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3月10日 唐突なみだ
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見上げれば目が痛むほどに眩しい日差しから目を隠して、店の前から移動する。適当に買い物でもしようかと考えて辺りを見回せば、私の左側から視線を感じた。
「…?」
振り向くと、行き交う人の群れ。騒めく午後。平日の昼過ぎというだけあって、人通りはまばらだ。だからこそ私もすぐに視線の主に気付いた。ぼんやりとこちらを見つめているのは、亜美だ。
「亜美?」
私は店の前の階段を降りて、亜美に近付く。酷く泣きそうな顔をしている亜美に戸惑って、少しだけ早足に駆け寄った。亜美は硬直したように1歩も動かず、そのまま顔を覆う。何かが崩れたかのように泣き出す亜美に驚いて声を掛けるが、聞こえて来るのはしゃくり上げた泣き声と嗚咽だけだ。
「亜美?どうしたの?具合悪い?」
問い掛けても首を横に振るだけ。何処かが痛い訳ではなさそうだ。けれど涙は収まらない。大粒の涙を流す瞳を覆い隠して、手のひらを濡らし続ける。
「何かあった?」
ふるふる、と首を横に振る。亜美が動く度、ボブヘアが揺らめく。ピンで留めた前髪も手の上でしゃらしゃらと音を立てた。
「わかんない………っよく、わかんないの……っ」
今日、私はいろんな人の泣き顔をよく見るなぁ。そんなことを考えて現実逃避していた私の耳に、亜美のか細い声が届く。背中を摩りながら、亜美が続きを話すのを待った。ハンカチを渡したい気持ちはあるが、私のハンカチは既に爽の涙で濡れている。これ以上の吸水性は期待出来ないだろう。私は亜美を宥めながら、少しだけ人気のない方へと誘導する。カフェの目の前で大泣きする子とそれを宥める人がいれば、何かあったのかと好機の視線が刺さって来るからだ。少し歩けば公園らしき場所があった。そこのベンチに腰掛け、亜美が落ち着くのを待つ。ひっく、と震えながらほとんど声を出さない亜美に、何があったのか見当が付かなくて戸惑う。やがて泣くだけ泣いたらしい亜美は、自身のハンカチで頬に落ちた涙を掬い、赤く腫れた瞳のまま力無く笑ってみせた。
隠そうとしている。反射的に理解した。
「亜美、話して」
「え?」
何か言葉にする前に、誤魔化しの言葉を聞く前に、私は咄嗟に声を掛ける。どうして泣いているのか、何が苦しかったのか、何が辛かったのか。私には分からないけれど、それを吐き出させた方が良いであろうことは分かった。
きょとんと瞳を瞬いた亜美と真っ直ぐに視線を合わせて、真剣な表情を向ける。泣いた理由を説明するまで私は退かない。引かない。
雨の気配はしない。潮賀くんが原因ではないなら、恋が原因でないなら私が動く必要はないのかもしれない。それでも、私は友達を放っておくなんて出来なかった。
亜美は視線を彷徨わせるが、私は決して逸らさない。いつも笑顔で他者と適切な距離を取れる亜美が、その表情を崩す珍しさよりも不安の方が強かったから。
私はもう1度亜美に、何があったのか、と問い掛けた。
「…?」
振り向くと、行き交う人の群れ。騒めく午後。平日の昼過ぎというだけあって、人通りはまばらだ。だからこそ私もすぐに視線の主に気付いた。ぼんやりとこちらを見つめているのは、亜美だ。
「亜美?」
私は店の前の階段を降りて、亜美に近付く。酷く泣きそうな顔をしている亜美に戸惑って、少しだけ早足に駆け寄った。亜美は硬直したように1歩も動かず、そのまま顔を覆う。何かが崩れたかのように泣き出す亜美に驚いて声を掛けるが、聞こえて来るのはしゃくり上げた泣き声と嗚咽だけだ。
「亜美?どうしたの?具合悪い?」
問い掛けても首を横に振るだけ。何処かが痛い訳ではなさそうだ。けれど涙は収まらない。大粒の涙を流す瞳を覆い隠して、手のひらを濡らし続ける。
「何かあった?」
ふるふる、と首を横に振る。亜美が動く度、ボブヘアが揺らめく。ピンで留めた前髪も手の上でしゃらしゃらと音を立てた。
「わかんない………っよく、わかんないの……っ」
今日、私はいろんな人の泣き顔をよく見るなぁ。そんなことを考えて現実逃避していた私の耳に、亜美のか細い声が届く。背中を摩りながら、亜美が続きを話すのを待った。ハンカチを渡したい気持ちはあるが、私のハンカチは既に爽の涙で濡れている。これ以上の吸水性は期待出来ないだろう。私は亜美を宥めながら、少しだけ人気のない方へと誘導する。カフェの目の前で大泣きする子とそれを宥める人がいれば、何かあったのかと好機の視線が刺さって来るからだ。少し歩けば公園らしき場所があった。そこのベンチに腰掛け、亜美が落ち着くのを待つ。ひっく、と震えながらほとんど声を出さない亜美に、何があったのか見当が付かなくて戸惑う。やがて泣くだけ泣いたらしい亜美は、自身のハンカチで頬に落ちた涙を掬い、赤く腫れた瞳のまま力無く笑ってみせた。
隠そうとしている。反射的に理解した。
「亜美、話して」
「え?」
何か言葉にする前に、誤魔化しの言葉を聞く前に、私は咄嗟に声を掛ける。どうして泣いているのか、何が苦しかったのか、何が辛かったのか。私には分からないけれど、それを吐き出させた方が良いであろうことは分かった。
きょとんと瞳を瞬いた亜美と真っ直ぐに視線を合わせて、真剣な表情を向ける。泣いた理由を説明するまで私は退かない。引かない。
雨の気配はしない。潮賀くんが原因ではないなら、恋が原因でないなら私が動く必要はないのかもしれない。それでも、私は友達を放っておくなんて出来なかった。
亜美は視線を彷徨わせるが、私は決して逸らさない。いつも笑顔で他者と適切な距離を取れる亜美が、その表情を崩す珍しさよりも不安の方が強かったから。
私はもう1度亜美に、何があったのか、と問い掛けた。
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