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3月15日 心配する側とされる側
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あちこちで拍手の音や涙声が聞こえて来る。今日は卒業式。先輩達の見送りやら最後の挨拶やらで騒がしい学校の雰囲気に、私は自分の教室で大きく溜め息を吐いた。
「夕音は見送りに行かなくていいの?」
「うん、特別仲の良い先輩とかいないしね」
利羽が「私も同じ」と言いながら私の前の席に座る。虚弱体質により部活に入ることを断念した利羽は、私と同様先輩後輩との関わりは少なく、卒業式を何処か他人事のように眺めていた。
「それで、今日はどうしたの?遅刻ギリギリだったわよね」
「あー、羅樹が熱出しちゃって」
「えぇ!?大丈夫?」
「うん、お母さんに頼んで来たよ。羅樹が体調を崩すって珍しいし、私も結構驚いて。あわあわしてたらかなり時間が過ぎてた…って感じ」
朝の慌てっぷりを思い出して、自分で自分を恥じる。確かに珍しい出来事とはいえ、動揺し過ぎた。羅樹だって人なのだから風邪の一つや二つひくことくらいあるだろう。私だってよく体調を崩すのだから、当然だ。うんうんと頷きながら反省をしていると、利羽がふふっと笑った。
「どうかした?」
「ううん。夕音ってしっかりしてるイメージだったから、ちょっと意外だったわ。慌てることもあるのね」
「あるよ~!いっぱいあるよ」
「例えば?」
「例え………泣いてる子を見つけた時とか?」
「でもすぐ切り替えて慰めるでしょう?」
見て来たかのように言う利羽に、私は言葉を詰まらせる。よくよく考えると確かに慌てはするが、すぐに切り替えて慰めに徹する。悩み事にぐるぐるすることはよくあるが、少し整理すれば他のことに目を向けてしまう。後から悩みを思い出すこともしばしばだ。あんなに混乱したのは珍しいかもしれない。おや、と首を傾げると、利羽がまたくすくすと笑った。
「私ね、小さい頃はずっとベッドにいて、ずっと寝込んでたの」
「う、うん」
「だからいつも体調不良は私の役で、他の人が体調悪いのを見た時、すっごく慌てたわ。苦しそうだし、辛そうだし、死んじゃったらどうしようって、本当に不安だったの」
空を見つめ呟く利羽は、遠くを眺めるように微笑む。儚い笑顔はそれが本心であったことを示していて、大袈裟だよと茶化せる雰囲気ではない。
「それで私、やっと気付いたの。私が寝込んでいる間、いつもこんな思いをさせていたのかなって」
「…え」
しばしの動揺と逡巡が、私の中で渦巻く。利羽の言葉が実感として喉の奥に落ちて来て、一気に肌が泡立った。
「夕音もよく体調を崩すから、慌てたのは同じ理由かしらって思って。ちょっと親近感」
笑みを零す利羽に、私は苦笑いを返す。「そうかも」と返して、胸の中に残った言葉を何度も反芻する。
羅樹はいつもあんな焦燥と戦っていたのだろうか。
小さな疑問が、私の中で溶けて消えた。
「夕音は見送りに行かなくていいの?」
「うん、特別仲の良い先輩とかいないしね」
利羽が「私も同じ」と言いながら私の前の席に座る。虚弱体質により部活に入ることを断念した利羽は、私と同様先輩後輩との関わりは少なく、卒業式を何処か他人事のように眺めていた。
「それで、今日はどうしたの?遅刻ギリギリだったわよね」
「あー、羅樹が熱出しちゃって」
「えぇ!?大丈夫?」
「うん、お母さんに頼んで来たよ。羅樹が体調を崩すって珍しいし、私も結構驚いて。あわあわしてたらかなり時間が過ぎてた…って感じ」
朝の慌てっぷりを思い出して、自分で自分を恥じる。確かに珍しい出来事とはいえ、動揺し過ぎた。羅樹だって人なのだから風邪の一つや二つひくことくらいあるだろう。私だってよく体調を崩すのだから、当然だ。うんうんと頷きながら反省をしていると、利羽がふふっと笑った。
「どうかした?」
「ううん。夕音ってしっかりしてるイメージだったから、ちょっと意外だったわ。慌てることもあるのね」
「あるよ~!いっぱいあるよ」
「例えば?」
「例え………泣いてる子を見つけた時とか?」
「でもすぐ切り替えて慰めるでしょう?」
見て来たかのように言う利羽に、私は言葉を詰まらせる。よくよく考えると確かに慌てはするが、すぐに切り替えて慰めに徹する。悩み事にぐるぐるすることはよくあるが、少し整理すれば他のことに目を向けてしまう。後から悩みを思い出すこともしばしばだ。あんなに混乱したのは珍しいかもしれない。おや、と首を傾げると、利羽がまたくすくすと笑った。
「私ね、小さい頃はずっとベッドにいて、ずっと寝込んでたの」
「う、うん」
「だからいつも体調不良は私の役で、他の人が体調悪いのを見た時、すっごく慌てたわ。苦しそうだし、辛そうだし、死んじゃったらどうしようって、本当に不安だったの」
空を見つめ呟く利羽は、遠くを眺めるように微笑む。儚い笑顔はそれが本心であったことを示していて、大袈裟だよと茶化せる雰囲気ではない。
「それで私、やっと気付いたの。私が寝込んでいる間、いつもこんな思いをさせていたのかなって」
「…え」
しばしの動揺と逡巡が、私の中で渦巻く。利羽の言葉が実感として喉の奥に落ちて来て、一気に肌が泡立った。
「夕音もよく体調を崩すから、慌てたのは同じ理由かしらって思って。ちょっと親近感」
笑みを零す利羽に、私は苦笑いを返す。「そうかも」と返して、胸の中に残った言葉を何度も反芻する。
羅樹はいつもあんな焦燥と戦っていたのだろうか。
小さな疑問が、私の中で溶けて消えた。
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