神様自学

天ノ谷 霙

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逃げ出した伏見ふしみさんは、たくさんの場所に身を隠した。神様の世界では各エリアの管理者にバレてしまう恐れがあるため長居は出来ないが、使つかいという個で匿ってほしいと交渉出来るほど伏見さんの位は高くない。誰にも見つからないようにそっと身を隠し続けたが限界が来たようで、誰かの気配を感じた際に咄嗟に目の前に開いた世界へと飛び出してしまった。そこは運の悪いことに、伏見さんが最も嫌うヒトの世界であった。
『…最悪』
世界を繋ぐ通路を許可なしに渡るために、多くの力を使った。すぐには活動出来ない程に神力は枯渇して、今にも寝てしまいそうである。けれど最後の力を振り絞って、伏見さんは自身と近しいモノを見つけそこを目指す。
伏見さんが辿り着いたのは、生まれたばかりの新生児。
大きく泣くことで呼吸をする、か弱く脆い生き物。
赤い瞳が伏見さんのそれと交わった。
『…君の力を、少しだけちょうだい』
伏見さんはそう呟くと、新生児に手を伸ばした。触れる直前に宙へと波紋が広がり、端から姿を消していく。とぷんと、水の中に沈むかのようにその新生児の中へと入り込んだ。弱々しくもこちらに近しい魔力に満ちた心の中。伏見さんと同じように、否守いなもり様に近しい者の中。優しい光に満ちた魔力の中で、伏見さんはゆっくりと目を瞑る。今までの長旅の分を回復するように、ベッドで眠るかのように微睡へと落ちていく。
伏見さんが目指した新生児の名札には、「稲森 夕音」の文字があった。


眠りを妨げたのは、少女の泣き声であった。その泣き声に重なるように、重く苦しいノイズが重なる。その気配を、伏見さんは知っていた。ヒトの世に蔓延る悪意や恐怖が意思を持って動き始めたモノ。ヒトでない、ヒトに生み出された何か。ヒトに悪影響を及ぼす何か。目を開いて外を見れば、そのが器となっている少女に取り憑こうとしているところであった。
『私が先客よ』
不愉快な横槍に彼岸花どくの力で返してやれば、何かはギャッと汚らわしい断末魔を上げて逃げ出した。鼻を鳴らして再度眠りにつこうとするが、少女はまたすぐに似たような何かに好かれ引き込まれそうになる。奴らは自分達を認識出来るものが好きだから、仲間になろうと誘い出す。安寧な寝床を奪われる苛立ちに任せ、少女の視界を妨害することにした。毒にも薬にもなるそれは、こちら側に近いものだけを映さないようになった。
伏見さんは今度こそ安心して、力を蓄える為に眠りについた。
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