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とうめいないろ
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あれから長い時が経った。龍神として神の地に居を構える姉神様こと虹様と、ヒトの世で豊作を見守る稲荷様の連絡役として、伏見さんが選ばれた。まだヒトの世に怯えの残る伏見さんは、ほとんど此方へは降りて来ない。そのためほとんど虹様の使のようになっていたある日のこと、虹様は無断でヒトの世へとその身を降ろした。仕事でも役目でもなく、ただヒトの世がどれだけ変わったのかを知る為に。
今度こそ狐が迫害されない世になっているのではないかと、淡い期待を胸に。
しかしながらヒトの世は、最初に伏見さんを見つけた時と同じように大飢饉に襲われていた。まだ持ち直し始めているだけマシかもしれないが、それでも乾いた土と萎びた野菜、干上がりかけた河川は誤魔化せない。ヒトという種族が起こした自然への反乱に、数百年ぶりに与えられた処罰であった。そんな世界を見るためにヒトに姿を変えていたところ、食事や睡眠などのヒトの営みを忘れ倒れることになる。そして助けてくれた人間と、恋に落ちた。
想いを伝えられ、返し、しかし種族の差によって再び邂逅することは叶わず、虹様はだんだんと壊れていった。それを間近で見た伏見さんは、どう思ったのだろう。嫌いなヒトという種族が、愛する虹様を壊していったと考えてしまうには、あまりにも条件が整いすぎていた。伏見さんは、虹様が無断でヒトの世に降りた理由を知らなかったから。
そしてあまりにもその行いに難があると判断した他の神によって、虹様の処遇について会議が行われるようになる。その話し合いに呼び出された稲荷様に、伏見さんは怯えながら事の流れを話した。姉のように慕っている虹様に起こった苦痛、そしてそれを目の前で見た伏見さんの怯え様。ヒトの世を拠点とする稲荷様にとっては、あまり好ましくない変化。伝言役は、伝言相手を失えば職を失うのだ。他の神との伝言役はきちんと存在する為に、空いた職に回すしかない。けれど稲荷様の役割からして、それはヒトの世に関わらざるを得ないもの。このまま使として存在し続けるには、ヒトを好きになれとは言わずともある程度関われるようにならなくてはいけない。
「伏見、お主…もう一度、使いとして人間界へ行かぬか」
報告を聞いた後に、伏見さんの目を見つめて告げた。伏見さんは朱色の瞳を大きく見開いて、絶句した様に震え出した。
「稲荷様…っなん…」
「このまま人間界へ降りれぬ、人間の様子を見ることもできぬとなると、お主の役目が無くなる。わたしは、そうしたくない」
「やめてください!!」
全身で恐怖を表しながら、全てを拒絶する様に泣き叫ぶ。その叫び声に反応して、窓がカタカタと揺れた。慌てて制止の声を上げるが、伏見さんには届かない。
「どうして…、どうしてそんなこと言うの…もう嫌…ヒトなんて嫌い…みな、皆私から奪って行く…何もしてないのに、私から全部、奪って行く…!」
失くした筈の記憶の分まで、全てを拒絶する。
「役目が無いのは、理解しています!出来ることがないのならば、もうここから去ります…っ!」
伏見さんも、限界だった。ヒトに恨まれ、ヒトに殺され、ヒトに怪我を負わされ、多くの怨恨を残して来た。相容れない溝はそのまま深くまで、取り返しのつかない程に広くなって行く。
これが、稲荷様と伏見さんの最後の会話。
零の前の話。
今度こそ狐が迫害されない世になっているのではないかと、淡い期待を胸に。
しかしながらヒトの世は、最初に伏見さんを見つけた時と同じように大飢饉に襲われていた。まだ持ち直し始めているだけマシかもしれないが、それでも乾いた土と萎びた野菜、干上がりかけた河川は誤魔化せない。ヒトという種族が起こした自然への反乱に、数百年ぶりに与えられた処罰であった。そんな世界を見るためにヒトに姿を変えていたところ、食事や睡眠などのヒトの営みを忘れ倒れることになる。そして助けてくれた人間と、恋に落ちた。
想いを伝えられ、返し、しかし種族の差によって再び邂逅することは叶わず、虹様はだんだんと壊れていった。それを間近で見た伏見さんは、どう思ったのだろう。嫌いなヒトという種族が、愛する虹様を壊していったと考えてしまうには、あまりにも条件が整いすぎていた。伏見さんは、虹様が無断でヒトの世に降りた理由を知らなかったから。
そしてあまりにもその行いに難があると判断した他の神によって、虹様の処遇について会議が行われるようになる。その話し合いに呼び出された稲荷様に、伏見さんは怯えながら事の流れを話した。姉のように慕っている虹様に起こった苦痛、そしてそれを目の前で見た伏見さんの怯え様。ヒトの世を拠点とする稲荷様にとっては、あまり好ましくない変化。伝言役は、伝言相手を失えば職を失うのだ。他の神との伝言役はきちんと存在する為に、空いた職に回すしかない。けれど稲荷様の役割からして、それはヒトの世に関わらざるを得ないもの。このまま使として存在し続けるには、ヒトを好きになれとは言わずともある程度関われるようにならなくてはいけない。
「伏見、お主…もう一度、使いとして人間界へ行かぬか」
報告を聞いた後に、伏見さんの目を見つめて告げた。伏見さんは朱色の瞳を大きく見開いて、絶句した様に震え出した。
「稲荷様…っなん…」
「このまま人間界へ降りれぬ、人間の様子を見ることもできぬとなると、お主の役目が無くなる。わたしは、そうしたくない」
「やめてください!!」
全身で恐怖を表しながら、全てを拒絶する様に泣き叫ぶ。その叫び声に反応して、窓がカタカタと揺れた。慌てて制止の声を上げるが、伏見さんには届かない。
「どうして…、どうしてそんなこと言うの…もう嫌…ヒトなんて嫌い…みな、皆私から奪って行く…何もしてないのに、私から全部、奪って行く…!」
失くした筈の記憶の分まで、全てを拒絶する。
「役目が無いのは、理解しています!出来ることがないのならば、もうここから去ります…っ!」
伏見さんも、限界だった。ヒトに恨まれ、ヒトに殺され、ヒトに怪我を負わされ、多くの怨恨を残して来た。相容れない溝はそのまま深くまで、取り返しのつかない程に広くなって行く。
これが、稲荷様と伏見さんの最後の会話。
零の前の話。
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