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3月9日 約束
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爽は、私の言葉を聞いて俯いてしまった。長い前髪に隠れた顔が、どんな表情をしているのかわからない、机の上でぎゅっと握られた手に力が込められているのがわかる。
伝わったのは、わかる。
それが良いのか悪いのかはまだ判断がつかないけれど、少なくとも今は、私の気持ちを伝えられたという点で良いことだと思う。
「…今、は」
「うん?」
爽がぽつりと口を開いた。
「今は、まだ、話せない。急で、誰にも見られてないと思ってたし…」
「…うん」
爽は手に力を入れて、少しだけ顔を上げる。赤紫色の瞳が、長い前髪の隙間からチラリと覗いた。
「…夕音、明日、午後…暇?」
「午後?うーん、特に予定はなかったと思うけど」
「じゃあ、明日の午後。話をさせて」
「いいの?」
結構早い時間設定に目を瞬かせると、爽はこくりと重々しく頷いた。私はそんな爽の姿を見て、きっと混乱はしていても私に話す覚悟はしてくれたんだろうな、と小さく思う。
「わかった。でも無理はしなくていいからね」
「…うん」
爽が俯いたままなので、私は微笑んで小指を絡めた。私の急な行動に、爽は驚いて勢いよく顔を上げる。
「約束。私は爽の言葉を待ってる。ね?」
きゅっと小指を結んで笑うと、爽も眉尻を下げて小さく笑った。
「うん」
そんな話をしていると、落ち着いたらしい爽は「帰る」と言ってカバンを掴んだ。またね、と小さく手を振る姿が可愛らしい。私も手を振り返してその背を見送っていると、ちょうど入れ違いになるタイミングで羅樹が入って来た。隣には鹿宮くんもいる。
「あ、夕音。待たせてごめんね」
「ううん、何してたの?」
「蒼に頼まれて、花壇の水やりを手伝ってたんすよ!今日担当の子が休んじゃったらしいので急遽」
「なるほど。2人ともお疲れ様」
「ありがとう」
通りで2人で一緒にいたというのに姿が見えない筈だ。窓から花壇を見下ろせば分かったのかもしれないが、蒼くんがよく世話をしている花壇は別のところにある。待ってて正解だった。
私は羅樹の机に荷物を動かして、準備を手伝う。それを見ていた鹿宮くんが、顎に手を当ててにやにやと笑った。
「お2人さん、相変わらず仲が良いっすね。そうしてると夫婦みたいっす」
「え!?」
「え?」
驚いて振り向くと、鹿宮くんは爽やかな笑顔を浮かべて楽しそうに手を振った。
「俺も負けてられないっすね。それじゃお先に。今日は明とデートなんで!」
少し浮かれ気味だと思ったら、そういうことか。鹿宮くんは楽しそうに挨拶すると、全速力で視界から消えてしまった。夫婦みたい、なんて爆弾を言い残して。
「…」
恥ずかしさにチラリと羅樹の様子を伺うと、ぽかんと口を開けて鹿宮くんのいなくなった虚空を見つめている。
「…っ早く帰るよ!」
「え?う、うん!」
居た堪れない空気を壊すように、私は叫んだ。
伝わったのは、わかる。
それが良いのか悪いのかはまだ判断がつかないけれど、少なくとも今は、私の気持ちを伝えられたという点で良いことだと思う。
「…今、は」
「うん?」
爽がぽつりと口を開いた。
「今は、まだ、話せない。急で、誰にも見られてないと思ってたし…」
「…うん」
爽は手に力を入れて、少しだけ顔を上げる。赤紫色の瞳が、長い前髪の隙間からチラリと覗いた。
「…夕音、明日、午後…暇?」
「午後?うーん、特に予定はなかったと思うけど」
「じゃあ、明日の午後。話をさせて」
「いいの?」
結構早い時間設定に目を瞬かせると、爽はこくりと重々しく頷いた。私はそんな爽の姿を見て、きっと混乱はしていても私に話す覚悟はしてくれたんだろうな、と小さく思う。
「わかった。でも無理はしなくていいからね」
「…うん」
爽が俯いたままなので、私は微笑んで小指を絡めた。私の急な行動に、爽は驚いて勢いよく顔を上げる。
「約束。私は爽の言葉を待ってる。ね?」
きゅっと小指を結んで笑うと、爽も眉尻を下げて小さく笑った。
「うん」
そんな話をしていると、落ち着いたらしい爽は「帰る」と言ってカバンを掴んだ。またね、と小さく手を振る姿が可愛らしい。私も手を振り返してその背を見送っていると、ちょうど入れ違いになるタイミングで羅樹が入って来た。隣には鹿宮くんもいる。
「あ、夕音。待たせてごめんね」
「ううん、何してたの?」
「蒼に頼まれて、花壇の水やりを手伝ってたんすよ!今日担当の子が休んじゃったらしいので急遽」
「なるほど。2人ともお疲れ様」
「ありがとう」
通りで2人で一緒にいたというのに姿が見えない筈だ。窓から花壇を見下ろせば分かったのかもしれないが、蒼くんがよく世話をしている花壇は別のところにある。待ってて正解だった。
私は羅樹の机に荷物を動かして、準備を手伝う。それを見ていた鹿宮くんが、顎に手を当ててにやにやと笑った。
「お2人さん、相変わらず仲が良いっすね。そうしてると夫婦みたいっす」
「え!?」
「え?」
驚いて振り向くと、鹿宮くんは爽やかな笑顔を浮かべて楽しそうに手を振った。
「俺も負けてられないっすね。それじゃお先に。今日は明とデートなんで!」
少し浮かれ気味だと思ったら、そういうことか。鹿宮くんは楽しそうに挨拶すると、全速力で視界から消えてしまった。夫婦みたい、なんて爆弾を言い残して。
「…」
恥ずかしさにチラリと羅樹の様子を伺うと、ぽかんと口を開けて鹿宮くんのいなくなった虚空を見つめている。
「…っ早く帰るよ!」
「え?う、うん!」
居た堪れない空気を壊すように、私は叫んだ。
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