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3月10日 好きの苦しみ
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「光が、好きなの」
唐突に呟かれた言葉に、私は一瞬何を言ったのか理解出来なかった。ぱちくりと瞳を瞬いて、やっと爽の気持ちであることに気付いて頷く。安心したように息を吐いた爽は、席に置いてあったおしぼりを指先でいじりながら続きを話し始めた。
「前にも言った通り、光はずっと亜美が好きで、アタシのことなんて恋愛対象に見てくれなかった。それでも優しくて、アタシが困ってると絶対気付いてくれるの。諦めようって思う度にその葛藤に気付いて、原因は分からない筈なのに慰めてくれる。ずるいよね。誰のせいで悩んでるんだって話なのに、それでもその優しさにアタシは期待しちゃうんだ。いつかアタシの気持ちに気付いて、応えてくれるんじゃないかって」
ふぅ、と息を長く吐きながら爽は悲しそうな笑みを浮かべる。今にも泣きそうな顔に、私は一瞬息が詰まった。
「けどいつまで経っても気付いてくれなくて。それどころか夕音のこと好きになっちゃうし」
「え」
思わず声に出すと、爽はふっと笑った。確かに噂になったし、北原くんの態度は分かりやすかったから当たり前なのだけれど、何となく後ろめたく思っていたせいで驚いてしまった。そんな気持ちを見透かしたように、爽は微笑む。
「ずっと見て来たんだよ。噂がなくたってわかっちゃうよ」
穏やかな口調で、静かに呟く。そんな爽の落ち着いた様子を見て、私に後ろめたさがあったこと、それ以前に北原くんからの好意を隠そうとしたことに気付いて、恥ずかしくなる。
そして、私も羅樹に好きな人が出来たら気付いてしまうかもしれないな、と考えた。今まではそんな相手いなかったから、そもそも本人に自覚がなかったから気付くことなんてなかったけれど、もし羅樹が私への本音など一切なく他の誰かを好きになったとしたら、そしてその恋心を自覚していたとしたら、私はきっと気付いてしまうだろう。
何でかと言われてもわからない。
強いて言えば、女の勘だ。
「早く前に進みたい。亜美とか他の女の子に敵意みたいなの感じちゃうし、アタシのこと見てくれる人が光しかいないからそう思うのかなって考えたこともあった。それで好きって気持ちがよく分からなくなったのに、やっぱり好きで。どうしても好きで。苦しくて、楽になりたかったの」
おしぼりを握る爽の手が震えている。ぎゅっと強く握られた布は歪に形を変えている。
「だからもういい加減逃げるのはやめて、もうケリをつけようと思った。伝えなかったのは困らせるってわかってたからだけど、アタシだっていい加減進めないと困るから」
揺れる爽の髪が、程よく健康的に焼けた肌を縁取る。その毛先が真っ白に染まっているせいで余計神秘的に見えたのは、きっと私だけじゃないだろう。あまり笑わない爽が話の間ずっと微笑んでいるのを見て、とても大人びた印象を受けた。
唐突に呟かれた言葉に、私は一瞬何を言ったのか理解出来なかった。ぱちくりと瞳を瞬いて、やっと爽の気持ちであることに気付いて頷く。安心したように息を吐いた爽は、席に置いてあったおしぼりを指先でいじりながら続きを話し始めた。
「前にも言った通り、光はずっと亜美が好きで、アタシのことなんて恋愛対象に見てくれなかった。それでも優しくて、アタシが困ってると絶対気付いてくれるの。諦めようって思う度にその葛藤に気付いて、原因は分からない筈なのに慰めてくれる。ずるいよね。誰のせいで悩んでるんだって話なのに、それでもその優しさにアタシは期待しちゃうんだ。いつかアタシの気持ちに気付いて、応えてくれるんじゃないかって」
ふぅ、と息を長く吐きながら爽は悲しそうな笑みを浮かべる。今にも泣きそうな顔に、私は一瞬息が詰まった。
「けどいつまで経っても気付いてくれなくて。それどころか夕音のこと好きになっちゃうし」
「え」
思わず声に出すと、爽はふっと笑った。確かに噂になったし、北原くんの態度は分かりやすかったから当たり前なのだけれど、何となく後ろめたく思っていたせいで驚いてしまった。そんな気持ちを見透かしたように、爽は微笑む。
「ずっと見て来たんだよ。噂がなくたってわかっちゃうよ」
穏やかな口調で、静かに呟く。そんな爽の落ち着いた様子を見て、私に後ろめたさがあったこと、それ以前に北原くんからの好意を隠そうとしたことに気付いて、恥ずかしくなる。
そして、私も羅樹に好きな人が出来たら気付いてしまうかもしれないな、と考えた。今まではそんな相手いなかったから、そもそも本人に自覚がなかったから気付くことなんてなかったけれど、もし羅樹が私への本音など一切なく他の誰かを好きになったとしたら、そしてその恋心を自覚していたとしたら、私はきっと気付いてしまうだろう。
何でかと言われてもわからない。
強いて言えば、女の勘だ。
「早く前に進みたい。亜美とか他の女の子に敵意みたいなの感じちゃうし、アタシのこと見てくれる人が光しかいないからそう思うのかなって考えたこともあった。それで好きって気持ちがよく分からなくなったのに、やっぱり好きで。どうしても好きで。苦しくて、楽になりたかったの」
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「だからもういい加減逃げるのはやめて、もうケリをつけようと思った。伝えなかったのは困らせるってわかってたからだけど、アタシだっていい加減進めないと困るから」
揺れる爽の髪が、程よく健康的に焼けた肌を縁取る。その毛先が真っ白に染まっているせいで余計神秘的に見えたのは、きっと私だけじゃないだろう。あまり笑わない爽が話の間ずっと微笑んでいるのを見て、とても大人びた印象を受けた。
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