神様自学

天ノ谷 霙

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3月10日 好きの葛藤

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海老グラタンとカレードリアの皿が空になった頃。私たちは飲み物を飲みながら、少しだけ無言の時を過ごしていた。
話を一旦整理しよう。爽は北原くんが好きで、でも北原くんは亜美のことがずっと好きだった。けれど亜美は誰の気持ちにも答えるつもりはなく、だからこそ爽は北原くんに想いを告げなかった。けれど亜美に恋人が出来て、北原くんは失恋して、今度こそと思ったところで私に想いが向いた。ずっと見てくれないことに苛立った爽は他の人に目を向けようと努力するけれど、結局その葛藤を見抜かれて励まされ、一層好きになってしまう。残酷な悪循環だ。けじめをつけようと向かったのにまた好きという気持ちが募っていく。それに痺れを切らした爽が、北原くんの唇を奪ったという流れだ。
「…北原くんは残酷だね」
「…え?」
「だって、これだけ爽に想われてるのに気付かないなんて。それどころかもっと好きにさせるなんて、ずっと苦しいままで辛いよ。察してなんて無理は言わないけど、中途半端な優しさは痛いよね」
そうだ。私、忘れていた。
私だって羅樹のことをずっと好きで、それに気付いてもらえなかった。私の態度も悪いと今なら言えるけど、あんなに思わせぶりに将来の話までして、特に恋心はないなんて酷すぎる。今は羅樹のトラウマも本心も知っているから仕方ないなんて言えるけど、私が"恋使コイツカイ"じゃなければ絶対に知ることは出来なかったし、もっと拗れていたと思う。羅樹との交際も過保護から始まったようなものだし、きっと今も私は片思いに苦しんで、羅樹に好かれたくて必死で、辛い思いをしていたかもしれない。
そんな終わりの見えない恋心に、いっそ諦めてしまえばなんていう出来心は、いつだって君に絡め取られてしまうんだ。諦める選択肢も与えてくれない。けれど好きになってくれる見込みなんてない。ずっと苦しくてしんどいまま。そんなの、あまりにも惨すぎる。
「気がないなら優しくするなって話だよね。爽は身をもってそれを北原くんに教えたんだから、すごく優しくてすごく偉い。行動は褒められたことじゃないかもしれないけど、傷付けられた分返したって罰は当たらないよ」
私はそっと微笑む。爽は目を丸く見開いて、そしてその瞳から大きな雫を零した。じわりと滲んでくる涙と共に、爽の顔がくしゃくしゃになっていく。
きっと爽は、今まで誰にも言えなかったのだろう。長いこと患っていた片想いは、言葉にしたら自覚として自分に返って来てしまうから。そしたらもっと苦しくなる。無意識にでもそれを分かっていたから、爽は伝えることを選ばなかったのだろう。燻っていた恋心は、1度火がついたら辺りを巻き込んで全てを燃やし尽くすまで止まらない。
私は、そうなったらそうなったで構わない、と小さく思った。
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