」という消え入りそうな声と共に何かが引っ掛かる感覚がした。驚いて振り向くと、羅樹の手が私の服の裾を掴んでいる。ぽやぽやとした様子でこちらを見つめる羅樹は悲しそうな顔をしており、私はその表情にぱちぱちと瞳を瞬いた。
「……行かないで」
半分夢うつつな様子で、羅樹はぽつりと呟く。その言葉を皮切りに、羅樹はぽろぽろと瞳から涙を零した。私は慌てて羅樹の隣に戻り、「行かないよ」と言葉と手で宥める。それでも羅樹はぐずるばかりで、どうすべきか分からない。大丈夫だと告げても羅樹の涙は止まらず、悲しそうに目を擦るばかりだ。痕になる、とそっとやめさせれば、潤んだ空色の瞳が私を捉えた。
「行っちゃ、やだ…行かないで、いなくならないで、夕音」
子供が駄々をこねるように呟かれたそれが、羅樹が長年隠し続けて来た本音なのだと、胸の奥にことりと落ちて来た。
「着替えるから、一旦、外に」
「あ、うん」
1人で大丈夫かと不安になったが、私が出来ることもないので大人しく部屋を出る。車を入れ終えたお母さんが、風邪と診断されたことと薬を渡して来た。
「夕音がいるならしばらく任せるわね。お母さんはゼリーとか冷却シートとか買って来るから、よろしく」
「えっ、あ、うん。了解」
「お粥ならさっき作ったのが羅樹くん家のキッチンにあるから、食べられそうだったら温めて渡して。それと──、あと──」
家から必要なものを出しながら、お母さんはきびきびと指示を出す。私に羅樹を任せると家に鍵を掛け、早々に買い物に出かけてしまった。私は唖然とするばかりだったが、この慣れ具合も私が昔から体調を崩して来たせいだろうかと考え、少し胸が痛くなった。
そんなことを考えている余裕はない。
ぶんぶんと首を振って踵を返し、羅樹の元へ戻る。ノックをして返事を待ってから部屋に入ると、いつも通りパジャマに着替えた羅樹が肩まできちんと布団の中にしまって寝転がっていた。
「お母さんからお薬預かって来たから、キッチンに置いてある。お腹空いた?食べられそうならお粥、持ってくるけど」
「ううん、さっき食べたから、いい」
どうやら病院に行く前に食べたらしい。だからゼリーなどを買いに出たのか、と小さく頷いてベッドの横にしゃがんだ。
「そっか。じゃあもう寝た方が良いね。おやすみ、羅樹」
「…うん」
ざっと部屋を見回して、脱いだままの服を見つける。脱衣所に出しておいた方が良いだろうと動いたところで、「え」という消え入りそうな声と共に何かが引っ掛かる感覚がした。驚いて振り向くと、羅樹の手が私の服の裾を掴んでいる。ぽやぽやとした様子でこちらを見つめる羅樹は悲しそうな顔をしており、私はその表情にぱちぱちと瞳を瞬いた。
「……行かないで」
半分夢うつつな様子で、羅樹はぽつりと呟く。その言葉を皮切りに、羅樹はぽろぽろと瞳から涙を零した。私は慌てて羅樹の隣に戻り、「行かないよ」と言葉と手で宥める。それでも羅樹はぐずるばかりで、どうすべきか分からない。大丈夫だと告げても羅樹の涙は止まらず、悲しそうに目を擦るばかりだ。痕になる、とそっとやめさせれば、潤んだ空色の瞳が私を捉えた。
「行っちゃ、やだ…行かないで、いなくならないで、夕音」
子供が駄々をこねるように呟かれたそれが、羅樹が長年隠し続けて来た本音なのだと、胸の奥にことりと落ちて来た。
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