神様自学

天ノ谷 霙

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3月3日 1番

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恋音こいね
胸から手を離して、視線を空に彷徨わせる。語りかけるような、独り言のような、曖昧の中に言葉を置いていく。
「羅樹は確かに臆病で、馬鹿だわ。恋音の記録の中にいる羅樹はいつも私がいるかどうかを1番に考えていて、自分のことは後回しにしていた。自分の気持ちのことは、見えないふりをしていた」
消えてしまうのが不安だから、抱き締める。
いなくなるのが怖いから、恋人になる。
きっとそこに私の気持ちが自分に向いているかなんて関係なかった。他の人が好きであっても構わない。此方の世に私を縛り付けられるのなら、手段は選ばない。怖いくらい勝手な思考だ。だから私は羅樹の気持ちが自分に向いてないと思ってしまって、あれこれ思い悩んでしまったのだけど。羅樹の1番は「私がここにいること」であって、私と両思いになることではないのだ。私の1番が「羅樹と両思いになること」だから、きっとそこでズレが生じた。そしてすれ違って、そのすれ違いに気付いた。
では、恋音と稲荷様は。
どちらが勝手?どちらが独りよがり?
私と羅樹の関係と全く同じとは言わない。けれど1番の違いですれ違っているのは、きっと同じ。
「私は羅樹と一緒にいたいっていう気持ちが1番強い。けど羅樹はそうじゃない。羅樹の1番は"私が居ること"。じゃあ、稲荷様の1番は?」
急に名指しされた稲荷様が、戸惑ったように目を瞬く。視線を彷徨わせて口を開閉し、困ったように首を傾げた。
「仕事とか役目とか、そういうことを聞いてるわけじゃないわ。伏見ふしみ 恋音に対して1番に望んでいることは何?」
「伏見…に…?」
稲荷様はチラリと視線をオレンジ色の光へと向ける。それを感じたのか、恋音はビクリと震えて固まった。そんな様子を見て悲しそうな表情をした後、稲荷様は小さく呟いた。
「"幸せになってほしい"」
あぁ、やっぱり。それが答えになるのか。
私の心臓の近くで、動揺が聞こえて来る。恋音はきっとこの願いを知らなかった。稲荷様の記録を辿っているときも、稲荷様が自分の為に何度も繰り返し手助けしてくれていたことを初めて知った筈だ。そんな遥か昔から、ずっと稲荷様は恋音の幸せを考えていたのだ。ヒトとしてでも、ヒトならざるモノとしてでも構わない。ただ恋音が幸福であれば良いと想い続けて来たのだ。
「恋音、恋音の1番は何?稲荷様に望んでいることは、何?」
『わ、私、は…』
「正直になりなさい。真っ直ぐ伝えなさい。大丈夫、私はわ」
何を願うか、何が怖かったのか。私の17年の生を共にして来た存在の意見を、読み取れない筈がない。言い方が分からないなら教えることだって出来る。
「ずっと、何がしたかったの?」
私の言葉に、ふわりとオレンジ色の光が宙へ浮く。ゆらりと形を変えるその奥で、何かが小さく動いた。
『私は、私は───

───ずっと、謝りたかった」

恋音が稲荷様の前に、姿を表した。
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