神様自学

天ノ谷 霙

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さくらいろ

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稲荷様はよみ様に連れられ、庭園にやって来ていた。何処かの国一つ分はあるのではという広大な敷地を進んでいく。チチッと鳴く鳥や優雅に羽ばたく蝶々。飛び回るうさぎに木々を走るりす。ここが天界であることを象徴するような幻想的な世界の中、2柱は見慣れた景色を歩むように進む。実際見慣れてはいるのだろうけれど、清らかを突き詰めたような美しい景色に私は目を奪われていた。
「着いたわ」
「…此処か」
辿り着いたのは、澪愛みおう家の庭園で見たような1本の桜の前だった。しかしかの家で見たものよりも縦や横に向かって遥かに大きく、幹を削れば中で生活出来るのではないかというほどに太い。天界から更に天に伸びる枝には淡く光り輝く花が無数に散ってはまた咲くを繰り返している。それは他の者が触れないようになのか白い柵で囲われ、その中には遠くから見た桜と同じように真っ白な髪を揺らす少女の姿の何かがいた。彼の者は振り向くと、2柱を見て驚いた様子を浮かべる。
「珍しい組み合わせね」
桜色の瞳を丸く見開いて、困ったように首を傾げる。どうやら目の前に訪れた異常事態に困惑しているようだ。よく見ると白い髪の毛先は僅かに黒く染まっている。髪型は私と同じように、右肩に長い髪を1つ縛りにして垂らしていた。
「急にごめんなさいね~、うさぎ。簡潔に説明するわぁ。稲荷が使つかいにしようとしたヒトが此方に来るそうなの~。けれど諦められないらしくって、試練を与えて合格したら使としてその魂を持っていっていいわ」
「読、その魂を探すのは誰だと思ってるの…?」
「稲荷かしら~」
「「え」」
読様の返しに、2柱揃って驚く。
「兎は仕事があるでしょう?これは稲荷の我儘なんだから稲荷がやるべきよ」
「…それが試練、ということか?」
「御明察~。さぁ今この瞬間も蕾となり咲き誇る魂の花々から、その魂が散り行く前に見つけ出すことが出来るのかしら~」
桜は私の住む世界の魂全てが収束する場。兎様が魂を管理し、読様が生前の行いや影響などを記して輪廻転生させるか償わせるかなどを決めるらしい。図らずも知ってしまったこの世の理に、ごくりと唾を飲む。
「勿論兎の仕事を邪魔しては駄目。いつ判断が行われるかはわからないし、審判のところに行くかもしれない。けれどわたくし達からそれを伝えに来ることは絶対にないわ。さぁ、この終わりのない"探しモノ"、貴方は諦めずに出来るかしら」
くすくすと読様が笑う。こうして稲荷様の、少女を使にする為の試練が始まったのだった。
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